七八話 練習の成果
綺麗に澄んだ青い空。
旅立ちに相応しい晴れやかな空に包まれて、僕たちはカザの街を後にした。
もちろん、お世話になった商家の主や領主さんには挨拶済みだ。
商人さんには上げ膳据え膳で滞在させてもらったわけなので、常識を弁えている僕は礼金を支払おうとしたのだが、商人さんは頑として受け取ってくれなかった。
しかし、それでよしとする僕ではない。
商人さんは金銭を受け取る事に抵抗があるようだったので、僕はお金以外で商人さんが喜ぶものをプレゼントしたのである。
そう――裁定神カードを!
それも僕が一枚しか所持していなかった〔賢者レット〕を大盤振る舞いだ。
賢者レットとは、座禅を組んだレットが空中に浮いているという謎めいた雰囲気のレアカードである。
将来的には帝国でも裁定神カードが販売されるかもしれないが、現段階では帝国に一枚しか存在しない貴重なカードでもある。
しかもこれはただのレアカードではない。
正真正銘、世界に一枚しかない〔レットのサイン入り〕なのである……!
レットの大ファンである商人さんが大喜びしてくれたのも当然だろう。
ちなみにレットにカードへのサインを依頼したところ、『アイスが書けばいいだろ』と拒否されてしまっている。
だが、なぜかカードには〔レット=ガータス〕の名前が刻まれている。
もちろんレットが心変わりをしたわけではない。
気の利く僕が秘策を用いた結果だ。
その秘策とは、そう――僕がレットの代わりに書いたのだ……!
レットにサインを書くように言われた時には驚いたものである。
親友の筆跡を密かに練習していたことが見抜かれているとは思わなかったのだ。
有事の際に備えて親友の筆跡をマスターしていたのだが、それにレットは気付いていたからこそ『アイスが書け』などと言ってきたのだろう。
もちろん僕は、言われた通りにレットの筆跡でサインを代行したわけである。
大喜びの商人さんは大広間にカードを飾っていたのだが、それを見たレットが愕然としていたのも印象的だった。
きっと僕が書いたレットのサインの完成度に瞠目していたのだろう。
レットの心配は分かっている――『これは俺の字じゃねぇか!? これを利用されたら知らない間に〔庭付き一戸建て〕を十年ローンで買わされちまう!』と心配していたに違いない。
でも大丈夫だ、その心配は杞憂に過ぎない。
勝手にレットの家を買う予定はあるが――現金一括払いで購入予定なのだ!
もしも商人さんにサイン代行の件が露見したとしても問題はない。
そもそも商人さんにはレットが書いたとは一言も言っていないので、彼を騙したわけでもないのだ。
そう、レットのサインであっても本人が書いたものとは限らないのだ……!
それに、僕は裁定神カードの原画担当でもある。
原画担当ともなれば、裁定神カードにサインをしても不自然ではないだろう。
商家の額縁に飾られている裁定神カードについて想いを馳せながら歩いていると――アイファが今後の行動について確認を取ってきた。
「それでアイス、次の街はいよいよ帝都なのだろう? この辺りでは養鶏が盛んなようだから、やはり帝都の名物は鳥料理なのか? ……うむ、そうかそうか。よし、早く帝王を成敗して店を回るとしよう!」
相変わらずの残念アイファである。
この局面において、帝都の名物料理しか気にしていないのは見上げたものだ。
もはや完全に旅の目的を忘却しているとしか思えない。
そもそも帝王と直接争う可能性は低いと伝えてあるはずなのに、なぜ『成敗』という単語が出てくるのか……いや、なぜと言いつつ本当は分かっている。
アイファは手っ取り早く帝王をやっつけて、一刻も早く観光グルメツアーに繰り出したいのだろう……。
しかも恐ろしいことに、アイファの意見は少数派ではない。
フェニィは名物料理の話になってから瞳が輝いているし、ルピィは「ボクのお勧めはオムライスだね!」などと帝王成敗を否定することなく話に乗っかっている。
マカも帝都に興味が湧いたのか、僕の頭の上へと移動して「帝都はまだ見えないニャン」などとやっているのだ。
……グルメツアー希望者は少数派どころか過半数を超えている。
僕の経験則からすると、ここは何かしらの手を打たねば危険だ。
帝都に着いたらすぐに帝城に向かうつもりだったが、この流れでは問答無用で帝王を瞬殺してしまう恐れがある。
仕方ない……あまり時間的余裕は無いのだが、美味しい食事をお腹に入れてから帝城に向かった方がいいだろう。
仲間たちは空腹時には殺傷率が上がってしまうので、やむを得ない判断だ。
平和的な交渉を控えているのに、飢えた獣のような仲間を連れていくわけにはいかないのだ。
明日も夜に投稿予定。
次回、七九話〔懐かしのハンバーグ〕