十九話 姉妹
本日は四話投稿予定です。
「おかえりー! おおっ、ルピィちゃんが男連れだー! 彼氏なの? 家族に紹介しに来たの? ……どうもそんな感じじゃ無さそうだね。まぁ、入って入って」
自宅にいるという姉に会う為に僕らはやってきたが、出会い頭に高いテンションで出迎えられた。レットの沈痛な面持ちを見て少し落ち着いたようだが、依然として興味津々といった様子で、僕らをまじまじと観察している。
聞くところによれば、この姉妹はすでに両親と死別しており、姉妹二人だけで暮らしているとのことだ。
……そして今更ながら、対象の女性はルピィさんという名前であることを知った。
色々とばたばたしていたせいで、ろくに自己紹介もしていなかったのだ。
「はじめまして! 私はフゥ=ノベラーク。ルピィちゃんのお姉ちゃんで二歳年上の二十歳、独身だよ。彼氏もいないよ!」
レットから発せられる陰鬱な空気をも払拭するように、フゥさんは朗らかに自己紹介をした。
ルピィさんによく似た可愛らしい女性だ。
違いといえば、ルピィさんより髪が長いことくらいであろうか?
そしてルピィさんが、僕とレットの二つ年上ということも自動的に明らかになる。
――ここはフゥさんに倣って、僕も晴れやかに返すとしよう。
「ご丁寧にありがとうございます。僕はアイス=クーデルン。こっちがレット=ガータス。二人とも十六歳です。お付き合いしている女性はいません」
フゥさんに合わせて返したが、どこか合同コンパのような様相になってしまった気がする。
「……クーデルン?」
ルピィさんがクーデルンの姓に反応した。
やはりこの国では、武神クーデルンの姓は良くも悪くも有名すぎるようだ――僕は普段であれば変名を名乗っているが、この二人にはなんとなく嘘を吐きたくなかったのだ。
「はい、僕の父は武神持ちのカルド=クーデルンです」
砦での集団虐殺の件で父さんを誤解されたままなのは嫌だったので、父さんが洗脳術に囚われていること、父さんを救う為に仲間を探していることなどを簡単に説明した。
「――――父親が母親を……酷すぎるよ……」
ルピィさんは僕の話を聞いて悲憤慷慨な様子だ。
自分も他人の心配をする余裕はないはずなのに、元来暖かい性質な人なのだろう。
軍国が軍団長を洗脳術で支配しているなどと、にわかには信じがたい話であったはずだが、ルピィさんは人の心の機微に敏感そうであるし、何より、嘘を見抜ける裁定神持ちが仲間にいることが信憑性を高めてくれたように思う。
「そっかぁ……アイス君、苦労してるんだね……。うちのルピィちゃんで良いなら持ってきなよ、今なら安くしとくよー」
「お姉ちゃんっ!」
フゥさんの調子は相変わらず軽かったが、こちらとしても有り難いことではあった。
あまり深刻に受け止められてもこちらの気分が重くなってしまうので、笑って流してくれるくらいの方がこちらもやりやすい。
「僕のことはもういいですよ。それより、直近の問題について話し合うべきだと思います」
「問題? それはレット君が、鬼上司の娘を妊娠させてしまった部下、みたいな様子なのと関係があるのかな?」
フゥさんの陽気さに当てられることもなく、レットはますます苦悩に満ちた顔をしていた。
たしかにそれは、罵られる事、殴られる事を覚悟している男のようにも見えたが、他に良い例えは無かったのだろうか……。
思えばレットは、毎日毎晩、目の前のこの姉妹が死にゆく様を観ているのだ。
二人のことを知れば知るほど、やりきれない思いになっているのかもしれない。
――レットは悲壮な声で自身の加護を告げる。
「……俺は、裁定神の加護を持っています」
「へぇ……そうなんだ。私とルピィちゃんってことかな?」
フゥさんは事実上の死亡宣告にも動揺することなく、これまでと変わらない声調でレットに尋ねた。それにレットは無言で、力無く頷くことで肯定した。
ルピィさんといい、フゥさんといい、〔裁定神の加護〕の名を聞いただけですぐに事態を察知している。僕は裁定神のことを軽く考えていたかもしれない。
僕らが育った山奥の小さな村でさえ、悪評が聞こえていたくらいだ。
人の多い都市部では、かなりの悪名を轟かせているのかもしれない。
「裁定神の予知夢ってどんな感じなのー?」
フゥさんは、不安より好奇心の方が強そうな声音でレットに尋ねた。
「……一週間前から毎晩夢を観ています。…………ルピィさんが公開処刑になるところをフゥさんが止めようとして、結局二人とも死んでしまう夢です。何故そんなことになるか、詳しい事情はまだ分かりませんが」
「ええっ!? 公開処刑!?」
ルピィさんは夢の内容を耳にして唖然としている。
予想だにしない内容だったのだろうか、自分が公開処刑になると聞いて困惑しているようだ。
「公開処刑―!? なんでルピィちゃんがそんなことになるの?」
これまで飄々としていたフゥさんもさすがに仰天している。
僕は二人の驚くありさまを見て――心中密かに予想していたことが外れたのを知った。
公開処刑ほどの憂き目に遭うくらいだから、少なからずそうなる要因の、心当たりの一つくらいはあるものだと思っていたのだ。