七七話 身内贔屓
僕がルピィへの抗議に気を取られていると、レットが静かに口を開いた。
「申し訳ありません。この二人の暴走は極力抑えたいと考えていますので、帝王との謁見について検討していただけないでしょうか?」
レットめ……ルピィばかりか僕まで問題児扱いするとは。
このパターンはナスルさんの時と同じじゃないか。
こうやっていつもレットばかりが信頼されていくのだ。
そうさ、僕はいつだって悪者さ!
「君たちには借りがある。力になりたいのは山々だが、私では陛下への謁見の取り次ぎは難しいのだ。……いや、私に限った話ではない。帝家の親戚筋にあたるケーズですら陛下への謁見は叶わないだろう」
親戚ですら帝王には会えない……?
領主として任命された際に、帝王へ挨拶に行ったりしていないのだろうかと疑問に思ったが――話によると、帝王は即位してからというもの謁見どころか帝城を出たことすらないらしい。
しかしこれは厄介だ。
まさか帝王が筋金入りの引きこもりとは思わなかった。
お腹が減ったら壁を『ドン!』と叩いて食事を要求したりするのだろうか……?
そんな人間を国の代表に選ぶとは、先代の帝王は何を考えていたのだろう。
僕が先代の資質に疑念を覚えていると、領主さんから意外な証言が出てきた。
「だが、陛下が即位される前ならば私にも面識はある。王子であった頃は積極的に領地を巡回しておられてな、僻地にある私の領地にも足を運んでくださったのだ。……次代の王に相応しい、聡明で心優しい方であった」
聡明で心優しい……?
僕のイメージしていた帝王とはまるで別人だ。
帝王が本当に心優しい人ならば、わざわざ他国に侵略戦争を仕掛けるような暴挙はしないし、非道な研究所の存在を許すわけがない。
かつて頻発していた帝国絡みの戦争――軍国や民国との戦争。
これらの戦争のほとんどは、帝国側から戦端が開かれているのである。
研究所にしたところで、国が人材や資金を提供していることは明白なのだ。
フェニィからの情報に加えてロールダム兄妹からも詳細を聞き及んでいるので、国が関与していることは間違いないと僕は確信している。
……領主さんは身内贔屓の甘々採点な可能性もあるので、領主さんの言葉を鵜呑みにするわけにはいかないかもしれない。
僕らのパーティーが誇る〔激甘審査員〕のアイファのように、領主さんにも八十点以下の点数が存在しない可能性すらある。
アイファのペカーッと溢れる笑みを見る限りでは、気を使ってお世辞を言っているわけではないのは分かるのだが、常に高評価では人を堕落させてしまうのだ。
本来であれば、身内だからこそ厳しい評価を下すべきなのである。
もちろん厳し過ぎてもいけない。
嫁いびりをする姑のように『アイス君、今日の味噌汁ちょっと塩っ辛いんじゃないの。ボクを殺す気なの? この、神殺し!』などと、些細な事で罵倒するのは許されないのだ……!
僕の加護が早くも悪口扱いされているのも腹立たしいが、なにより許しがたいのは、それを言いたいが為に強引に料理へイチャモンをつけていることだ……!
理不尽な仲間のことを考えて頭を痛めていると、領主さんが恐る恐るといった様子で質問を投げ掛けてくる。
「しかし、なぜ君たちは陛下への謁見を希望するのだ? それに君たちは軍国の王と近しい関係にあると聞いているが、軍国の王を頼るわけにはいかなかったのか?」
ふむ、もっともな疑問だ。
これは僕が悪かったと言えるだろう。
面会の仲介を希望しておきながら、その理由について説明しないのは不義理だ。
帝国の研究所――つまりはフェニィの事情にも触れなくてはいけないので、僕は無意識に語ることを避けていたのだ。
おいそれと口にしたい内容でもないが、この領主さんは善良そうな人柄なので事情を説明しておいてもいいだろう。
領主さんは帝王と面識がある人物でもあるので、見解を聞いてみたい気もする。
――――。
「まさか、そのような施設が!? 身元の不確かな〔神持ち部隊〕の存在は以前から噂になっていたが……そんな非人道的な研究所の産物だったとは」
領主さんは洗脳術で人を支配する存在がいることが信じられないようだったが、レットの頷きを確認して事実を飲み込んでくれた。
僕の知る限り、研究所の中だけでも洗脳術の被害者は三人もいる。
フェニィにロールダム兄妹。
……いずれも、あの悪魔によって家族を殺すことを強制されている。
そんな唾棄すべき邪悪な存在である悪魔。
そしてその悪魔が帝国の研究所に関わりがあるという事実。
領主さんは帝国という〔国〕に誇りを持っているようなので、倫理に背く研究所の存在を認めたくないという気持ちは理解出来る。
「民国への襲撃の件といい……なぜ陛下はそのような輩を野放しにしておられるのだ」
そして予想はしていたが、この領主さんは神持ち集団による民国襲撃について関知していなかった。
帝国の主力部隊による民国襲撃事件ということで、寝耳に水らしい領主さんは驚愕を露わにしていたのだ。
帝王すらも把握していない可能性を伝えると、領主さんは安堵しながらも帝王の管理体制に愚痴を漏らしている。
しかしそれも当然だろう。
強力な力を持った連中を好き勝手にやらせておくのは、一国の長として問題だ。
帝国の切り札とも言われていた部隊。
つまり帝国に所属している連中だったのだから、組織のトップに立っている帝王が手綱を握っておくのは当然の責務だ。……もっとも、あの賊たちを見る限りでは、帝王というよりは悪魔の方に忠誠を誓っている様子ではあったのだが。
しかし帝王の管理責任を責めてはいるが、実は僕には責めるような資格はない。
僕の仲間たちの自由ぶりを思い出してしまうと、僕の立場で帝王に偉そうなことを言えたものではないのである。
僕がリーダーということになってはいるが、皆さん揃って自由気ままなのだ。
……上下関係での繋がりは寂しい気もするので難しいところではある。
むしろそう考えれば、あの賊たちはかなり統制が取れていたと言うべきだろう。
我の強そうな戦闘系の神持ちの集まりだったので、上に立って指示に従わせるなんてのは並大抵の人間には不可能なはずだ。
だが、あの悪魔はそれを可能としていた。
実際のところ、あの悪魔の力は計り知れないものがある。
帝王の人物像が僕と領主さんの間で乖離しているのは、あの悪魔が帝王に干渉しているからかも知れないと思っているくらいだ。
父さんやフェニィに洗脳術を行使出来るような底知れない存在だ。
あの悪魔ならば、帝王の下で従順に働いているよりは、帝王を陰で支配しているイメージの方が想起しやすいのだ。
いずれにせよ、カザの領主を弾劾する陳情書を送った際にも無反応だったらしいので、昔と比べて帝王になんらかの変化があったのは間違いない。
わざわざ僻地の領地まで視察に出掛けていたような人間が、今となっては領主さんの切実な陳情を無視しているのである。
しかし、帝国の領主でも帝王に会う術が無いのならば……僕たちとしては、強引に押し通って面会を果たす以外に選択肢は無いのかもしれない。
――研究所の所在地についてはロールダム兄妹から聞き及んでいるのだが、それでも一度帝王に会っておくべきだという方針に変化はない。
僕は通すべき筋を通してから、研究所を潰しにいくつもりなのだ。
もしも帝王が領主さんの語るように人格者であり、帝王と悪魔が協力関係に無いのならば、これは朗報と言えるだろう。
僕たちは心置きなく研究所を潰しに行くことが出来るし、気兼ねなく悪魔を退治することが出来るのだ。
明日も夜に投稿予定。
次回、七八話〔練習の成果〕