七一話 譲り合いの精神
いよいよ実食という段になったところで、「あっ」とルピィが口を開いた。
「あちゃ~、やって来ちゃったよ山賊。タイミング悪いなぁ」
うっ、このタイミングか……。
炊事の煙をもくもく出していた上に、わいわいがやがやと料理をしていたのだ。
山賊が僕たちの存在に気付くのも当然――というか、本来はこの展開が目的だ。
しかし、せめて食後にやってくるぐらいの配慮が欲しかったものである。
ルピィの話では数分後に山賊集団と接敵するらしいので、討伐時間も加味すると料理が冷めてしまいかねない。
仲間たちそれぞれから『誰か山賊の相手してくれないかな?』という牽制の空気が感じ取れてしまうのも自然な流れだ。
唯一レットだけが戦闘態勢を整えているが、相手は数十人規模の山賊なので討ち漏らしが無いとも限らない。
しかしそれでも、他の仲間たちが山賊討伐に動き出す気配はない。
アイファなどは槍を持つどころか――串焼きの串を持っている有様だ!
僕らが譲り合いの精神を発揮していると、遂に山賊たちがやって来てしまった。
「うへへっ、俺たちの縄張りで旨そうなもん食ってんじゃねぇかよ。女どもと纏めて俺たちが味見をしてやるよ。うへへへっ……」
「おいおい見ろよコイツら。いい女たち連れてんのに護衛一人だけで旅をするたぁ良い度胸じゃねぇか」
山賊が護衛と判断しているのはレットのことだろう。
レット一人だけが二十人以上の山賊を相手に武器を構えているのだから、たった一人の護衛と思われるのも無理はない。
そう――まだ僕もカレーを食べているのだ!
ルピィの情報によると山には四十人近くの山賊がいたはずなので、この場には半数程度が出張ってきているらしい。
領主の私兵を撃退した際には山賊は〔百人〕を超えていたそうなので、連中は交代制で山に居着いているものと僕は推測している。
山賊にも関わらずホワイトな職場環境である。
しかしこれは困った。
レットに任せても二十人くらいは薙ぎ倒してくれるだろうが、乱戦で食事の邪魔をされてしまうかもしれない。
カレーに砂埃でも混入してしまったら一大事だ。
よし、ここはあの作戦でいこう。
「マカちゃんマカちゃん、ちょっと魔力を解放してやってくれないかな?」
そう、マカの力を借りるのだ。
仲間内ではセレンとフェニィ、それからマカの魔力が一般人には有害となる。
人里で魔力を漏れさせると無関係な人々を巻き込んでしまう結果になるが、この山奥でならばそんな心配もない。
遠慮なく魔力を放出してもらえれば、大勢の山賊たちとて一網打尽だ。
山賊たちは生け捕りにしておいて領主との関係を証言させたいので、魔力の性質的にもマカにお願いするのが適任だろう。
セレンの魔力は常人の命に関わることがあるし、フェニィの魔力もマカのそれよりは有害性が高いのだ。
……実際はフェニィに任せても問題ないのだが、食事準備の段階でマカだけが働いていなかったこともあるので、マカが役に立つことをアピールしたいのである。
しかし、皆のマカを見る眼は冷たい。
マカが勿体つけるような態度で「どうしよっかニャ~」などと串焼きをちびちび齧っているのが気に食わないのだろう。
「お願いだよマカ、きみにしか頼めないんだ。マカの偉大な力を僕に見せてやってくれないかな?」
「にゃあ」
マカの意を汲んで下手にお願いしてみると「仕方ないニャア」と、ふてぶてしい顔で了承してくれた。
ますます女性陣の苛立ちが感じられるが、調子に乗っているマカも可愛いので許してあげてほしいものだ。
「なにゴチャゴチャ言ってやがる! 金と女を置いて……っぁ」
威勢のいい怒声は途中で止んだ。
マカが抑えていた魔力を放出したことにより、魔力耐性を持たない山賊たちが一斉に膝をついたのだ。
神持ちどころか通常の加護持ちもいないような山賊たちなので、魔術系の神持ちであるマカの魔力に抗えるはずもない。
マカの魔力はフェニィに似ているが、与える効果は〔重度の二日酔い〕に近い。
生命には別状無いものの、強烈な頭痛と吐き気に襲われてしまうのだ。
――ちなみに僕は飲酒可能な年齢だが、滅多にお酒を飲むことはない。
毒が効かない体質なので、お酒を飲んでもあまり酔えないという理由もある。
だがそれ以上に、お酒を飲むといつも酷い目に遭っているという事実が大きい。
ロブさんに誘われて、王都の〔夜のお店〕に行った時もそうだった。
女の子に無条件でちやほやされるという夢のようなお店だったのだが、ルピィたちがお店にやってきたのが悪夢の幕開け…………そう、あれは悪い夢だったのだ。
翌朝目を覚ますと〔全身を包帯に覆われたロブさん〕がベッドに寝ていたなんてことは無かったのだ!
……はっ、いかんいかん。
またしてもトラウマに襲われて意識が飛んでいた。
マカが首を上げて「どんなもんニャ」とアピールしているのだから、褒めてあげなくてはならない。
「ファンタスティック! さすがはマカだね! ほらほら、塩焼きもいいけどタレ焼きも食べてごらん」
僕はマカの功績を称えながらタレ焼きのアユも勧めてしまう。
ご機嫌のマカは、差し出された串焼きにガブリと食らいついている。
苦悶の声を上げている山賊たちを置き去りにして仲良くじゃれ合っていると――突然、漆黒の魔力が一帯を包んだ。
山賊たちは電撃でも受けたように身体を痙攣させて、微動だにしなくなった。
これは……セレンとフェニィか!
二人がマカに触発されたように自身の魔力を解き放ったのだ……!
くっ、まずいぞ。
山賊たちは生かしておく必要があったのに、今の彼らからは命の気配がしない。
それでも一応は動かない山賊たちに救命措置を試みるが……予想通り、誰一人として目を開くことはなかった。
マカやフェニィ、それぞれ単体の魔力でなら即死するような事態にはならない。
しかし、それぞれが複合するような事になれば話は別だ。
単体でも重度の体調不良になるような魔力が重なってしまえば、極めて致死性の高い魔力になってしまうのだ。
マカとフェニィでも生存見込みは低いのに、今回はセレンまで加わっている。
こうなるともう生きているのが不思議なくらいだ。
きっとマカの活躍を台無しにする為に、二人して魔力を放出してきたのだろう。
しかし、マカが山賊の惨状を気にしていないのは幸いだ。
依頼を受けて達成した結果で褒められたので、マカの中では完結しているのだ。
山賊の生死よりも焼き魚を食べることの方が重要、とばかりにパクついている。
それにしても……普段はセレンとフェニィが協力するような事なんてないのに、なぜこんな時ばかり〔夢のアンサンブル〕を実現させてしまうのか。
しかも二人とも素知らぬ顔で食事を続けている。
これほど死体を量産しておいてトボけるつもりでいるらしい――マカがやり過ぎたせいで死んでしまったと言わんばかりに……!
だが、二人は魔力を放出しただけであり、物証となる凶器があるわけでもない。
二人にトボけられてしまうと、有罪を立証するのは極めて困難だ。
そう、完全犯罪が成立しているのだ。
しかしそれでも、僕の目は誤魔化されない。
どのみち死罪になることが濃厚であった山賊とはいえ、ここで〔殺人癖〕をつけさせるわけにはいかない。
二人の将来の為にも、厳しいペナルティを与えるべきだろう。
「セレン、フェニィ。弁解は聞かないよ――君たちはデザート抜きだ!」
僕の厳しい判決に、セレンたちは愕然とした反応を見せた。
二人とも感情を面に出すタイプではないが、珍しく分かりやすい感情表現だ。
――特にセレンの反応が新鮮だ。
セレンに処罰を与えることなどほとんど無いので、ペナルティそのものよりも罰を言い渡されたことに動揺しているようだ。
僕とてこんな事は言いたくはないのだが、セレンの魔力は極めて危険な代物なので、可愛い妹の為にも厳しくしなければいけないのだ。
……なにしろその気になれば完全犯罪がやりたい放題になってしまうのである。
そしてもう一方、法の執行人を殺害して完全犯罪を実行しかねないフェニィ。
度々注意してはいるのだが、やはり食事絡みのペナルティが最も効果が高い。
今も言葉で不服申し立てをするわけではないが、その強い眼光が『なぜだ!』と訴えかけてきているのだ。
……むしろ僕の方が『なぜだ!』と問い詰めたいくらいである。
周辺に散らばっている死体を見て、その理由を悟ってほしいものだ。
苦悶の表情を浮かべながら倒れている大勢の男たち。
そう、もう完全に――〔有毒ガス発生現場〕みたいになっているのだ!
せっかくマカが生け捕りにしてくれたのに、なぜ皆殺しにしてしまうのか。
しかも恐ろしいことに……実行犯の両名は反省の態度を見せることなく、悔しそうな怒りの視線をマカに向けてしまっている。
これはいかん、いかんぞ……。
彼女たちがペナルティを受ける要因となったマカが逆恨みされている。
二人に反省してもらう必要性はあるが、放っておくと『この半生、楽しかったニャン』なんてことになりかねない……!
「や、やっぱりちょっと厳しすぎたかな。うん、スモモを半分だけあげるよ」
無言の脅迫とも言える状況に、僕は処分を緩めざるを得なかった。
……僕が温情判決の是非について頭を悩ませていると、中立派のレットが現実的な問題について言及する。
「それよりアイス、これからどうするんだ? まだ山賊も半数ぐらい残ってるだろ」
当初の計画では、山賊を誘き寄せてから全員を生け捕りにするつもりだった。
しかし、こちらにやって来たのは潜伏中の山賊たちの約半数――しかも全員を抹殺してしまっている。
だが、まだ生き残りの山賊が存在するので致命的な段階ではない。
今ある問題は、残りの山賊たちをすぐに捕縛しにいくか、それともこの場で後続の山賊たちを待つか、どちらを選択するかだろう。
――ならば選択肢は決まっている。
「レット、山賊討伐は後にすべきだ。まずはご飯を食べてからにしよう!」
なにしろ僕たちは食事中である。
しかもカレーに焼き魚。
冷めてしまったら取り返しがつかない品目だ。
温め直すという手段もあるが、冷えたカレーを温めるのは手間が掛かる。
カレーを焦げ付かせないようにする為、弱火を維持しなくてはならないのだ。
焚き火においては強火より弱火をキープする方が面倒なのである。
そうなると食事と山賊、どちらを優先するかなど考えるまでもない……!
「おいアイス、いいのかよ。残りの山賊たちに逃げられるかもしれねえんだぞ。それに……」
「――騒がしいぞレット=ガータス! 腹が減っては戦ができぬ。今は力を蓄えるべき時だというのが分からぬか!」
山賊退治を優先すべきという主張に、アイファから諭すような一喝が飛んだ。
立派なことを言っているかのようだが……アイファは片手に三杯目のカレーを持ち、もう一方の手に持ったスプーンをレットに突きつけて糾弾している。
〔力を蓄える〕という名目が主目的になってしまっているのは一目瞭然である。
ご満悦でカレーを食べていたアイファなので、食事を中断されかねない可能性に声を上げずにはいられなかったのだろう。
口の周りにカレーを付けて強弁するアイファの姿には、さすがのレットも言葉を失って黙り込んでしまった。
……おっと、いけない。
レットの主張にそれなりの正当性があった以上、食いしん坊に言い負かされたレットをフォローしておかなくてはならないだろう。
「まぁまぁレット。ほら、わらびと菜の花のお浸しでも食べてみなよ。レットは山菜好きだっただろ?」
憮然とした顔のレットは「……妙に美味いのが複雑だな」などと文句なのか賛辞なのかハッキリしない感想を漏らしてはいるが、腰を落ち着けて食事に戻った。
よし、これで万事解決だ!
明日も夜に投稿予定。
次回、七二話〔死のクイズ大会〕