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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
第五部 露呈する加護
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七四話 そびえ立つ親友

 当然のことだが、僕らは金を受け取って口を(つぐ)んでいるつもりなどない。

 どれほどの大金を積まれようとも領主の悪行を白日の下に晒す方が重要だ。

 そしてその為には、領主から〔決定的な言葉〕を引き出す必要がある。


「はい、もちろん山賊たちは引き渡しますよ。領主様の名を騙って強盗を繰り返していたような悪党たちですから、厳格な処分を下してやってください! まったく、領主様が山賊に関与していたなんて失礼な話ですよね。――そうですよね、領主様?」

「あ、当たり前だ! 私がそのような事をするわけがない!」


 ――よし、終わりだ。

 下手に出て話を振ってみたが、領主は簡単に〔自白〕してくれた。

 領主の口からその言葉を聞くことが目的だったのだ。


 有力者である領主を、山賊の証言だけで尋問にかけることは難しい。

 山賊の証言により、秘書の関与まで辿れたとしても――そこから先が問題だ。


 軍国や帝国に限らずどこの国でも、犯罪捜査で証言の真偽を確かめる際には〔裁定の加護持ち〕による裁定術が利用される。

 裁定術――術を行使しながら対象に質問することで、相手の嘘を見抜くことを可能とする術だ。

 有用な術ではあるが、接触しながら質問する必要があるので用途は限定される。


 全ての秘密を暴いてしまう危険な術でもあるので、犯罪捜査においては証拠を固めてからでないと使用の許可が下りないという縛りもある。 

 土地の有力者であり、帝王の遠縁である領主。

 その領主の秘書ともなれば、裁定術の対象にするのも中々に難しい。


 裁定術ではあらゆる隠し事が暴けるわけなので、権力者が相手では司法機関も慎重にならざるを得ないのだ。

 しかもその領主が〔帝王の親戚〕ともなれば、司法機関に捜査停止の圧力が掛けられる可能性だってある。 

 仮に司法機関が正常に機能したとしても、煩雑な手続きを要することになるのは間違いないだろう。


 そしてそれだけの時間を領主側に与えてしまえば、対策を練るだけの余裕が出来ることになる。

 山賊と直接繋がっていた秘書を雲隠れさせるか、或いは口封じで秘書を処分する可能性だって充分にありえる話だ。


 どこの国でも、そんな実例は枚挙(まいきょ)(いとま)がないのだ。

 権力者が犯罪を犯す際には〔間に人を挟む〕ことが多いので、本命に辿り着く前にはトカゲの尻尾切りで関係者が消えてしまうのが常だ。


 だが、この領主はミスを犯した。

 どれだけ偽装工作をしたところで、領主本人が自白してしまえば終わりだ。

 この場合の自白とは『山賊の所業に関与していたか?』という質問に対して、イエスかノーで答えるだけで自白になる。

 たったそれだけの答えを〔法的根拠〕に出来るだけの存在が、ここにはいる。


「――――くだらねぇ嘘吐くんじゃねぇよ」


 レットの声は大きくない。

 だが声量こそ小さいが、不思議にもその声は多くの人々の耳へと届いた。

 おそらくはレットの言葉に込められた感情が強かったからだろう。


 長い付き合いである僕には分かる。

 今のレットは相当に怒っている。

 山賊から悪事を聞き取っていた時から腹を立てていたレットだ。

 山賊の首領とも言える領主――その領主が恥ずかしげもなく嘘を吐いているという事実が許せないのだろう。


 裁定の加護持ちの裁定術とは違い、非接触で嘘を暴くことを可能とする裁定神。

 レット本人には自覚がないようだが、おそらくレットは〔無意識に裁定術を行使している〕と僕は考えている。

 ……つまり無意識下で遠距離魔術を常時行使しているわけだ。


 まさか領主も、裁定神持ちがこの場にいるとは想像もしていなかったはずだ。

 だからこそ不用意に、山賊に関与していないなどと〔自白〕してしまったのだ。


 裁定術による真偽判断の持つ意味は大きい。

 ましてや今回は、裁定神による真偽判断だ。

 レットの証言だけでも、有罪を立証するには十分なはずだろう。


「なんだ貴様は、私を誰だと思っている?」


 レットの迫力に気圧(けお)されながらも領主は強気な態度だ。

 しかし、これは放っておくわけにはいかない。

 このままではレットが『うっかり殺っちゃったぜ!』と領主を殺害しかねない。

 この親友は、普段の姿からは想像もできないほどのデンジャラスボーイなのだ。


 一応は国の重要人物なので、後の事を考えても生きて裁きを受けさせるべきだ。

 こうなれば、僕が穏便に解決するしかないだろう。


「おっと失礼、こちらのお方の紹介がまだでしたね。このお方の名はレット=ガータス――そう、裁定神持ちのレット様です!」


 ――ドォン!


 僕の紹介と同時、巨大な雷がレットの背後に落ちた。

 空気を引き裂き大地を震わせる光の束。

 そんな超越的な稲妻を背景に立つ男、レット=ガータス……!


 格好良い……完璧な演出だ!

 もちろん言うまでもなく、これはマカの雷術によるものである。

 レットを華々しく紹介する為に、事前にマカと打ち合わせをしておいたのだ。


 突然の落雷に人々は腰を抜かしている。

 集まっている群衆ばかりか領主麾下の兵士たちも、足腰が立たなくなったように座り込んでいるのだ。

 うむ、これは丁度いい。


『これなるはレット様なるぞ、者ども頭が高いっ! 控えい控えい!』と言う手間が省けてしまった。

 罪なき人々も驚かせてしまったのは胸が痛むが、これは必要な事だったのだ。

 裁定神持ちであることの証明には時間が掛かってしまうので、手っ取り早く目に見える形での〔神格性〕のアピールというわけだ。

 もちろん、レットの晴れ姿を見たいという僕の趣味も兼ねている……!


 そして〔神の雷演出〕の効果は絶大だ。

 民衆ばかりか、領主の部下にもレットを拝んでいる人がいるのだ。

 突然何の予兆もなく巨雷が落ちてきたのだから、分からなくもない反応だ。


 僕たちパーティーの中にも、魔術を放つ素振りを見せたものはいないのだ。

 なにしろ巨雷の犯人は僕のフードの中だ……そう、犯人はこの中にいる!


 マカはフードの中でモゾモゾと「やってやったニャン」とアピールしているが、今は相手をするわけにはいかない。

 後からマカが骨抜きになるまで褒め殺しをしてあげるとしよう。

 マカの活躍には〔激辛採点〕の傾向があるセレンとて、今回ばかりは笑顔で褒めてくれるはずだろう。


 頭に血が上っていたレットも、毒気が抜かれたような顔でこちらを見ている。

 事前にこの演出について伝えてあったのだが、実際に目の当たりしたことで感心して怒りを忘れているのだろう。


 驚き、崇拝、感嘆、様々な感情が入り乱れている中で、本命の相手への揺さぶりにも成功していた。

 そう――レットの素性を聞いた領主の顔色も変わっていた。


 何があっても自分に司法の手が伸びる事はないとタカをくくっていたのだろう。

 そんなところに、よりにもよって裁定神持ちだ。

 自分を破滅させられる存在が現れた事に、内心の動揺を隠せないでいるようだ。


「き、貴様分かっているのか。裁定神の名を騙ることは極刑に値する重罪だぞ」


 領主は現実から目を(そむ)けるようにレットを偽物だと断定している。

 いや、裁定神持ちが都合良くこの場にいる可能性の方が低いので、ある意味では現実的なのかもしれない。


 だがそれも無駄な足掻きだ。

 口下手なレットに代わって、僕が引導を渡してあげるとしよう。


「おやおや、レット様の素性を疑われるのですか? 全くなんたる無礼な、このカードが目に入らぬかっ!」


 そう言って僕が突きつけたのは()()()()()()

 こんな事もあろうかと、ジェイさんにカードを譲ってもらっていたのだ……!


 今回は明瞭さを意識して、ノーマルカードの〔裁定神の裁き〕を出している。

 レットの前で罪人が雷に打たれているというシンプルな絵だが、そのカードにはしっかりとレットの顔と裁定神の文字が記載されているのだ。


 もちろん公的な身分証でもなんでも無いのだが……この手の込んだカードに加えて、カードの内容に酷似した落雷も見せつけているので、僕の言葉にはそれなりの説得力があるはずだ。

 現に群衆たちへカードを見せると『おおっ!』と驚きの声が上がっている。

 レットが物凄く嫌そうな顔をしているのだが、これは信頼を得る為に必要な事なので仕方がない。


 正式に裁定神持ちであることを証明するのは後日だが、今重要なのは即効性だ。

 ここで領主に時間を与えてしまったら、姑息な手管で司法の手から逃れようとするかもしれないのだ。

 この場で一気に領主を追い詰めておくべきだろう。

 

「さぁさぁ〔山賊に関与していない〕という言葉が嘘とはどういう事か、納得のいく説明をしてもらおうじゃないか!」


 もはや僕は完全に調子に乗っていた。

 大衆を味方につけた僕に怖いものなどない。

 ルピィやアイファも群衆に混じって『そうだ説明しろ!』などと煽っている。


 周囲から煽られた領主は爆発寸前の顔で怒鳴り散らした。


「さ、山賊対策に関与していただけだ! 山賊に加担していたわけではない!」


 なるほど。

 咄嗟に思い付いたにしては悪くない言い訳だ。

 だがそれは、()()()()()()()()()()()()()()()()


「――――嘘だ」


 レットは冷たく言い捨てた。

 実際のところ、山賊対策に関与していたというのは上手い言い訳ではあった。


 しかし、それをレットの前で口にしてしまったのは致命的な悪手だ。

 黙秘しておけば後日に言い逃れ出来るだけの余地があったかもしれないが、領主自身の発言により疑惑を補強してしまったわけである。


 これが裁定神持ちの恐ろしいところだ。

 裁定神持ちの前では迂闊に喋ることもできないのだ。

 もちろん、僕のように疚しいところが何も無ければ問題は無いのだが。


 そして、裁定術を(あざむ)くことは基本的には不可能とされている。

 あのルピィですらレットに嘘を見破られてしまうほどなのだ。

 僕は友情パワーによりレットを騙せるのだが、この親友の絆をもってしても成功率は三割を切っているのである。


 この局面で領主がレットを欺く意味はないし、レットを騙せるわけもない。

 ――もうこの領主は完全に詰んでいる。

 この男の敗因は、冷静さを欠いて裁定神に対する警戒を怠ったことだ。


 レットの言葉を聞いた領主は、ようやく自分の失策を自覚したらしい。

 顔を青くして動揺していたが……最終的に、最も愚かな選択肢を選びとった。


「裁定神の名を騙る不届き者め! このゴッドハンドのケーズが直々に処断してくれるわ!」


 レットを詐欺師の類だと決めつけて殺そうというわけだ。

 領主もレットが裁定神持ちであることを察しているはずだが、この場でレットを消すことによって不利益な証拠を揉み消そうというわけだろう。


 ちなみに、レット本人は一言も『自分が裁定神持ちだ』などとは言っていないが、僕の紹介を否定しなかったので強引に詐欺師だと断定したようだ。

 そして領主はゴッドハンドのケーズなどと自称しているが……肉体系の神持ちであるようなので、おそらくは〔手神持ち〕なのだろう。


 しかし、自分でゴッドハンドと名乗る精神力は中々のものだ。

 普段から『このゴッドハンドで握り飯を食らってくれるわ!』などと痛々しいことを言っているのだろうか……?


 これは相手をする人たちも大変そうだな……。

 領主の機嫌を損ねるわけにはいかないので――『凄い、二個も同時に食べているなんて……まさにゴッドハンド!』などと調子を合わせているに違いない……!


明日の投稿で第五部は終了となります。

次回、七五話〔カードの使い道〕

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