六十話 帝王への道
論争に参加していないはずのフェニィたちとも握手を交わしたところで、ようやく僕は本題に入る。
「――さて、それより皆。これから帝都に向かうわけだけど……まさか直接〔帝城〕を訪問してしまえば良いだなんて思ってないよね?」
「なんだ、違うのかよ?」
「おいおいレット、常識を弁えてくれよ。僕らが直接乗り込んだところで帝王に会わせてもらえるわけがないだろ?」
レットの「アイスが常識を語るなよ」という発言は聞き流す。
実際問題、門番を強行突破でもしない限りは帝王に面会することは叶わない。
ナスルさんやら民国の要人やらに紹介状を書いてもらうという手もあったが……帝王との交渉が決裂してしまった場合、紹介者に多大な迷惑をかける事になってしまうのでその手は避けたのだ。
「てっきりアイス君のことだから強引に押し通るつもりかと思ってたよ。ボクが帝城に忍び込んで――帝王の枕元に、手紙とナイフでも置いてあげようか?」
ルピィが僕をどんな人間だと思っているのかは気に掛かるが、手紙を置くのはともかくとしてナイフとはどういうことだ……。
まるで『いつでも殺せましたよ』というメッセージ――まさに脅迫じゃないか!
「やれやれ、ルピィは乱暴だなぁ。すぐに犯罪思考に走るのは良くないクセだよ? 物事には順序ってものがあるんだ」
ルピィの「イジめたくなる顔してるなぁ……」という発言は聞き流す。
この話し合いは皆の意見を聞いているような体ではあるが、僕の意見を伝える為の場なのだ……!
「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ。――そう、いきなり帝王に会うのではなく、近隣の小さな街の領主に面会してから、その領主に帝王への取り次ぎを頼めばいいんだよ!」
帝王への直接の面会は困難極まるが、小さな街の領主ならば僕たちでも接触出来る可能性がある。
もちろん、小さな街の領主程度では、国の最高責任者へのパイプを作るのは実現困難であることだろう。
しかしそれならそれで、その領主より位が上の権力者――大きな街の領主にでも紹介してもらえばいいのだ。
それを繰り返していけばアラ不思議、最後には帝王に辿り着くわけである。
しかも知人の紹介経由で対面するわけなので、帝王に親近感を持ってもらえるという副次効果も見込めてしまうのだ。
上手くいけば旧知の間柄であるような錯覚を与えることも出来るので、初対面の帝王から『久し振りだな!』などと言ってもらえる可能性すらある……!
「うむ、アイスにしては真っ当なやり方ではないか。だが、領主に頼んだところで素直に従ってくれるとは思えんぞ」
アイファにしては真っ当な指摘である。
たしかに、今の僕たちは後ろ盾を持っていない。
小さな街の領主とはいえ、旅人をおいそれと信用してくれるとは思えないということだろう。
「その通り! よく気付いたねアイファ」
珍しくアイファの知性を感じさせる発言だったので、大げさに褒めてしまう。
アイファは「そ、それくらい当然だ」と言っているが、頬を染めて嬉しそうだ。
それに釣られて僕も嬉しい気分になるので〔ウィンウィン〕の関係だ……!
――おっと、いかんいかん。
またしてもアイファを甘やかしてしまった。
気が付けば、周囲からジトっとした冷たい視線が突き刺さっているではないか。
普段から残念な言動が多い子なので、つい無意識に甘い採点をしてしまう。
……うむ、気を付けなくては。
仲間からの糾弾が始まる気配を察したので、すぐに次の話題へと移る。
「そ、それで街の領主に会うわけだけど、誰でも良いという話ではないんだ。評判がいい領主か評判の悪い領主か、どちらかが望ましいね。――もちろんルピィなら理由は分かるよね?」
僕はご機嫌取りがてらルピィへと質問する。
ルピィの得意分野ではあるので、これはサービス問題とも言えることだろう。
「……ふふっ、面白いじゃないの。人の良さそうな領主ならソコにつけこめば良いし、悪党なら弱みを握っていいなりにしてやろうって事だね」
うむ、大筋はたしかに合っている……。
だが、素直に肯定したくない単語が散りばめられているな。
『つけこむ』や『弱みを握る』などとは、正義を標榜する僕たちには相応しくないワードではないか。
しかし、質問には正解しているのだから「どうよ!」という顔をしているルピィを褒めなくてはいけないだろう。
「その通り! さすがはルピィ、いつも話が早くて助かるよ」
僕が素直に褒めてみると、ルピィも素直に明るい笑顔を浮かべてくれた。
にへへ、とルピィの嬉しそうな顔を見ていると、つい僕の顔も緩んでしまう。
だが、ニコニコの僕たちに想定外の質問が飛んでくる――
「お、おいアイス、我々は世直しの旅をしているのではなかったのか?」
はて、アイファは何を言っているのだろう? と束の間考えてしまったが、そういえば旅の目的は〔世直し〕などと適当なことを言ってしまった記憶がある。
なるほど、純真なアイファはまだそれを信じていたので『弱みを握っていいなりにする』といった不穏な言葉が気になったのだろう。
実際の僕たちも〔世の為人の為〕に行動している自覚はあるので、世直しの旅という認識はまったくの間違いでもない。
子供の夢を壊すような真似はできないので、誠実に弁明しておくべきだろう。
「もちろん僕たちは正義の味方だよ。教国でも民国でもそうだっただろ? それに相手が悪人であったとしても、まずは話し合うことから始めるつもりだからね」
過去の実績をアピールすることで言葉に説得力を持たせる。
教国では困窮に喘ぐ人々に資金提供をしたりもしているし、民国では賊に襲われている村を守ったりもしているので、その説得力は高いことだろう。
まずは話し合いからと言いつつも、過去には問答無用で『右腕ゲット!』なんてことをやったりもしているが、アイファなら忘れてくれているはずだ。
……予想に違わずアイファは「うむ、そうかそうか」などと、僕らの監督者のような顔をしながら頷いている。
期待を裏切らないアイファの将来に不安を覚えつつ、雑談をしながら街道を歩いていていると――帝国領での初めての街が見えてきた。
明日も夜に投稿予定。
次回、六一話〔悪夢の共演〕