六三話 加算される悪評
今夜のセレン攻略戦についての詳細を脳内で練っていると、床で意識を失っていた大男が身じろいだ。
うむ、覚醒したようなので早速謝罪させてもらうとしよう。
「うぅ……俺は、一体……?」
「僕の仲間が乱暴してしまって申し訳ありません。さぁ、どうぞ僕の手に掴まってください」
僕は大男を引き起こすのと同時に――「お詫びの印です」と金貨を握らせる!
これは金で犯罪を揉み消そうとしているのではなく、正当な迷惑料なのだ。
僕の仲間が不始末を犯した以上、僕には支払う義務があり大男には受け取る権利があるというわけだ……!
「お、おい、こんなに良いのか?」
「ええ、もちろん構いませんよ。ついでと言ってはなんですが……この店の料理は大変美味しかったので、料理人の方にいくつか質問させてもらえると嬉しいです」
ここの料理には僕の料理人魂が刺激されていたので、ことのついでに唐揚げのタレあたりのレシピを聞き出そうというわけである。
アイファなどは得意の〔甘口採点〕を披露する余裕も無いほどに一心不乱に食べているのだ。
……専属料理人の僕としては嫉妬心を抑えきれない!
「おっ、そうか! へへっ、ありがとよ。この店は俺一人でやってる店なんだよ」
なんと……用心棒にしか見えないガタイの人間が、こんな素晴らしい料理の作り手でもあったのか……!
ん? ということは、店主が倒れていたのにも関わらず、この店の客たちは見て見ぬフリをして食事を続けていたのか。
なんて薄情な人たちなんだろう。
前払い制なので食い逃げはいないはずだが、ちょっと冷たいのではないか?
もちろん、僕が言えた立場ではないことは重々承知しているのだが……。
いや……よく考えてみれば、屈強そうな大男が気絶させられていて、頑健そうなレットも同じく気絶させられている。
さらに意識のない僕が椅子に縛りつけられているとくれば、どう考えても関わってはいけない危ない集団だ。
客たちが店主救出に動かなかったとはいえ、それを責めるのは酷かもしれない。
――復活した店主さんと雑談がてらレシピ交換を行ったが、もちろんそれで全て良しとするわけにはいかない。
そう、マカに謝罪させる事をおろそかにしてはいけない。
一応マカは手加減をしたようだが、店主さんは悪党面をしているだけで何の非もない善人なのだ。
マカの教育の為にも、悪い事をしてしまったら反省させなくてはならない。
今後セレンに〔マカ殺処分の口実〕を与えない為にもだ……!
そんなわけで僕に両脇を掴まれたマカは、手足をだらんとさせたまま不貞腐れたように「にゃ」と謝った。……多分、謝ったのだ。
マカは不満を口にしていただけのような気もするが、懐の広い店主さんが笑って許してくれたので万事解決としよう……。
不当な理由で電気ショックを受ける羽目になったのだから、何を言われても言い返せないところだったが、店主さんの頭のように丸く収まったのは幸いである。
これはやはり、店主さんに握らせた金貨の力のおかげだろう……!
――――。
これにて一件落着ということで、ご機嫌の店主さんからデザートを振る舞ってもらい、僕たちもご機嫌で食べていると――ルピィが今後の方針について宣言する。
「それじゃあ、さっき話した通りってコトで良いよね? ――うん、これを食べたら〔調神〕のところに行こう!」
調神……?
突然謎ワードが飛び出してきたわけだが、おそらくは僕が気絶している間に話題に上ったのだろう。
レットも不思議そうな顔をしているので僕と同じく初耳のようだ。
しかし、帝王への仲介を頼む為に、どこかの領主を訪ねるのではなかったのか?
聞くは一時の恥というわけでもないが、ここは素直に聞いてみるべきだろう。
「ルピィ、調神とは何のことかな? 領主のところに行くとばかり思っていたんだけど」
「えぇっ! 皆が真剣に話し合ってた内容を聞いてないの!? アイス君さぁ、リーダーとしての自覚が足りないんじゃないの?」
ルピィは白々しく驚きの声を上げて――あろうことか僕を糾弾してきた!
おのれ、自分で気絶させておいて何たる言い草だ……!
リーダーを失神させてロープで拘束するような真似をするルピィの方こそ、仲間としての自覚が足りないというものだ。
「……いやぁごめんごめん、つい寝ちゃってたみたいだね。無知な僕に全知のルピィが教えてくれないかな?」
もちろんネガティブな感情を表に出すような愚行はしない。
ここは卑屈に耐えて復讐の機会を待つのだ……!
「なんか腹にイチモツありそうな顔してるなぁ……まっ、いいや。優しくて全知全能なこのボクが丁寧に教えてあげようじゃないの!」
僕の思惑を看破されそうになってしまったが、分かりやすい誉め言葉が効いたのかルピィは偉そうな態度で快諾してくれた。
優しいだとか全能だとかは一言も言っていないのだが、ルピィが勝手にポジティブ解釈するのはいつもの事なので気にしない。
――――。
「――なるほど。神持ちが移住するなんて珍しい話だね」
ルピィの情報網によると……つい最近、別の大陸からこの街に神持ちが移り住んできたとのことだ。
どこにいても優遇されるはずの神持ちが移住するというだけでも珍しいのに、別の大陸から移住ともなると聞いたことが無い。
それも――調神。
〔調の加護持ち〕自体が希少な存在にも関わらず、その神付きが存在したとは知らなかった。
というより、この大陸で調神は前例が無いのではないだろうか……?
調持ちの上位互換ということで、もしかしたら目視するだけで加護が分かったりするのかもしれない。……僕もそれに近いことが出来るが、初見の加護は明確には分からないのだ。
別の大陸からの移住者と聞くと興味はあるのだが、しかし興味本位だけで会いに行くのは如何なものか。
それに、僕たちには果たすべき目的がある。
時間制限に追われている現状、これ以上寄り道をするわけにはいかないだろう。
「でもルピィ、わざわざ調神に会う意味なんか無いよ。僕の加護なんかどうでも良い事じゃないか」
ルピィは性懲りもなく、調神に僕の加護を調べてもらうつもりでいるのだ。
以前に教会で調べてもらった際には〔治癒の加護〕が〔武の加護〕に変わっていたりもしたのだが、僕からすれば大した問題ではない。
加護がなんだろうと僕に変化があるわけでもないのだ。
おそらくルピィたちからすれば、神持ちでもない相手に模擬戦で負けているという事実を否定したいが為に、こんな不必要な寄り道を提案しているのだろう。
「これはこれは、会議が終わった後に難癖をつけようだなんてアイス君らしくもないねぇ〜」
知らぬ間に始まって知らぬ間に終わっていた会議だったが、僕は会議に参加したことになっているようだ。
会議のテーブルについていたことは否定できないが、僕は気を失って着席させられていただけである。
……わざわざ椅子に縛られていたのは既成事実を作る為だったらしい。
横暴なルピィは興が乗ってきたように僕への口撃を続ける。
「だいたい加護がコロコロ変化するなんてことが許されると思ってるの? どっちつかずだなんて……アイス=クーデルンの浮気者!」
くぬっ……ルピィめ、またワケの分からない事を……!
しかも無意味に僕の名前を出して、無意味に店内へ響き渡る大声で責め立てているので――またまた僕の評判が悪くなってしまうではないか!
これは由々しき事態だ。
先の一件もあるので、この街での僕の評判が〔奴隷商人で浮気者〕という、とんでもない人物像になってしまう恐れがある。
さらに悪い事に、店内の話し声へ耳を傾けてみると『あれがミンチ王子……』などと恐ろしい声も聞こえてくる。
ここでも〔ミンチ王女ジーレ〕の悪評を僕に押し付けられているのは明らかだ。
というか、これらの悪い噂を統合すると――『僕は王子。今日はどの奴隷をミンチにしようかな〜、迷っちゃうなぁ』なんて事になってしまうではないか……!
しかし、ルピィの思惑通りになるのは癪だが……ここは要求を飲むしか無い。
旅の時間的余裕は少ないのだが、僕がゴネても状況がひっくり返るとは思えないのだ……。
明日も夜に投稿予定。
次回、六四話〔電撃訪問〕