七五話 カードの使い道
領主がレットを敵認定したことについて周囲の反発は大きい。
群衆たちはレットが裁定神持ちであることに疑いを持っていないのか、もしくは傲岸な領主に対する反発心によるものなのか、人々は声高に領主を非難している。
……もちろん我らがルピィも、群衆に混じって「なにがゴッドハンドだ。聞いてるコッチが恥ずかしいよ!」などと積極的に野次を飛ばしている。
「――何をボサッとしている! とっとと連中を黙らせろ!!」
煽り耐性の無い領主だけあって、横暴にも部下を民衆にけしかけている。
だが領主の命令にも関わらず、連れている部下たちは腰が引けていた。
その戦意喪失の要因としては、大きく分けて二つ。
巨大な雷が眼前に落ちたことと、捕まっている山賊の生気を失ったような顔だ。
領主の部下は捕縛している山賊の仲間である可能性が高いのだが、山賊仲間が悲惨な有様となっているので領主の部下は怯えているらしい。
まぁ……生気を失ったような顔というか、半数は実際に死体なわけなのだが。
顔どころか〔頭部のない死体〕を背負った山賊もいるので尚更だろう。
しかし、全員が怖気づいていたわけではない。
これをチャンスと考えたのか、部下の一人が領主に取り入るかのように群衆へがなり立てたのだ。
「分かってんのかお前ら! ケーズ様に逆らうってこ……」
その男は口上の最中に、言葉と生命を止めた。
倒れた男の眉間に突き刺さっているのはカード――そう、裁定神カード!
ルピィが鮮やかな早業で裁定神カードを投げ放ったのだ。
しかもそのカードは〔忍者レット〕!
状況に即したカードを投げているあたり、流石にルピィは芸が細かい。
忍者レットはダブリカードなので惜しげもなく使用したのだろう。
しかし余剰カードとは言え勿体無い使い方だ。
眉間に深々と刺さっているので再利用は難しそうなのだ。
……いや、考えようによってはカードの使い道が広がったという見方も出来る。
突然の襲撃にもこれ一枚で安心。
困った時の強い味方、裁定神カード!
『このカードのおかげで満点が取れました』『カードを切っ掛けに彼女が出来ました』
うむ、ユーザーの喜びの声が聞こえてくるようだ。
しかし『効果が無かった』と訴えられてはいけないので、しっかりと〔個人の感想です〕と明記しておくのを忘れてはいけないだろう。
『脳に突き刺さるような痛みでした』
おっと、これは故人の感想だった!
死んでいるのに感想をくれるなんてレビュアーの鑑のようじゃないか……!
――――。
ルピィが声の大きい扇動者を瞬殺したことによって、領主の部下たちは完全に戦意を挫かれたらしい。
なにしろ敵意を見せただけで、いつの間にかカードが眉間に刺さっているのだ。
そう、ルピィのカード投げは余人の目で追えるようなものではない。
弱い者ばかりを相手にしてきたらしい部下たちには、こんな状況下で反抗の意思を見せるような胆力は無いようだ。
それでも、この男だけは止まらない。
「おのれぇぇぇ……!」
裁定神だけは仕留めておかなくてはならないと思っているのか、激昂した領主がレットへと襲いかかった。
だが、僕も仲間たちも誰一人として動こうとはしない。
――その必要はないのだ。
肉体系の神持ちだけあって、鈍重そうな見た目に反して領主の動きは速い。
一直線にレットの元へと走り寄り、重そうな拳をレットへと振るう。
一般人なら即死しかねないような一撃だが、そんなに分かりやすい攻撃がレットに通るわけもない。
レットは領主の一撃を払い――そのまま弧を描くように顔面を殴りつけた。
ドゴッ! と鈍い音と共に領主は地面に縫い付けられ、その身体を中心にひび割れが地面に広がった。
……うむ、さすがは僕らのレットだ。
手神を相手に素手で圧倒してしまうとは気が利いているではないか。
これはもう〔ゴッドハンド〕の異名を継承してしまってもいいだろう……!
そして元ゴッドハンドの領主は、小さく痙攣しているが生きてはいるらしい。
死んでしまうと面倒だったが、さすがは肉体系の神持ちだけあって打たれ強い。
しかし放っておくと死にそうにも見えるので、拘束してから治療しておこう。
――おっと、いけない。
領主のことより優先すべき事がある。
僕としたことが大事な事を忘れていた。
「応援してくれた皆さん、やりましたよ! 我らがレット様の大勝利です!」
僕はレットの後ろから右腕を持ち上げ、左手で腰を抱えて空術を発動する。
レットを背後から抱えたまま、僕は空へと浮上していく。
そこにいるのは――右腕を高々と上げて空を飛ぶレット!
ふふ……僕の目論見通り、眼下では大歓声が起きている。
なにしろ手神を拳で撃破した上に、空を飛びながらの勝利アピールだ。
これで民衆が盛り上がらないわけがない。
しかし予想以上の一体感だ。
今の僕たちは、観衆と一つになっている。
思わずレットの声音で『今日は俺のライブに来てくれてありがとぉぉぉ……!』と叫んでしまうところだった。
こんな日の為にレットの声音を練習していたのが、当の本人から『やめろ!』と使用を禁止されているので諦めざるを得ないのが無念である。
「おいアイス、こんな事やってる場合じゃねぇだろ。秘書が逃げようとしてるじゃねぇか」
諦めたように僕に運ばれていたレットだったが、さすがに悪を見逃さない鋭い目を持っている。
レットの指摘通り、秘書が馬に乗って逃げ去ろうとしているのだ。
だが逃亡を指摘しているわりには、レットの声に焦りは感じられない。
そして僕もまた、秘書の逃亡について心配していない。
――僕の仲間から逃げられるはずがないのだ。
秘書ばかりか領主の部下も逃げ出そうとしていたが、その退路を阻むように突如として――〔炎の壁〕が出現した。
天まで届くような炎。
逃亡の意思を粉々に砕くような圧倒的な畏怖。
突然現れた暴威に、馬を走らせていた男たちは慌てて馬の手綱を引いた。
うむ、さすがはフェニィだ。
全員を丸焼きにしてしまうのではないかという心配をしていたが、絶妙な位置取りの炎術だ。
だが、一人だけ止まらなかった人間がいる。
その馬が走り出した時から僕の目を引いていたのだが、一頭だけ異常に速い速度で駆ける馬がいた――秘書が乗っている馬だ。
明らかに止まり切れないほどの速度で炎に突進していく馬。
まずい……このままでは罪なき馬が焼死してしまう!
そう僕が思考したのは一瞬だった。
疾走していた馬は、炎の目前で急停止した。
「ああぁぁぁ……」
突然に停止した馬だったが、馬に乗っていた人間には慣性が残存していたらしく、秘書は悲鳴を上げながら炎に吸い込まれていった……。
なんてことだ――飛んで火にいる夏の虫みたいじゃないか……!
しかし、この馬の不可解な動きには見覚えがある。
物理法則に反している加速や停止といい、間違いなくあれは速術によるものだ。
つまりあれは、速の加護を持つ〔魔獣〕ということになる。
どうやら帝国では魔獣を飼い慣らすことに成功していたらしい。
魔獣を飼うのは極めて困難だと言われていたのだが、これは中々大したものだ。
あの魔獣の動きからすると故意に秘書を突っ込ませたように見えたので、完全に意のままに操れているわけではないようだが……おそらく前々から秘書を葬る機会を狙っていたのだろう。
よくよく見てみると、領主が乗っていた巨馬も魔獣である。
主の危機に動く素振りも見せなかったので、こちらの魔獣も忠誠心は低そうだ。
……むしろ倒れている領主に砂をかけているくらいだ。
「――フェニィ、ナイスウォール!」
地上に降りた僕が称賛を送ると、フェニィは満足げに小さく頷いた。
しかし本当にフェニィは良くやってくれたものだ。
山賊を生かしたまま捕らえようという意思が伝わってくる仕事であった。
結果的には一名だけ特攻死してしまったわけだが、珍しくもフェニィに不殺の意思を感じさせられたので、僕としても非常に満足だ。
しかし思わず『ナイスパス!』ぐらいの感覚で褒めてしまったものの、考えてみれば普通に生きていて〔壁〕を褒める機会など早々あることではない……。
ルピィも語感が気に入ったのか「ナイスウォール!」などとフェニィに声を掛けているが、冷静になってみると中々の謎賛辞である。
――――。
重要参考人の秘書は亡くなってしまったが、幸いにも親玉の領主は生きている。
実行犯の山賊たちも多数が生き残ったまま捕縛されているので、今回の山賊騒ぎは理想的な形で終結出来たと言っても良いだろう。
カザの領主は権力者だが、法の裁きを受けさせるだけの証拠は揃っているので、山賊被害を被っていた近隣の領主たちが上手く取り計らってくれるはずだ。
当初の予定からは変更を余儀なくされたが、結果的にはこれで良かったのだ。
悪徳領主の紹介を受けて帝王に面会するなんてのは、正義を標榜する僕たちには似つかわしくない。
国の代表である帝王と会う際には、誇らかに胸を張って目の前に立ちたいのだ。
今回の件では山賊関係者の半数以上が生存した状態で終わりを迎えられたわけだが、帝王との交渉もこのように平和的に解決したいものである。
第五部【露呈する加護】終了。
明日からは第六部【滅すべき存在】の開始となります。
次回、七六話〔王の面影〕