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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
第五部 露呈する加護
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六五話 調神の真価

「あなたたちは、何者なの……?」


 お姉さんのこの反応を見る限りでは、僕の指名手配説は否定できそうだ。

 よくよく観察すると、怯えよりは戸惑いの感情の方が強いように見受けられる。

 少なくとも、自宅にミンチ犯がやってきたような反応ではない。


 しかし、これはいけない。

 お姉さんの言葉ももっともだ。

 僕としたことが、初対面にも関わらず自己紹介を怠っていたのだ。


「申し遅れましたね、僕の名はアイス=クーデルン。誰よりも平和をこよなく愛する人間です」


 いつものように笑顔で挨拶をしてみると、お姉さんから「あのクーデルン……?」という呟きが返ってきた。

 なぜだろう……さらに警戒されてしまったような気がする。


 この反応からすると、お姉さんは他大陸から移り住んで間もないらしいのに、僕たちに関する情報を知っているのかもしれない。

 お姉さんの『あのクーデルン』という言葉の響きからは好意的なものを感じないので、間違いなく僕に関する悪評を頭に浮かべているのだろう……。


 そしてそれぞれが自己紹介をしていく中で、衝撃の事実も発覚してしまった。


「あなたがレット=ガータス……聞いた事があるわ。平和の伝道師と呼ばれている人ね」


 違うっ、それは僕のキャッチフレーズだ……!

 そう、ことあるごとにアピールしていた〔通り名〕が盗まれていたのだ!

 曲がった事が嫌いそうな顔をしておきながら、こいつはとんでもない通り名泥棒だぞ――『その通り名、いただきでぃ!』


 レットのやつは「そんな通り名いらねぇよ」などと言っているが、これは聞き捨てならない発言だ。

 この男は持たざる者の心情を軽視している。

 人心を無視した許されざる言葉だと言えるだろう。


 僕には悪評が多いので払拭しようと日夜奮闘しているというのに、何もせずとも高評価を得られているレットは理解していない。

 フェニィがルピィの前で――『こんなに胸いらない』と言うようなものだ!


 ……いや、いかんいかん。

 冷静さを欠いてはいけない。

 レットへの報復はまた後日として、まだ調神のお姉さん――レオーゼさんと話をしている最中なのだ。


「本日こうして伺ったのは他でもありません。レオーゼさんに僕の加護を調べていただきたいと思いまして。もちろん、謝礼はお支払いします」


 正直、僕自身はどうでもいい事だと思っているが、ここまで来てしまった以上は腹をくくるしかないのだ。

 しかし、そんな僕の言葉にレオーゼさんは困った顔をしている。


「ごめんなさい。あなただけは、視ただけでは加護が分からないの。……こんなこと、今まで一度も無かったのに」


 普段であれば、視界に入れるだけで脳裏に加護名が浮かんでくるとのことだ。

 しかし、僕を視ると〔何かがあるのは分かるけど、それが何かは分からない〕という感覚に襲われるらしい。

 聞いている僕の方も何が何だか分からない感覚になってしまうが、そもそも固有の加護の感覚を第三者に説明するのは難しいのだ。


 嘘を見抜くレットも『なんとなく分かる』などと言って、説明には困っていた。

 なんとなくで〔嘘吐き〕呼ばわりされる僕の気持ちを考えたことがあるのか! と言いたくもなるが、レットを責めても仕方がない事なのだ。


 分からないなら別に良いかな……と僕は辞去することを思案していたが、隙を見逃さないルピィがレオーゼさんに食らいついた。


「ねぇ、『視ただけでは』ってコトは、()()()調術を行使すれば分かるんじゃないの?」


 なるほど、言われてみればそうだ。

 魔術系の神持ちは遠近両方に対応した術を使えることが多いが、視認しただけで加護を判別するというものは〔遠距離〕に対応する魔術ということなのだろう。

 ……だが、レオーゼさんは顔を曇らせている。


「ごめんなさい……それは、やりたくないの」


 ひどく辛そうなレオーゼさんの声に――僕の胸は締めつけられた。

 無理を言っているのはこちらであり、レオーゼさんは何も悪くないのだ。

 何も非が無いレオーゼさんが『ごめんなさい』と謝罪を告げているという状況に、罪悪感で胸が苦しくなり……思わず泣きそうな気持ちになってしまった。


「い、いえ、いいんです。こちらこそ、すみませんでした……ごめんなさい、すぐに帰ります」

「――違うの! あなたは悪くない、これは私の問題なの……だから泣かないで、ほら」


 泣きそうな気持ちになるどころか、僕は泣いてしまっていたらしい……。

 言い訳をするならば……悲壮感のあるレオーゼさんに辛そうな顔をされてしまうと、僕の方も辛くて堪らない気持ちになってしまうのだ。

 被害者であるはずのレオーゼさんに涙を拭われ、優しく慰められるという羞恥に堪えていると、レオーゼさんは心を決めたような声で告げた。


「……いいわ、視てあげる。私もアイス君に興味があるの。……その代わり、引かないでね」


 そう告げたレオーゼさんは、なぜか寂しそうな笑顔を浮かべている。

 無理をさせるのは嫌だったので断ろうと思ったのだが――レオーゼさんは軽く僕の頭を撫でることで、僕の言葉を封じ込めた。

 ……すっかり僕は甘やかされてしまっている。


 結果的に〔泣き落とし〕のような恰好になってしまっているし、なにやら居心地が悪いような思いがある。

 僕の居心地の悪さの最たるところは――そう、仲間の冷え切った視線だ!


 これが針のむしろに座っているような状態というやつだろう……。

 軽々しく涙を見せたのは仲間として恥ずべきことだったかもしれないが、それほど冷淡な眼で見られるほどの事だろうか。


 しかし、僕の加護を調べると言ったレオーゼさんが〔額の包帯〕を外そうとしているのは何故だろう……?

 それに『引かないでね』とはどういう意味なのか。


 自慢ではないが、僕は非常識な仲間たちによって耐性をつけられているので、よっぽどの事でもなければ引くような事はない。

 最近では、フェニィが腕をもいだ時に引いたぐらいだ。

 ……うん、あれは引いた。ドン引きである。


 しかしレオーゼさんは何をするつもりなのだろう? と疑問に思っていた僕だったが、包帯を外したその姿を見て納得がいった。

 レオーゼさんは怪我で包帯をしていたわけでは無かった。

 その包帯の下には――〔眼〕があった。

 定位置にある両目だけではなく、レオーゼさんは額にも〔眼〕があったのだ。


「気味が悪いでしょ? でもこの眼で見ればよく……」

「――すごい! レオーゼさんは〔魔大陸〕の出身だったんですね!」


 僕は興奮の余りレオーゼさんの言葉を遮ってしまった。

 レオーゼさんは別の大陸から来たとは聞いていたが、まさか魔大陸の出身だとは思わなかったのだ。


 ――魔大陸。

 僕らが住む大陸からだと数カ月の船旅を要する位置にある大陸だ。

 距離が離れていることもあって、大陸間の交易の頻度は多くない。


 だが、別の大陸ということで慣習が異なる面はあるが、基本的に住む人々は僕たちと変わらない。

 同じ姿をしているし同じ言葉を喋るので、言われなければ気付かないくらいだ。

 実際、大陸間の移住者も少数ながら存在しているとは耳にしていた。

 しかし、住む人々は基本的には変わらないが、中には例外となる人も存在する。


 そう、神持ちだ。

 理由は定かではないが、魔大陸の神持ちは〔異形〕であると言われている。

 人より極端に耳が長かったり、尻尾が生えていたりと、明らかに常人とは異なる外見をしているらしい。


 そもそも、加護というもの自体に謎が多い。

 異形の個体と聞いて思い浮かべるのは、加護を持った獣――魔獣だ。

 魔獣は例外なく原種とは異なる形をしているが、人間に限っては加護持ちであっても外見は変わらない。

 もちろんそれは魔大陸でも同じなのだが、考えてみれば不思議な事ではある。


 そしてこちらと魔大陸では、魔獣も含めた通常の加護持ちには差異は無いものの、〔神持ちの特徴〕だけが大きく異なっている。

 人間の神持ちが異形であるだけではなく、獣の神持ち――神獣もまた違う。


 この大陸の神獣は巨体であることがほとんどだが、魔大陸ではそんな事はない。

 魔大陸の神獣は、原種と同様のサイズであることが普通らしい。

 あちらの神獣は魔獣と同じく外見が異形であるだけなので、見た目では魔獣か神獣かの判別ができないらしいのだ。


 初めて魔大陸の神獣について知った時には、むしろ僕は納得した。

 考えてみると神持ちの全てが巨体なら、人間も巨体にならないと不自然なのだ。

 この大陸で生まれ育っていると違和感を覚えないのだが、魔大陸の神獣の方が自然な在り方だと言えるだろう。


明日も夜に投稿予定。

次回、六六話〔晒された加護〕

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