六七話 異質な存在
彼女が寂寥を感じているならば、僕としては放って置くわけにはいかない。
「レオーゼさん、よかったら僕と一緒に旅をしませんか? 僕はもっとレオーゼさんと一緒にいたいんです」
彼女が差別を恐れているのは明らかだ。
なればこそ、偏見意識のない僕たちと一緒にいることで幸せにしてあげたい。
優しいレオーゼさんが加わることで僕の厳しい待遇が改善されるのでは? という下心も否定できないが、皆が幸せになれることなので問題は無いだろう。
「またアイス君がナンパしてる!」
「…………」
仲間から驚きの声が上がっているが、きちんと話せば分かってくれるはずだ。
……無言で責めてくるフェニィやセレンも分かってくれるはずだ。
しかし僕の言葉に、レオーゼさんは無言で俯いたまま――泣いている!?
はわわ……と焦り出した僕だったが、彼女はクスっと笑って口を開く。
「ごめんなさい、嬉しくてね……。私は教会と仕事の契約をしているから、半年後じゃないと動けないのよ」
「でしたら、その後に軍国に――そう、軍国に引っ越しちゃいましょう! 軍国は良い国ですのでレオーゼさんにも気に入っていただけると思いますよ」
半年もあれば都合が良い。
彼女が軍国を訪れる頃には、眼を隠さずとも普通に生活出来るような下地作りをしておける。
もちろん僕にはその自信がある。
王都では、ジーレやシーレイさんが日常的に猛威を振るっているのだ。
あの二人に比べれば、外見が多少異なっていようとも、気性が穏やかなレオーゼさんなら大歓迎されることだろう。
人格者の神持ちは本当に貴重な存在なのである。
もちろん最初の内は馴染めない面もあるはずだ。
レオーゼさんは珍しい眼を持っているので、ロブさんに『オマエ、カワッテルナ』と言われる事もあるかもしれない。
だが何も問題はない――ロブさんの方が変わっているのだ!
しかし、教会との雇用契約を遵守するとは、僕の仲間たちでは考えられないほどの義理堅さである。
軍国王であるナスルさんは真面目な人間を好む傾向があるので、その点でも好材料だろう。
もう戦争目的での神持ちは軍国には必要ないはずだが、レオーゼさんが軍国に移住するとなればナスルさんも大喜びしてくれることは間違いない。
……なにしろ暴走したジーレたちを止められる人間が増えるのだから。
「……うん。私、軍国に行くよ。……ありがとう」
快く了承してくれたのは嬉しいが、なぜか僕の頬を撫でているレオーゼさん。
儚い笑みを浮かべたお姉さんが頬を撫でてくるわけなので、僕の顔が熱くなるのも避けられない。
「――随分と嬉しそうですね、にぃさま」
そしてセレンが嫉妬してしまうのも避けられない……!
むむっ……いけない。
近隣住民への健康被害が心配になるほどのセレンから魔力が漏れている。
これは後から個別訪問する必要性があるだろう。
レオーゼさんの自宅を中心に集団昏倒事件が起きたとなれば、引っ越しまでの短い期間とはいえ彼女が居づらくなってしまうのだ。
しかし、どんな建前で訪ねて行けばいいのか?
セレンのせいにするのは嫌なので、なにか良い口実を考えておかなくては。
ここは『いやぁ〜、ついうっかり毒ガスを撒いてしまいました。これはうっかりうっかり』などと偶然の事故を装うのが妥当かもしれない。
そうすれば『ウッカリ、シカタナイネ!』と分かってくれるに違いない……!
僕がご近所さんに持っていく菓子折りについて思案していると――レオーゼさんの声に意識を引き戻された。
「『にぃさま』って……まさか、あなたたち兄妹なの?」
おやおや、調神のレオーゼさんとも思えない言葉である。
外見が瓜二つである僕たちなので、他人に見える方が不自然というものだろう。
……そういえば、シーレイさんも似たような事を言っていた。
真逆の二人から同じ意見が聞けるとは、不思議な事もあるものだ。
いや、シーレイさんとて頭に血が上らなければ基本的には優しい人だ。
なにより二人には〔僕を甘やかしてくれる〕という最大の共通点がある。
二人とも貴重で素晴らしい資質を持っているので、似てると言えば似てると言えるだろう。
――おっと、そんな考察をしている場合ではない。
ますますセレンからの魔力放出量が増えている。……セレンは、僕と兄妹らしくないと言われるのが嫌いなのだ。
「嫌だなぁ、レオーゼさん。どう見たって兄妹以外の何者でも無いじゃないですか。軍国ではおしどり兄妹として有名だったんですよ?」
直接言われた事は無いが、僕たちなら影で言われている事は間違いないはずだ。
レオーゼさんには言葉で主張するだけでなく、セレンの頭を撫でながら兄妹仲の良さをアピールしつつ――さりげなく僕はセレンの魔力を抑え込む。
自分の魔力を抑えられている事に気付いているのだろう、照れ屋なセレンには珍しくも僕の成すがままだ。
実のところセレンは頭を撫でられるのが好きな子なので、感情の落ち着きに伴って溢れていた魔力も段々と沈静化してきたようだ。
セレンがご機嫌斜めになっていたのはレオーゼさんにも伝わっていたらしく、彼女は軽く咳払いをしてからセレンに謝罪してくれる。
「ごめんなさい。あまりにも質が違ったから、つい……」
レオーゼさんの話では、僕の加護が見えにくかったのとは対象的に――セレンは〔見え過ぎた〕そうだ。
これまで見てきた加護の中でも比類する物が無いほど、セレンの加護は色濃く見えたとのことである。
……仲間たちはピンと来ていないようだが、僕には合点がいく説明だ。
おそらくレオーゼさんは、僕が視ているモノと近いモノが視えている。
僕の眼から視ても、セレンの存在は異質なのだ。
彼女がセレンを見る目に〔恐れ〕の感情が混じっているのも無理はない。
僕はセレンが優しい子だと知っているので問題無いが、セレンを知らない人間が同じモノを視たら恐怖を覚えることも理解出来るのだ。
そこにあるのは圧倒的なまでの禍々しい魔力――そう、まさに圧倒的な魔力だ。
神持ち基準で考えても膨大であるフェニィよりも、さらに桁違いの魔力量だ。
目の前に強力な武器を持っている人間がいれば、その人間に害意が無くとも不安に感じてしまうということだろう。
しかし……刻神か。
新種の加護だとは思うが、改めて考えてみても規格外の加護だ。
あの悪魔が僕ら兄妹を『イレギュラー』と呼んでいたのは、この辺りに理由があるのだろうか?
……仇敵を想起すると気持ちが昂ってしまうのだが、もはや焦る必要もない。
民国への襲撃者――砕神のマジードからの情報を参考にするならば、あの悪魔とは研究所で鉢合わせになる可能性が高い。
直接対峙した時にでも、僕たち兄妹をつけ狙う理由を聞き出してやればいい。
明日も夜に投稿予定。
次回、六八話〔変わらない糾弾〕