七六話 王の面影
「君たちが山賊やあのケーズを捕らえたのか……話には聞いていたが、想像以上に若いな」
僕らに感嘆と好奇の言葉を向けているのは、僻地の土地を治める領主だ。
山奥に位置している土地であり、山賊の影響を顕著に受けていた領地でもある。
――ケーズと部下たちを捕縛してからカザへと護送した僕たちだったが、そこから先もひと悶着があった。
なにしろ街の領主たちが縛り上げられた状態で帰ってきたわけである。
カザの街が大混乱に陥ってしまうのも当然と言えば当然だ。
街に駐留していた兵士たちに取り囲まれたりもしたのだが、一緒に付いてきていた民衆たちが正当性を証言してくれたので争いは回避されたのだ。
しかし、カザの領主が罪人であることが明らかであっても、領主を裁けるような存在はこの街にはいない。
そこで――隣の領地へと使者が送られる運びとなったのである。
本来であれば領主が罪を犯した場合には、被害者が帝国政府へと訴え出てから〔帝国〕という国が裁くのが正しい手順だ。
だが今回は、国が領主の犯罪を放置し続けてきた形だ。
僕たちが多少強引な解決策を取ってしまうのもやむを得ないところだろう。
旅を急ぐ僕たちなので、本当ならすぐにでも旅立ちたかったところではある。
だがしかし、使者を送った隣の領地からの動きを待たずして、僕たちが早々にカザを離れてしまうのは無責任に過ぎる。
そんなわけで、現場に居合わせていた商人の好意により、僕たちは商家で歓待を受ける流れになってしまったのである。
すっかり商家の居候として定着しつつ、レットの大ファンになった商人さんと〔レット談義〕に花を咲かせていると――遂にお隣の領主が訪ねてきたわけだ。
開口一番に意外そうな声を上げられてしまったが、僕たちの若さに驚いていてはいるものの、声調から敵対的な意思は感じられない。
帝王の遠縁にあたる領主を倒したわけなので、帝国へのポーズの意味合いで僕たちに牙を剥ける可能性もあったのだがその心配はなさそうだ。
「初めまして領主さん。僕はアイス=クーデルン。正義を志し平和を愛する、どこにでもいる善良な人間です」
「あ、ああ……君があのアイス=クーデルンか。……なるほど、噂通りだ」
事前に僕らの素性を耳にしていたのか、僕の紹介にも驚きの感情は少ない。
しかし『あの』とは、どういう意味なのだろう……?
噂通りというのも気になるな……。
領主さんの顔が引き攣っていることと何か関連があるのだろうか?
いや、そんな事より話を先に進めなくては。
カザの前領主だったケーズは、この領主さんが連れてきた裁定持ちによって有罪が立証されている。
だからカザの街に関しては、もう僕たちの手を離れているのだ。
ここから先は、僕らの本来の目的を果たす番だ。
僕たちはカザの浄化に一役買ったわけなので、小さなお願いの一つくらいは許されるはずだろう。
「この一帯に平和が戻ってきたのは喜ばしいことですねぇ。それで、恩に着せるわけではないんですが……領主さんに一つお願い事があります」
「な、な、なんだね?」
なぜか酷く狼狽した様子の領主さん。
軍国王のナスルさんを彷彿とさせる反応なので、なにやら郷愁の想いを感じる。
……僕はナスルさんに無理難題を押し付けたことなど一度も無いので、考えてみれば失礼な反応ではある。
その点では、この領主さんとは初対面なので警戒されるのも仕方がないことだ。
しかしその警戒は杞憂に過ぎない。
僕はキャパシティを超えるような過大な要求はしないのだ。
「帝王と面会したいので領主さんに紹介状を書いていただきたいのですよ。――あっ、帝王との交渉が決裂したら殺してしまうかもしれないので、その時はすみません。領主さんに少しご迷惑をお掛けするかもしれませんね、はははっ……」
僕は礼儀を弁えているので、最悪の可能性もきちんと伝えておくのだ。
事前警告もなしに『殺っちゃいました』などと事後報告をするのは許されない。
外交手段の最悪の形である〔戦争〕にしても、開戦前には宣戦布告をするのが国際マナーなのだ。
仲介を頼む以上、帝王殺害の可能性も伝えておくのは最低限の常識である。
もちろん基本的には平和的に解決するつもりなので、領主さんに心配を掛けすぎないようにサラリと伝えてあげるという配慮も忘れない……!
「こっ、こ、こ……」
僕が軽いジョークを交えて話したおかげなのか、領主さんは笑っている。
しかし少々変わった笑い声だ。
僻地の領主さんということなので、一種の方言みたいなものだろうか?
……いや、待てよ。
もしかしたら、この領主さんの土地では養鶏業が盛んなのかもしれない。
そこで普段から『コッ、コ、コ……コケーッコ!』と鶏をイメージさせる笑い方を心掛けているに違いない!
これは凄いな……領主としての職業意識の高さが尋常ではないぞ。
しかも顔色まで鶏に合わせて真っ白にしているのだ。
うむ、こうなれば僕も放ってはおけない。
領主さんを応援する為、今晩は鶏料理にしよう……!
僕が今晩の献立について思索していると――笑顔のルピィが口を挟んできた。
「大丈夫大丈夫。ミンチ王子に任せておけば安心だよ! 死体が無ければ殺人事件として立件されないんだよ?」
大丈夫と言いながら全然大丈夫ではないことを笑顔で告げるルピィ。
最悪帝王を殺害してしまっても、死体が無ければ殺人事件ではなく失踪事件になると言いたいのだろう。
だが、死体を隠蔽するから殺人事件にはならない、と言われても安心出来るような要素は皆無だ。……領主さんからすれば殺人でも失踪でも困った事になるのだ。
そもそも殺す事が前提になっている時点で論外だ。
帝王殺害は最後の最後の手段である。
僕は一流の交渉人として、最後まで粘り強く交渉するつもりなのだ。
そしてなにより、ルピィの迷言で最も看過できないことは――さりげなく〔僕=ミンチ王子〕の悪名を定着させようとしていることだ!
明日も夜に投稿予定。
次回、七七話〔身内贔屓〕