六六話 晒された加護
それにしても魔大陸の神持ちに出会えるとは思わなかった。
文献で知識としては知っていたが、実際に目の前にいるとなると感無量だ。
珍獣扱いするわけではないが、憧れのスターに街でばったり遭遇したような喜びが抑えきれないのだ。
だがしかし……レオーゼさんの自虐的な態度から判断する限りは、彼女は自分の眼について良い感情を持っていないようだ。
魔大陸の神持ちは人間離れした外見の影響で、〔畏敬〕や〔迫害〕の対象となるらしいが、レオーゼさんの雰囲気からすると後者の扱いを受けてきたのだろう。
この大陸に移住しているという事実からも、この推測は当たっているはずだ。
おそらく僕たちに〔眼〕を見せる時にも勇気を振り絞ったに違いない。
ならば、僕の取るべき選択肢は一つだ。
「ずっと魔大陸出身の方に会ってみたいと思っていたんですよ。レオーゼさんにお会いできて本当に嬉しいです。その眼もチャーミングで素敵だと思いますよ!」
そう、全肯定してあげるのだ!
もちろん僕はお世辞など言っていない。
実際にレオーゼさんの眼は透き通っていて綺麗な瞳をしているのだ。
眼にはその人の性格が出ると言われているが、レオーゼさんの優しい人柄が表出しているかのような眼だと言えるだろう。
だいたい、眼が一つ二つ多いくらいで差別するなどとはナンセンス極まりない。
昔はレットが差別の対象になっていた事もあるので、僕は差別には敏感なのだ。
……そう考えると、差別主義者であるケアリィが差別対象であったレットに夢中になっているというのも皮肉な話ではある。
「アイス君は優しいね……。あなたが本気で言ってくれているのは分かるよ」
そう言いながら、レオーゼさんは僕の髪を梳かすようにゆっくり撫でてくれた。
人の魂に触れる術と呼ばれる〔調術〕の使い手だからだろうか、彼女は人心の機微に敏感な人のようだ。……嬉しいことに僕の言葉に疑心を持っていない。
しかし褒められて撫でられるのは心地良いのだが、仲間たちが殺気を放ち始めているので本題に戻るべきだろう。
悲しいことに、仲間たちは僕が甘やかされることを許さない性質がある。
――僕は褒められて伸びるタイプなのに……!
「そ、それより、眼を露出することで何か変わったりするのですか?」
「うん。この眼で視ると、もっとよく視えるようになるんだけど……アイス君はどろどろしてて視えないね」
どろどろ……!
いや、レオーゼさんに悪意がないのは分かっているのだが、もっとこう『後光がさしてて視えないね』とか、温かい表現にしてほしかった……。
「大丈夫。直接調術を行使すれば視えると思うよ。……いいかな?」
確認を取ってくるレオーゼさんだったが、もう僕の頭に手を置いているので断られない事を確信しているのだろう。
その信頼が嬉しかったので、僕は苦手なはずの調術をすんなりと受け入れた。
――――。
「…………アイス君は、何者なの?」
調術を終えた彼女が口にしたのは、最初に家を訪れた時と同じ質問だった。
……仲良くなったと思っていたのに、関係が後退しているようではないか。
僕が密かに落ち込んでいると、我慢できないようにルピィが質問を投げ掛ける。
「なになに? なにが視えたの? 勿体ぶらないで教えてよ~。ほら、お金もあげちゃうよ」
くそぉ、ルピィめ……。
僕たちに芽生えた友情をぶち壊しにするような〔現金〕を出してくるとは。
これは無粋などと言うものではない。
非常識であり、レオーゼさんに対して失礼極まる対応だ。
なにより許せないのが、ルピィの持っている財布――あれは僕のだ!
慌てて懐を探ってみれば、知らない間に僕の財布が消えているのである……!
ずっと一緒に旅をしていると所持金を共有化しているような側面はあるのだが、それにしたって親しき仲にも礼儀は必要だ。
無断で拝借した挙句、新しい友人の眼前にお金をぶら下げるような真似をするとは言語同断である。
「お金は要らないわ。それに勿体ぶっているわけじゃなくて……どう判断すれば良いか分からないの」
レオーゼさんは困ったような顔をして説明してくれた。
調術を行使すると、術者には様々な情報が頭に入り込んでくるらしい。
対象の抱える病気から悩みに至るまで、あらゆる内容がだ。
……なぜか、直接行使する際には第三の眼で見る必要があるらしいのだが。
もちろん、調術で得られる情報の中には加護の情報も含まれている。
これこれこういった特徴があるから対象はこの加護を持っているなどという判別ではなく、唐突に言葉が浮かぶとのことだ。
レオーゼさんが戸惑っていたのは、僕のそれを加護と呼んでいいものか判断つきかねたからのようだ。
実際、レオーゼさんが口にした言葉は〔加護〕と呼べる内容ではなかった。
「――――神殺し」
彼女はそう言った。
僕は混乱した。加護を調べる度に異なる結果が出ていたので、今回もまた違う結果が出る事は覚悟していた。
しかし……神殺し?
〔神殺しの加護〕という事だろうか…?
レオーゼさんが困惑するのも無理からぬ事だ。
新種の加護どころか、加護と呼んでいいものなのかも分からない。
そして何より――何に特化した加護だというのか?
炎神であれば炎術に適性があるように、これを加護と仮定するならば〔何か〕に特化しているはずなのだ。
神殺しという名称からすると、まるで〔神持ちを殺すこと〕に特化したような加護のようにも思えてしまう。
……そしてその想像は僕の心を重くしていた。
周囲にいる家族や仲間。
僕の親しい人たちは神持ちばかりだ。
僕が〔神持ちを殺す為に生まれた存在〕だとしたら、このまま僕は皆の近くにいても良いのだろうか?
将来、仲間へ危害を及ぼすような存在にならないと保証出来るのか?
いや、それでなくとも……僕から仲間たちが距離を置きたいと考えても不思議ではない。
だが――そんな悩みは明るい声に一掃された。
「ほらぁー! やっぱりアイス君は神持ちじゃん!!」
その声がいつもより優しく感じられるのは、僕の気のせいでは無いだろう。
ルピィは僕の悩みを看破した上で、殊更いつも通りに振る舞っているのだ。
ルピィばかりではない。
セレンも満足そうな顔をして「にぃさまなら当然ですね」などと変わらぬ過大評価を僕に送ってくれている。
他の仲間たちも一様に『ああ、やっぱり』という反応を見せているのである。
……少し引っ掛かるものはあるが、避けられていないのは喜ばしいことだ。
「ほらアイス君。『僕は卑怯にも皆を騙していました。なんでもしますから許してください』って言ってごらん? ――はい、復唱!」
しかし、ちょっとルピィは調子に乗りすぎでは無いだろうか?
なにが『復唱!』だ。
しかも謝罪例を〔僕の声〕で喋っているのがまた腹立たしい……!
どさくさに紛れて過大な要求をしようとしているのも聞き捨てならない。
これはしっかりと言っておくべきだろう。
「待ってよルピィ、よく考えてみて。僕は教会で〔治癒の加護持ち〕だと教えられていたからこそ、治癒持ちだと自称していたんだよ? つまり、僕こそが騙されていた被害者なんだ」
僕の正当な反論に「またアイス君が被害者ヅラしてる!」などとルピィが騒ぎ立てている。
……そしてその様子を、レオーゼさんがどこか羨ましそうな眼で見ていた。
もしかしたら、レオーゼさんには気を許せる友人がいないのではないだろうか?
なんとなくだがそんな気がする。
だからこそ、僕の加護を知っても離れていかない仲間の姿に憧憬の眼差しを送っているのだろう。
明日も夜に投稿予定。
次回、六七話〔異質な存在〕