六八話 変わらない糾弾
「――それではまた軍国でお会いしましょう。その時には国を挙げて大歓迎しちゃいますよ」
「アイス君が歓迎してくれるだけでいいよ。……また、ね」
僕とレオーゼさんは軍国での再会を誓って別れた。
レオーゼさんとの別れは寂しいが、これも一時の事だと思えば耐えられる。
もの寂しさを抱えながら歩を進めていると――唐突にルピィの口撃が始まった。
「それにしても、見た? アイス君のあのデレデレした顔。なぁにが『僕と一緒に暮らしましょうレオーゼさん! でへ、でへへへ……』だよ!」
僕の言葉が下心感溢れるものに改竄されている……!
しかも改竄しているルピィ本人ですら自分の言葉に憤りを見せているのだ。
なんたる理不尽。……なにより僕はデレデレなどしていない。
しかし皆の反応を見る限りでは、ルピィに同調している雰囲気が感じられる。
ちなみにルピィがレオーゼさんの家であまり文句を言わなかったのは、おそらくレオーゼさんの境遇に同情して遠慮していたからだろう。
その優しさは仲間として誇りに思うが、僕にも優しさを分けてほしいものだ。
「うむ、まったくだ。アイスの緩んだ顔を思い出すだけで胸がムカムカしてくる」
アイファが苛立っている顔で賛同しているが、仲間の幸せそうな顔にムカムカするとは酷い話ではないか……。
僕だって幸せになりたいのに……!
「ストレスは溜め込んだらダメだよアイファちゃん。ほら、その槍でアイス君を……」
「――そ、そういえば! 次の目的地は決まっているのかな?」
ルピィが不穏な思考誘導をしようとしていたので、僕はすかさず話題を逸した。
そう、世間話の最中にだって危険は潜んでいるのである。
ストレスを溜め込むのは良くないという点には同意するが、他人でストレス解消するような振る舞いは許されないのだ。
「もっちろん決めてるよ。帝都の近くにある〔カザ〕って街の領主。コイツは悪い評判だらけの領主だからさ、ボクたちでコテンパンにして身ぐるみ剥いでやろうよ!」
ルピィの得意分野に話を振ったおかげだろう、僕の思惑通りにアイファへの洗脳から気を逸してくれた。
都合の良い時だけリーダー扱いされる僕なので、知らない間に次の目的地が決まっているのはよくある事だ。
……おそらく僕が気絶している間にでも決定してしまったのだろう。
しかし、ルピィは当初の目的を忘れているとしか思えない。
手段はともかくとして、領主には帝王への仲介を頼むはずだったのに『コテンパンにして身ぐるみを剥ぐ』とは恐ろしい……。
もはや原初の目的が面影すら残っていない……!
相手が悪人であることを大義名分にやりたい放題やるつもりらしいが、無法行為は防がなくてはならない。
「待ってよルピィ。それじゃあただの強盗じゃないか。無理矢理に金銭を強奪するような真似は犯罪なんだよ?」
「大丈夫だってアイス君。ボクたち〔神殺し団〕は誰にも止められないよ!」
おのれルピィめ……何が神殺し団だ。
その名称からして――僕を主犯格にするつもりじゃないか……!
やろうとしている事は強盗なのに、なにやら呼称がカッコ良いのもいけない。
仲間たちも名前に釣られて好意的な反応を示しているのが危険だ。
このままでは神殺し強盗団が結成されてしまう……。
早く、早く――〔レット=ガータス団〕に改名しないと!
……いや、違う違う。
犯罪後の責任逃れを模索している場合ではない。
冷静に考えれば、僕が焦る必要性はないのだ。
そもそも僕の新しい加護は一般に知られていないのである。
レオーゼさんにしても軽々しく他人に吹聴する人ではないので、神殺し団を名乗ったところでアイス=クーデルンと結びつける人間はいないのだ。
それでも、念を入れて事前工作をしておくべきだろう。
「僕の加護のことなんだけど、〔神殺し〕だと物騒な印象を与えちゃうから、公には従来通り〔治癒持ち〕を自称しようと思うんだ。皆も合わせてくれるかな?」
神殺しと聞くと、戦闘狂や殺人鬼のようなイメージを与えかねないのだ。
加護は本人にも選べないとはいえ、実に僕には似つかわしくない加護である。
贅沢は言えないが、もっと平和や慈愛を感じさせる加護が良かったのが本音だ。
「はぁっ? 今まで散々『ルピィは神持ちなのに僕に勝てないの? ――ははん、笑っちゃうね。レットの太鼓持ちでもしてなよ!』とか言ってたくせに、まだ自分が神持ちだって否定するの!?」
言ってない、そんな事は言ってないぞ!
いつ僕がルピィを太鼓持ちに任命したと言うのだ……!
改竄どころではない、これは完全な捏造だ。
……無関係なのに流れ弾を受けたレットが可哀想じゃないか。
そこで、意外にもセレンがルピィの援護に回った。
「良いではありませんか、隠し立てをする必要などありません。にぃさまが特別な存在だと俗人にも知らしめるべきです」
セレンの期待が重い……!
実のところ、僕が〔神殺し〕だと判明した事で最も喜んでいたのがセレンだ。
神の名が付く加護であり前例がない加護でもあるので、セレンと同じく〔新種の神持ち〕ということになるからだろう。
可愛い妹が喜んでくれるのは嬉しいし、その期待にも応えたいとは思う。
だがそれでも、やはりセレンと比較してしまうと僕は凡人の部類に入ってしまうのは否めないのだ。
「そう、セレンちゃんの言う通り! アイス君はもっと自信を持たなきゃダメだね。――そうだ! 〔僕は神殺しです〕って書いたプラカードを作ってあげるから、今後はそれを首からぶら下げて生活するのはどうかな?」
ただの晒し者じゃないか……!
僕の為を思ってプラカードを作ってあげるような口ぶりだが、隠し切れていないルピィの笑みを見るまでもなく、これは嫌がらせの一環だろう。
しかも何も知らない人たちから見れば〔僕は神殺しです〕なんてアピールされたところで意味が分からないはずだ。
分からないなりに『何か大罪を犯したのか?』と勘違いされるのが関の山だ。
「そもそもさぁ、神殺しってなんなの? 治癒術まで使えるのはズルくない?」
更なる難癖をつけ始めるルピィ。
そんなクレームを僕に入れられてもどうしようも無いのだ。
……そういえば、以前に加護が変化していたこともあったが、あれも神殺しの特性の一つなのだろうか?
心当たりは、調術を受ける直前にイメージしていた加護ということくらいだ。
最初に〔治癒の加護〕だと判別される直前には『治癒の加護を持ってると良いなぁ』などと考えていた。
後に〔武の加護〕だと判別された時には『アイス君は絶対に戦闘系の加護持ちだよ!』と直前に言われていたので、戦闘系の加護を意識しながら調術を受けてしまったのだ。
そうなると、イメージ通りに変化する反則的な加護という事になるが…………いや、何か違う気がする。
どちらかと言えば、世界の異物として認識されないように〔擬態をしている〕といった印象の方が強い。
うん、こちらの方が直感的にしっくりくる。
……ますます平和的なイメージからかけ離れている気がするので、この推論は胸にしまっておくとしよう。
「――それより皆。そろそろ旅の期限が迫ってるから少し旅の足を早めよう!」
ルピィの追求を背中に置いて、僕は歩く速度を上げた。
実際、加護がなんであろうとも大きな問題ではない。
僕は変わらないし、仲間も変わらないでいてくれる。
……それだけで充分だ。
明日も夜に投稿予定。
次回、六九話〔山賊疑惑〕




