六二話 仕組まれた殺害計画
僕が意識を取り戻した時には酒場の一角にいた。
それもなぜか、椅子に座らせられてロープで拘束されている状態だ。
一体、僕の身に何が起きたのだろうか……?
しかも全身に暴行を受けたような感覚がある。
……身体の節々に痛みが走るのだ。
あからさまに犯罪臭が漂っている僕の姿にも関わらず、酒場にいる人たちが気にした素振りを見せないことも不思議だ。
というより、不自然なほどに僕らへ視線を送らないようにしている気がする。
僕の足元で〔スキンヘッドの大男が倒れている事〕と関連があるのだろうか?
なぜかレットまでもが気絶した状態で座っているので謎は深まるばかりだ。
他の皆は平常通りだが、この状況を鑑みれば却って不自然な印象を受ける。
マカもごく当たり前のようにテーブルの上で食事をしているのだ。
「あ、目が覚めたみたいだね。身体は大丈夫? ――いやぁ、ボクらも縛り上げるような真似はしたくないんだけどねぇ。放っておくとまたアイス君が悪さをしちゃうからね……ああ胸が痛いなぁ」
わざとらしくも無い胸を抑えているルピィ。
そしてルピィは胸が痛いなどと言っているが――僕は全身打撲で身体中が痛い!
そもそも、僕は目的の為に情報収集をしようとしていただけであって、疚しい気持ちなどは全く無かったのだ。
ルピィ曰く――僕らは男女混成パーティーなのだから、軽薄な振る舞いは仲間の女性に不快感を与えるから止めなさい、ということらしい。
だが、仲間以外とは会話すら許されないとは行き過ぎた思想だろう。
身内以外は全て敵、などという排他的な考えでは、これから先に訪れる〔グローバル社会〕を生き抜くことなど出来ないのだ……!
「――いやぁ、申し訳ない。僕としたことが新しい環境に舞い上がっていたようです。反省しているので、もうこのロープを外していただけませんか?」
もちろん僕は内心の不満を口に出したりはしない……!
厳重に縛られたロープを外してもらわないことには、皆と一緒に食事をすることも叶わないのである。
意識のない僕に暴行を加えることまでやっているようなので、さすがにもう溜飲を下げているのではないだろうか?
「だいたい両腕を拘束されたら食事すらできないじゃないか。――あっ、フェニィ。その唐揚げを一つ貰えないかな?」
話の途中だが気になったので、フェニィに「あーん」と食べさせてもらう。
このカリカリした食感……これは、卵白と片栗粉を使って揚げているのか。
ありふれた大衆酒場のように見えるが、酒場の店主は中々の料理上手とみた。
「うん、美味しい。――セレン、そこのポテトフライも貰えるかな?」
セレンは「仕方ないですね」などと不承不承な声を出しながらも、どこか機嫌が良さそうな雰囲気で食べさせてくれる。
普段は僕をお世話する機会などないので、セレンは新鮮な気持ちを感じているのかもしれない。……強制的にお世話が必要な状態を強いられているわけだが。
「アイス君の順応性の高さは何なの……。まったく、仕方ないなぁ」
ぶつくさ文句を言いながら、ルピィは諦めたような顔で僕の拘束を解く。
ふむ……ルピィは苛々しているようだが、これはお腹が空いているせいだろう。
その証拠に「あーん」とルピィに唐揚げを提供してみると、戸惑いながらも口を開けて受け入れたのだ。
「こ、これくらいでボクを懐柔出来たとは思わないでよね!」
強気な発言とは裏腹に、明らかに嬉しそうな様子のルピィだ。
ふふ、やはり美味しい料理は人を幸せにするという事だろう。
アイファなどは僕が目覚めたことに気付きもしないで食事をしているのだ。
僕の意識喪失に加担した一人であることを考えると、被害者をまったく意に介していないアイファには複雑な心境もあるのだが。
いや、ルピィが気道を絞めて長く苦しめようとしていたところを、アイファが頸動脈を絞めることでひと思いに楽にしてくれたので、情状酌量の余地はある。
……さすがに『首を絞めてくれてありがとう』とお礼を言う気にはならないが。
しかし……ルピィはともかく、アイファは過剰過ぎる反応だった気もする。
若い女性に声を掛けただけで首を絞められるとは尋常ではない。
指輪をプレゼントしてからアイファはご機嫌が続いていただけに不思議だ。
とりあえず、なぜか気絶しているレットを起こしてあげるとしよう。
「レット、大丈夫? 一体何があったの?」
一応、レットの気絶について女性陣に聞いてみたのだが、『寝不足なんじゃないかな?』なとど白々しいことを言われてしまっている。
苦悶に歪んだ表情といい、頭部の打撲痕といい――〔外的要因〕であることは間違いないにも関わらずだ……!
そしてレットを気絶させられるような相手は、このメンバーくらいしか考えられないのだ。
仲間たちが誤魔化すのなら、本人に証言してもらうしかない。
「っ……アイス、か。店の人間がマカに触れようとしてたから止めようとしたんだが……そこから先の記憶がないな……」
「えぇっ!? ま、まさか、店の人間ってそこで倒れている人じゃないよね……?」
「…………その人だ」
なんてことだ!?
この悪そうなスキンヘッドの大男は店の人間だったのか!
見た目からして、いつものように女性陣に絡んだ悪漢なのかと思っていた……!
ま、まずい、そうなると早急に治療をしなければならない。
僕は大男の身体を診断する――――よし、まだ生きている。
幸運なことに心臓も止まっていない。
蘇生まで時間が空くと、一命を取り留めても後遺症が残る恐れがあったのだ。
『ソノトオリダゼ』――そう、ロブさんのように!
男には電撃痕があるのでマカの仕業に間違いないが、幸い気絶しているだけだ。
この様子なら、放っておいても自然に目を覚ますことだろう。
僕が大男の無事に安堵していると、不意にセレンが口を開く。
「にぃさま。その畜生は罪なき人間に危害を加えたのです。これは許されざる罪ではありませんか? すぐにでも害獣として処分すべきでしょう」
くっ、そういう事か……!
セレンの発言を聞いた瞬間、僕は全ての事情を把握してしまった。
これは不幸な事故などではない。
巧妙に仕組まれた〔マカ殺害計画〕の一環だったのだ!
そもそも、飲食店で仔猫がテーブルに座って食事をしていれば、文句を言われないはずがない。
マカを連れて外食する際には、いつも僕が店側に根回しを行っていたので問題になっていなかったのだ。
だが、今回は僕が意識を失っていた。
マカがいつも通りに振る舞っていれば、店の人間が注意することは当然だ。
おそらくはこの大男が――僕たち一行にマカをテーブルから下ろすように、或いは僕たちに退店するよう迫ったはずだ。
しかし、僕の仲間たちが素直に人の話を聞くはずがない。
業を煮やした店の大男がマカをつまみ上げようとしたところ、「触るニャ!」と電撃を受けてしまったのだろう。
制止しようとしたレットが気絶させられている事実から考えても、この仮説は的を得ているはずだ。
――そう、これはマカが大男に攻撃することを前提とした計画。
恐ろしいことだが、マカを〔害獣指定〕する為だけに無関係の大男が生贄にされているのだ……!
状況証拠から考えて間違いないと思われるが、しかし物的証拠がない。
結果として残っているのは、マカが咎なき一般人を傷付けたという事実だけだ。
これはまずい……明らかに仕組まれたものとは言え、セレンの主張の正当性を認めざるを得ない。
「いやぁ、やっぱり人に迷惑をかけるのはダメだよね〜」
常に人へ迷惑を掛け続けているルピィが臆面もなく言い放った。
ちなみにルピィ自体はマカへの殺意は低いのだが、僕を困らせたいが為にセレンへと加勢している節がある。
僕への嫌がらせを目的として行動しているので、より悪質な存在と言えるのだ。
せめてもの救いは、僕が気絶している間にマカが処断されなかったことだ。
遺恨を残すことを避ける為――マカが害獣であることを僕に理解させてから片付けようというわけだろう。
しかし当然のことながら、道理は理解出来ても納得など出来るわけもない。
この計画の犠牲となった大男とレットも、自分たちの扱いに納得出来ないことだろう……。
そしてなにより、セレンが口を開いてから〔停止スイッチ〕を押されたかのようにピクリとも動かないマカの為だ。……図太いマカであっても、セレンが本気で殺処分を目論んでいることを察しているのだ。
ここで僕が引くわけにはいかない。
「待ってよセレン。たしかにマカには非があったかもしれない。でも、こうして無事にこの人は助かったんだ。マカを殺すなんてことは行き過ぎてるよ」
「罪には罰を与えなくてはいけません。ましてやこの畜生は無駄飯食いの害獣なのですから、生きてこの場にいるだけで罪です。……しかし、にぃさまがそれほどまで仰るのでしたら、〔一カ月食事を取らせない〕という罰を与えるのは如何でしょうか?」
セレンの言葉は容赦なく厳しかった。
生きているだけで犯罪者扱いされるとは只事ではない。
そして罰についてだが、食事を与えないではなく――〔取らせない〕と口述していることが注目すべき点だろう。
食事を与えないだけなら、自分で獲物を取って飢えを凌ぐことが可能だ。
しかしセレンは〔食事を取らせない〕と言っているのだ。
つまり、それが意味するところは――絶食!
しかも一カ月という長期間だ。そこにあるのは――――圧倒的な殺意!!
なんたることだ……。
妥協しているような口ぶりにも関わらず、結局マカを殺すつもりではないか。
これは決して妥協などではない。……むしろ、飢えで長く苦しむ分だけ待遇は悪化していると言えるだろう。
やれやれ、どうしてこんなに可愛いマカをそれほど嫌うのか。
固まっているマカの身体をほぐすようにモミモミしてあげると「ゃぁぁ……」と気の抜けた鳴き声が返ってきた。
ふふ、マッサージ効果は抜群のようだ。
「おいアイス、止めろ。これ以上セレンちゃんを刺激するな」
調子に乗ってマカを揉みほぐしていると、なぜかレットに制止されてしまった。
はて、セレンを刺激? と可愛い妹を観察してみれば、不愉快という感情を凝縮したような視線をマカに照射しているではないか……!
これはいけない。
魔力が漏れ出していないのが不思議なほどに苛立ちを高めているようだ。
……しかし、ようやく分かったぞ。
セレンがマカを嫌う理由の一つは、手軽さもあってマカばかりが僕にマッサージをされているからなのだ。
考えてみると、レットに対してもセレンは厳しい傾向がある。
レットにもよく按摩をしてあげているので、同じくセレンの気に障っているのだろう。
「――よし、任せてセレン。今夜はセレンにもマッサージをしてあげるよ!」
「……結構です」
もちろんセレンが拒否することは想定内である。
照れ屋で奥ゆかしいセレンなのだから当然の事だ。
だがこの程度のこと、僕にとっては障害にもならない。
さりげなくマッサージ体勢にしてしまえばいいのだ。
『あれ、セレンの肩に糸くずが』『おや、セレンの肩は少し硬いね』などと流れるように移行していけば、もうこっちのものだ。
最終的には『サイコウデース!』と言ってくれること間違いなし……!
――セレンは口ではマッサージを断りながらも、今夜を楽しみにしているのかマカを攻撃する口を閉ざしている。
うむ、やはり僕の推測通りだったようだ。
ルピィからは『軽々しく異性の身体に触れるのはダメ!』などと言われているが、相手がセレンなら怒られることもないだろう。
明日も夜に投稿予定。
次回、六三話〔加算される悪評〕




