七二話 死のクイズ大会
「――な、なんじゃこりゃあ!? てめぇらコイツらに何しやがった……!」
食事を終えてティータイムに突入していると、山賊の第二陣がやって来た。
厳密に言えば、僕たちの食事中に山賊の一人がこっそり偵察に来たのだが、山賊仲間の惨状を見て慌てて引き返していったりもしている。
あえて気付かないフリをして逃しておいたのだが、上手いこと残りの山賊を連れて戻ってきてくれたようだ。
これぞ果報は寝て待てというやつだろう。
「おい、しっかりしろ! ……っくそ、ダメだ。もう死んでやがる……外傷がねぇってことは、てめぇら毒を盛りやがったな!」
山賊が仲間の死体を検分した結果、毒で一網打尽にされたと判断したようだ。
実際には違うわけだが、その判断は妥当だと言うべきだろう。
この場には戦闘の痕跡がなく、倒れている山賊たちには目立った外傷がない。
しかも全員が苦しみに歪んだ表情をしているとなれば、毒物摂取によるものと推測するのが自然な思考だ。
しかし、これは失礼な話ではないか。
僕が毒を盛るのは親しい人間だけである。
そう、他人に毒を盛るような非常識な真似はしない……!
「憶測で他人を貶めるようなことを言ってはいけませんよ。僕は他人に毒を盛ったりはしません。……さて、山賊の皆さん。僕たちはあなた方を捕縛しにきたのですが、どうか大人しく投降してくれませんか?」
まずは礼儀正しく投降を促してみた。
これまでの罪科からすると、ほとんどの山賊たちが死罪になると思われるが、中には死を免れる人間もいるかもしれないのだ。
ここで素直に従ってくれれば裁判官の心証も良くなるので、彼らの生存率も上昇することだろう。
「何言ってんだこのガキ。頭湧いてやがんのか? こ……」
――ボン!
喋っていた山賊の頭が破裂した。
この爆散っぷりは……セレンか。
僕が侮辱されたのでセレンの逆鱗に触れてしまったようだ。
うむ、これは仕方がない……!
しかし不慮の事故だったとはいえ、早くも交渉の空気が霧散しつつある。
山賊たちが理解の及ばない現象に固まってしまっているのだ。
彼らの顔に見えるのは未知への恐怖だ。
いかん……このままでは暴力と恐怖で屈服させたようになってしまう。
〔平和の伝道師〕の通り名をレットから取り戻す為にも、誠意を込めた説得で投降してもらわなくてはならないのだ。
まずはお通夜のようなこの陰鬱な空気を打開することが重要だ。
ここは僕の腕の見せ所だぞ――
「おおっと、残念。答えを間違えてしまったようですね! さて次なる回答者は――はい、そこのあなた!」
「ひぃぃっ!?」
クイズ大会の司会者のように盛り上げてみようとしたのだが、僕の指名を受けた山賊は悲鳴を上げてへたり込んでしまった。
突然の頭部爆発を〔不正解の罰ゲーム〕のように誤魔化そうとしたのだが、僕の機転は通じなかったらしい……。
こんなにもフレンドリーに接してみたのに、〔殺害予告〕をされたかのように怯えているではないか……!
そこで、僕の援護射撃をする為なのか――満面の笑みのルピィが立ち上がった。
「キミたちさぁ、ここにいるのを誰だと思ってんの? 軍国のミンチ王子――〔アイス=クーデルン〕とはこの子のことだよ! さぁさぁ、ミンチになりたいヤツから前に出なよ!」
くそぉっ……また僕の悪評を広めているではないか!
ルピィの援護射撃は僕の背中を蜂の巣にしている……!
『あれがミンチ王子!?』『ハッタリだ、帝国にいるわけがねぇ!』『でも見ろよあの死体……』
山賊たちから様々な声が飛び交っているが、好意的なものは存在していない。
頭部が爆散している死体が〔ミンチ〕に見えなくもないことがルピィの発言の信憑性を高めてしまっているようだ。
かといって、セレンがやったなどと公言するわけにはいかない。
憤懣やるかたない思いはあるが、ルピィの発言を否定せずに尋問していくのが正解だろう。
「さて、一応の確認ですが……あなたたちはカザの領主の指示で山賊行為を行っていた、という事で間違いありませんか?」
「カ、カザの領主なんて知らねぇなぁ。俺たちは勝手に……」
「――――嘘だ」
山賊の弁明をレットが遮った。
聞き苦しい虚言を耳に入れるのが苦痛だったのか、不愉快そうな顔をしている。
「言い忘れましたが、彼は〔裁定神の加護〕を持っています。僕たちに嘘は……」
ひゅん、と風が鳴った。
山賊の身体は二つに分かれて地面に落下する。
分かれ道でもないのに、彼の半身たちは決断してしまったのだ。
『ここは二手に別れよう!』
しかし彼らが巡り合うことは、もう無いだろう。
右半身と左半身の行く道は、どちらも袋小路なのだ。
そう、嘘吐きには――〔死〕!
フェニィ裁判長は大変に厳しい。
即断即決どころか即断即断である。
昨今では裁判の長期化が問題になっているが、フェニィに任せれば即解決だ。
しかし……平和的に話し合いをしているだけなのに、着実に山賊の数が減り続けているような気がしないでもない。
先の頭部爆散に続いて、身体が『ここでお別れだ!』なんてことになってしまったので、山賊たちは恐慌状態である。
セレンの投擲といいフェニィの斬撃といい、余人の眼には留まらない早業だ。
山賊たちの視点で考えれば、何が何だか分からないうちに凄惨な死体が増えているのだから、彼らが右往左往しているのも無理はない。
しかしこれはいけない。
このまま山賊を官憲に引き渡せば、山賊から恐怖体験が語られることになる。
そうなれば僕の悪評がますます高まってしまうことは間違いない。
ここは、不思議現象に適当な理由付けをしておくべきだろう。
「おやおや、皆さんご存知ではないのですか? 裁定神持ちの前で嘘を吐くと〔心の不一致〕が〔身体の不一致〕に繋がってしまうのですよ!」
僕自身にもよく分からない説明だったが、山賊には一定の効果があったようだ。
男たちは一斉に畏怖の眼差しをレットに送っている。
しかも〔身体の不一致〕になることを恐れているかのように、誰一人として口を開こうとはしない。
ふむ……神持ちの特性は万人の知るところではないので、多少無理がある説明でも罷り通ってしまうようだ。
レットは顔を顰めて『適当な事言ってんじゃねぇよ』という視線を僕に送ってきているが、これも正義の為なので我慢してもらうしかない。
――――。
そこから先の尋問はスムーズだった。
山賊たちは聞かれてもいない事まで立て続けに自供してくれたのである。
やはり大事なのは、心と心の繋がりだということだろう。
そう、正義を志す僕の正しい心が彼らにも伝わったのだ。
「領主の秘書の命令で山賊やってたらしいけど、まず間違いなく領主もクロだろうね。これからどうするのアイス君?」
喜々として山賊を絞り上げていたルピィからの質問だ。
ルピィの言葉通り――山賊から秘書の名前までは出てきたのだが、肝心の領主の関与がクロに近いグレーのままなのだ。
領主が一連の山賊事件の黒幕であることは濃厚だが、山賊が直接やり取りをしていたのは秘書ということで証拠に欠けている。
領主を糾弾しようにも〔秘書が勝手にやったこと〕という事にされてしまえば、領主が罪に問われないままに有耶無耶になってしまう可能性があるのだ。
相手はこの一帯で絶大な権力を持つ権力者だ。
決定的な証拠を突きつけなくては、領主を捕らえることができない恐れがある。
そう――山賊たちが積み重ねてきた悪行を知ってしまったので、もはや裏取引で領主を目こぼしするという選択肢は僕の中で完全に消えている。
僕ばかりではない。
下種な真似を嫌う仲間たちも義憤に燃えている。
領主に然るべき報いを受けさせるべき、ということで意見は一致しているのだ。
帝王に紹介してもらうという目的から遠のくことになるが、これは仕方がない。
カザの領主を捕縛した暁には、他所の領主なり帝国政府なりの介入が予想されるので、その線から道を繋いでいくしかないだろう。
領主を許せない気持ちが強いので、ここから先は僕も自制するつもりはない。
「このまま山に潜伏していれば領主からのアクションがあるはずだけど……僕たちにそんな時間はない。ここは正面突破でいこう!」
あと三話で第五部は終了となります。
明日も夜に投稿予定。
次回、七三話〔死を運ぶ行進〕