六四話 電撃訪問
旅を急がなくてはいけないと思いつつも、僕らはこの街で宿を取ることにした。
旅の事情を考慮すればすぐにでも調神に会うべきとも言えるが、旅の汗を流さずに会いに行くのは非礼であると考えたのと……仲間たちを急かしてストレスを溜めさせてしまうことで、結果的に余計悪い事態が起きる可能性を危惧したのだ。
これまでの経験則を参考にすれば充分に考えられることなので、僕の方から街での一泊を提案したわけだ。
「――ふ~ん、ココが調神の家かぁ……。思ってたより普通の家だね」
ルピィが率直な感想を漏らしているが、その意見には僕も同感だ。
空神のジェイさんが大邸宅に住んでいたので、調神も広大な屋敷に住んでいるようなイメージを勝手に抱いていたのだ。
実際、神持ちがその気になれば贅沢な生活を送ることも難しくはないだろうが、街の話を聞く限りでは、調神は慎ましい生活を送っているらしい。
月に数回ほど街の教会に出向いて〔調術〕で収入を得ているようなのだが、調神が派手に遊び回っているといった話はどこからも出てきていない。
――調神ともなれば、時々教会に顔を見せるだけでも大歓迎されていることは間違いないだろう。
調の加護持ちですら珍しいのに、その上位互換の〔調神〕だ。
調神が定期的にやってくる日には長蛇の列となるというのも納得である。
なにしろ、視認するだけで加護を判別出来るようなことは当然として、対象が抱えている病気やアレルギーなどあらゆる問題を看破してしまうらしいのだ。
ちなみに――現在の僕らは調神の家を訪れているわけだが、調神は自宅でも仕事をしているというわけではない。
それどころか、居宅住所はプライバシー保護の観点から非公開となっている。
それも当然といえば当然である。
神持ちだからといって自宅を周囲に知らしめる義務など無いのだ。
調神への面会を望むならば、本来なら教会への出勤日を待たなくてはならない。
……そう、本来は。
しかし、常識の埒外で生きている仲間たちが正規の手続きを踏むわけがない。
それでもなくとも〔待つ〕という行為が嫌いな仲間たちなので――自宅を調べ上げて電撃訪問してしまうのも当然の成り行きなのだ……!
僕としては非常識とも言える行動に抵抗感はあったが、普段の行状を鑑みればマシな方ではあるので素直に従っている。
同じく常識人であるレットも、今回の自宅訪問には強く反対していない。
僕にはレットの気持ちがよく分かる。
そう、下手に反対して先日のように実力行使を受けては元も子もないのだ!
これくらいの軽犯罪は許容しておき、重大な犯罪を見逃さないように努めた方が建設的だと言えるのである。……僕とレットの思想が軽犯罪を容認するものになりつつあるのが心配だが。
この我儘と妥協の産物である自宅訪問は、ルピィの呼び掛けから始まった。
「頼もぉ〜、頼もぉ~〜! 家の中に居ることは分かってるから大人しく出てきなさ〜い!」
ルピィが道場破りと借金取りを併せたような声で呼び掛けた。
……初っ端から礼節さが欠片も感じられない。
これがアポ無しで物を頼みにきた人間の態度だろうか……?
早くもルピィを取り押さえることを検討していた僕だったが……その行動を起こす前には扉が開いていた。
「…………どちら様ですか? ――あ、あなたたちは……!」
家から顔を出したのは、どこかオドオドとした様子の妙齢の女性だ。
二十代半ばくらいで、怯えた頼りなげな雰囲気を醸し出している。
怪我をしているのか額に包帯を巻いているが、その美貌を損なうようなものではない。
――そう、美貌。
調神は妖艶とした上品な容姿をしている。
教会への出勤日には行列になるという話だが、この美貌も影響していそうだ。
もう少し年配の人かと思っていたが、妙齢の美人さんの一人暮らしに押しかけてしまったとなると、余計に悪いことをしているような気持ちになる……実際のところ問題行動そのものなのだが。
そして僕らを見て驚いているように見受けられるのは、おそらく視認しただけで僕たちが〔神持ち集団〕である事を見抜いたからだろう。
他人が自宅に押しかけてきたので驚いている可能性も大いにあるが、それだけにしては驚き過ぎだと思うのだ。
しかしこれは意外だ。
神持ちは自信過剰な人ばかりなので、この人のような大人しいタイプは珍しい。
……教国のロージィちゃんは少し控え目な性格だったが、あの子はあの子で普通とは言い難かった。
そう考えてみれば、一見怯えているようなこの態度にも油断はできな…………いやいや、僕は何を考えているんだ!
どうも最近は人間不信が悪化している気がしてならない。
気を許せるはずの仲間たちに、最近は酷い目に遭ってばかりいるからだ。
とにかく、急に無礼な態度で訪問してしまったのだから、まずは警戒を解く為にも謝罪すべきだろう。
「初めましてお姉さん、突然の無作法な訪問をお許しください。信じ難いことでしょうが、これでも彼女にしては礼儀正しい方なんですよ」
道場破りよりもタチが悪いルピィの蛮行を謝罪しつつも、ルピィにしては礼節を守っていたことも強調しておく。
ルピィならば扉を蹴破って『動くな! 両手を頭の上に置きなさい!』などと特殊部隊ばりの行動を取っても不思議ではなかったのだ。
だが、意外にも調神の怯えの視線は――僕とセレンに向いていた。
……僕の頬がルピィに引っ張られているからではないと思う。
僕のルピィへのフォローは〔逆恨み攻撃〕という形で返ってきているわけだが、調神のその視線は奇異なモノを見る目ではない。
そこにあるのは、得体の知れないモノに対する恐怖だ。
はて、なぜ初対面のお姉さんにこんな視線を向けられてしまうのだろう?
――ま、まさか、知らぬ間に僕が指名手配されていたりするのでは……。
お姉さんが怯えているのは『この顔は手配書で見た顔だわ。たしか罪状は……ミンチ犯!』という事なのか……!
冤罪、それはひどい冤罪ですよお姉さん!
明日も夜に投稿予定。
次回、六五話〔調神の真価〕