七三話 死を運ぶ行進
それはまるでパレードのようだった。
カザの街に向かっている僕たちの後ろには、二十人以上の山賊たちが縄に繋がれてついてきているのだ。
盗賊を護送した経験は今までにもあるが、これほどの大規模となると初めてだ。
領主の命令で悪事を働いていたという証人なので、一人でも証人が多い方が望ましい――という事情もあって、罪人をぞろぞろと引き連れ歩いているわけである。
そして、連れているのは生きている山賊だけではない。
死んでしまった山賊たちとて、領主の部下として顔が知られている人間もいるかもしれないのだ。
都合の良いことに人手は余っているので、これ幸いとばかりに山賊たちに仲間の死体を背負ってもらっているのが現状だ。
これは山賊の面通しの為という有形効果だけではない。
これからほとんどの山賊たちは死罪となるはずだが、仲間を背中に背負うことによって安心感を得られるという無形効果もあるのだ。
つまり――〔死体セラピー〕に他ならない!
それでもなぜか山賊たちは顔色が悪いのだが、先行きの不安が大きいので仲間の死体だけでは不安が拭い切れないのだろう。
こればかりは因果応報なので、これ以上の配慮をしてあげるわけにはいかない。
ちなみに山賊の中には、死体を運ぶのが嫌だと訴えてきた者もいた。
……もちろんその気持ちも分かる。
成人男性の死体ともなれば、元仲間とはいえ重量があるからだろう。
気配りの出来る僕は、そんな人にも優しい対応を忘れない。
力不足で悔しくも仲間の死体を背負えない、という人には〔半身だけ〕を運んでもらっているのだ。
非力な人たちへの配慮も忘れない神懸った対応――――まさに神対応!
まさか真っ二つにされた死体がこんな形で役に立つとは思わなかった。
小粋なバッグのような外観なので街道の人々の視線も熱い。
かつて考案した〔死体型バッグ〕を図らずも実現出来たのだから当然だ。
だがこの形状のバッグが流行ってしまったら、僕がファッションリーダーということになるのだろうか?
なんだか照れ臭いなぁ……インタビューで『仲間のおかげでインスピレーションを得ました!』なんて語ってしまったら、フェニィが水を得た魚のように死体を量産してしまいそうだ。
もちろんバッグのキャッチコピーは――『腸内環境が一目で分かります!』
うむ、これはいいな。
教国で考案した死体型加湿器と同じ〔死体シリーズ〕である。
新商品の発売にあたっては既存の類似商品の存在に気を付ける必要があるが、この死体シリーズに限ってはその心配もない。
この卓抜したアイデアの前例があるなら見てみたいくらいだ。
しかもこのバッグ、使い方次第では色々な使い道がある。
冗談が苦手で人の輪から浮いてしまいがちな人には特にお勧めだ。
『おや、そこから取り出したのは小物袋かな?』
『――いいえ、腎臓です!』
なんて小ネタを披露すればたちまち人気者になること間違いなし!
時と場所によっては警察の人気者にだってなってしまうのだ……!
僕たちの護送行進には道行く人々の評判も上々だ。
周辺の人々を困らせていた山賊が討伐されたということで、あちこちから喜びの声が聞こえてくるのだ。
人々の中には恐ろしい物を見たかのような、悲鳴のような歓声を上げる人もいるくらいである。
しかし喜ばれるのは嬉しいが、まだ全ての山賊を殲滅したわけではない。
連中は山賊稼業を交代制でやっていたので、これでも山賊の半数程度だ。
……もちろん、残りの山賊たちも領主共々お縄についてもらうつもりだ。
カザの街が近付くにつれて、周囲の群衆もどんどん膨れ上がっている。
よほど山賊に悩まされていたのか、山賊たちに罵声を浴びせかけたり石を投げつけたりする者も多い。
晒し者にするのが目的だったわけではないが、人が多く集まるのはこれからやろうとしている事には都合が良いと言えるだろう。
――――。
僕が群集の人々とにこやかに話しながら街道を歩いていると、その時は来た。
遠くから目当ての人物がやって来るのが見えたのだ。
その男は一人ではない。
砂埃を巻き上げながら疾走する何十頭もの馬の一団。
その一団の先頭を、巨馬で先導するように走っている。
「――静まれ、騒々しいぞ!」
その小太りの男は僕の眼前に停止するなり、巨馬に跨ったまま声を張り上げた。
背後には数十人の部下を引き連れている。
間違いない、この男こそがカザの領主――ケーズ=デルミースだ。
これだけの騒ぎになっていれば干渉してくるものと思っていたが、本人が目の前にやって来てくれたのは嬉しい誤算だ。
この男の立場を考えれば軽率な行動と言えるが、やはり〔神持ち〕だけあって自信家なのだろう。
そう――神持ちだ。
街の噂で事前に聞いていたので、この男が領主であることはすぐに分かった。
そもそも権力者には加護持ちの割合が高いのだ。
神持ちは一代で財を成す者が多いので必然的に権力者になりやすい――そして神持ちの子供は加護持ちの割合が高いので、王族・貴族に加護持ちが多くなるのも自然な流れだ。
それでなくとも、金や権力を持つ人間が優秀な後継ぎを得る為に伴侶を選別することは珍しい話でもない。
さて、こうして群衆の前に領主を引っ張りだせたわけだ。
あとは、この領主の罪を衆目の中で暴くだけである。
もちろん武力で解決するような野蛮な事はしない。
ここまでお膳立てが整ってしまえば、後の事はそれほど難しくないのだ。
「これは物々しい、一体何事ですかね? ……え? いやいや、僕たちは怪しい者ではありません。山で強盗を働いていた不埒者を捕まえたのでカザに護送しているところなんですよ」
僕は何食わぬ顔で領主に健全性を訴えてしまう。
僕たちは善良な旅人として山賊を捕縛しただけの設定なのだ。
「…………っく、そうか、ご苦労だったな。私はカザの領主、ケーズだ。その山賊どもは我々が引き取ろう」
領主は顔を真っ赤にして眉間をピクピクと痙攣させながら、僕らに山賊引き渡しの要求をしてきた。
自分の手駒が壊滅している訳なので、内心では腸が煮えくり返っているらしい。
それをあからさまに顔に出してしまうのは問題だと思うが、これだけ直情的となると領主の化けの皮を剥ぐのも簡単そうだ。
もちろん、ここで素直に山賊たちを素直に渡すわけにはいかない。
口封じに山賊が殺害されたら、この件が闇に葬られてしまう可能性がある。
ここは僕の名演技の見せ所だろう。
「なんとびっくり、誰かと思えば領主様でしたか! ……そういえばこの男たちは『カザの領主の命令で山賊をやっていた』などと言っていましたよ? いやぁ、まったく無礼な話ですよね!」
僕は群衆にもよく聞こえるように大声で領主に報告してしまう。
さりげない僕の暴露発言によって、街道に集まっている人々から大きなどよめきが上がる。
『お、おい聞いたかよ?』『やっぱり噂は本当だったんだ……』
そしてこの機に乗じるのがもう一人。
そう、言わずと知れたルピィ先生だ。
ルピィは人を困らせることが三度の飯より大好きなのだ……!
「本当に失礼な話だよね! 周辺の領地を干上がらせる為に自分の部下を山賊に見せかけて流通路を封鎖するだなんて――そんなヒドイ事をやるわけないもんね!」
これまた響き渡るような大声である。
領主を擁護するように思わせて、しっかり領主の動機について説明している。
ルピィの見事な手際に発奮されたので、僕も負けじと更に声を上げた。
「そうですよルピィさん。自分の領地を拡大したいからって人々に迷惑を掛けるだなんてあり得ないですから!」
「そうだよねアイス君。山賊たちが領主の顔を見て安心した顔になった気がしたけど、ボクの気のせいに決まってるよ!」
「――――黙れぇぃ!!」
ついに領主が激怒してしまった。
しかし短気な人間だなぁ……為政者なのにこれほど気が短くて良いのだろうか?
だが領主が平静さを失っている状態なら、山賊の黒幕であることを認めるような自白が聞けるかもしれない。
なんとかして領主が自白する方向に会話を誘導していこう、と僕が思索していると――領主の傍らに控えていた男が冷静な声を挟んだ。
「ケーズ様、どうぞ落ち着かれて下さい。不用意な発言は後々立場を悪化させかねません。――お前たち、金が目当てなのだろう? 謝礼の支払いは約束しよう。さぁ、山賊たちを我々に引き渡すのだ」
おそらくこの男が、山賊たちに直接指示を下していたという秘書なのだろう。
生き証人である山賊たちが目の前にいるにも関わらず、山賊を操っていた秘書は憎らしいほどに落ち着き払っている。
そして――人は他人の思考について考える時、自分自身を基準にして考えると言われている。
自分たちの利益の為に、平気で罪なき人々を踏みにじるような輩だ。
そんな外道な人間だけあって、自然な思考で僕たちのことを〔強請り屋〕の類だと判断したようだ。
危険を侵して悪徳領主を弾劾する人間よりは、金目当てで領主に強請りをかける人間の方が現実的な存在だと思ったのだろう。
その思考の帰結は、僕が想像していた人物像に合致している。
あと二話で第五部は終了となります。
明日も夜に投稿予定。
次回、七四話〔そびえ立つ親友〕