五五話 決着する海
「はい、結果発表の時間です!」
発案者であり進行司会でもある僕の宣言に、ルピィを中心に歓声が上がる。
うん、相変わらずルピィが盛り上げてくれるので気持ちが良い。
他の皆も高揚している雰囲気ではあるのだが、残念ながら感情を表に出さないメンバーが多いのだ。
そしてルピィのテンションが高いのは、彼女がイベント好きだからという理由だけではない。
ルピィは自分が討伐大会における〔優勝候補〕の一角だと自覚しているのだ。
この大会参加者は各々優れたハンターだったが、僕の推測によるとルピィとセレンが頭一つ抜けている。
とくにルピィだ。
ジェイさんの風術で舞い上がった魔獣を横取りしたり、セレンが気絶させた魔獣にトドメを刺したりと――縦横無尽にやりたい放題やっていた成果が大きい。
だが、ジェイさんはともかくとしてセレンの獲物に手を出したのはマズかった。
セレンは不正を許さない潔癖さを持っている上に、今回は自分の獲物を掠め取られてしまったわけなのだ。
そう、セレンにルピィが断罪されてしまったのも必然……!
セレンに成敗されたルピィは時間切れまで砂浜でダウンしていたのだが、成敗されるまでに数を稼いでいたので討伐数はトップクラスだろう。
それにしても、親睦を深めるレクリエーションも兼ねていたはずなのに……皆さん本気すぎやしないだろうか?
普段は仲の良いセレンとルピィが潰し合うとは、むしろ関係悪化を招いている気がしてならない。
早々にリタイアしたアイファは、マカたちと楽しそうに遊んでいたのに……。
やはりルールを明確に決めなかったのが失敗だったのだろう。
妨害行為も黙認されていたので、魔獣が減った後半戦が特に酷かった。
……しかし、それは今後の課題としておくとして、まずはこの大会を綺麗に終わらせなければならない。
色々あったが、終わり良ければ全て良しとすればいいのだ。
「はい、それでは判定員のレットに一人ずつ討伐数を申告してもらいましょう!」
レットを嘘発見器扱いすることになるわけだが、これでこの男はそれほど嫌がっていない。
建前上は「仕方ねぇな……」などと口にしているが、むしろ裁定神の加護を平和利用されることが嬉しそうですらある。
――――。
結果報告は順調に進み、僕の見立て通りセレンとルピィだけが〔百匹〕の大台を越えてきたが、僅差で上回ったルピィが暫定一位となっている。
アイファ救出で時間を取られたこともあって、このままでは僕の優勝は厳しい。
だが、ここでむざむざと敗北するわけにはいかない。
卑怯千万なルピィが優勝するというのが納得いかないという理由もある。
だがなにより、僕は昨晩の恨みを忘れてはいないのだ。
――首吊りを強制されてナイフまで投げられた恨みを忘れられるわけがない!
ルピィの思惑通りにさせてなるものか。
ここはやはり、奥の手を使うしかないだろう。
僕が優勝を手にする為に必要なのは〔集中力〕だ。
集中、集中するんだ。
大事なのはイメージだ。
より正確に綿密に、頭の中に思い描く必要がある。
僕なら出来るはずだ――
「あとはアイス君だけだよ。まっ、ボクの優勝は決まってるけどね!」
暫定一位のルピィは、既に優勝を確信しているようだ。
何を僕に要求するつもりなのかは知らないが、思い通りにさせはしない。
居住まいを正して傾聴するがいい……!
「レット、僕の討伐数は――千匹だ!」
砂浜は静まり返った。
皆が僕を見る視線は『コイツ何言ってんの?』という温かみのないものだが、それもすぐに変化することだろう。
レットが、苦しそうに声を絞り出した。
「……嘘を、ついていない」
一斉にどよめきが広がる。
その中でも、優勝を目前にしていたルピィの反応が大きい。
「はぁっ!? 何言ってんの、ありえないでしょ! アイス君に弱みでも握られてんの? 言ってみなよ、ボクが何とかしてあげるから!」
もしレットが服を着ていたなら、胸倉を掴まれていそうなほどの猛抗議だ。
だが問題はない――ブーメランパンツに死角なし!
しかし、ルピィが弱みを何とかするなどと言っているが……仮にレットが弱みを持っていたとしても、代わりにルピィが弱みを握ってしまったら状況が悪化するだけだろう。
そもそも僕がそんな卑劣な行為をするわけがない。
スポーツマンシップに則って討伐大会に臨んだというのに、グレーな行為を繰り返していたルピィに不正呼ばわりされるのは心外だ。
正直者のレットならば、僕への不躾な疑惑をキッパリ否定してくれるはずだ。
「アイスは……自分を騙していると思います」
ルピィに攻められているレットが漏らしたのは、理解に苦しむような言葉だ。
はて、レットは何の事を言っているのだろう?
僕はたしかに魔獣を千匹討伐しているのだ。
他の皆と比べて桁違いに数が多いのは、僕が〔魔獣の稚魚〕をまとめて退治したからだろう。
目には見えなかったが、僕が倒した一匹の中には子供を孕んでいる個体がいた。
もちろん、肉眼で見えないくらいは問題にもならない。
目を閉じれば――その姿が頭に浮かんでくるのだから……!
よく分からないレットの発言だが、仲間たちは愕然とした反応を見せている。
「さすがはアイス様です、裁定神持ちを騙すことが出来るなんて!」
興奮した面持ちのカナさんが僕を褒めてくれた。
しかし僕を誉めそやしてくれるのは結構な事なのだが、なにやら僕が嘘を吐いている事が前提になっているようで引っ掛かる……。
しかもカナさんは〔水着に鎌〕という、漁業なのか農業なのか分からない恰好をしているので、これもまた引っ掛かる……。
「――アイス君が討伐したのは八十七匹だよ! ボクはちゃんと数を数えていたんだからね!」
諦めの悪いルピィが僕を弾劾する。
しかし、わざわざ僕の討伐数を数えていたとは――まるで僕を信用していないじゃないか……!
僕が嘘など吐くわけがないのに、まったくもって失礼な話だ!
ここは往生際が悪いルピィへ、僕が直々に引導を渡してあげるとしよう。
「僕が申告してレットが認めたんだよ? 事前のルール説明通りじゃないか。そう、もう決着は着いたんだ。――それにしても、皆さん討伐数が少な過ぎるんじゃないかな? もっと真面目にやらなきゃ駄目じゃないか、はははっ……」
自分の正当性を主張している内に気が大きくなってしまい、ついつい皆を挑発してしまう。
おや……親睦を深める催しだったはずなのに、皆のヘイトを一身に集めているような気が?
いや、きっと気のせいだろう。
僕は正々堂々と清廉潔白に闘ったのだ。
勝った勢いで軽口を叩くぐらいの事で怒るはずもない。
しかし不思議にも静かになった仲間たちが、僕を囲むように近付いてくる――
――――。
「…………僕は、嘘を吐いて、皆を騙していました。申し訳ありませんでした……」
僕は謝罪させられていた。
ルールに則って真っ正直に活動していたにも関わらず、卑怯な仲間たちに袋叩きにされてしまい――暴力に屈服させられたのだ!
こんな横暴が許されていいのだろうか……?
否、断じて否だ……!
「おやおや……そんなに反抗的な眼をしちゃって、アイス君は何か文句でもあるのかな?」
「……まさか。文句などあるはずもありません。ちょうど砂に埋まりたいと思っていましたので、むしろ感謝しているぐらいですよ!」
反抗の意思を悟られてしまったが、咄嗟に本心を隠して下手に出る僕。
――そしてそう、現在僕の身体は埋められていた。
集団暴行を受けた挙句、首だけを残して埋められてしまったのである。
果たしてこれが仲間のする事だろうか……?
昨晩と同じくジェイさんたちが僕を守ろうとしてくれたのだが、やはり力及ばずで砂浜に倒れ伏してしまっている。
もはやどっちが古参の仲間なのか分かったものではない。
さらに許し難いことに、動けない僕にマカが嫌がらせを仕掛けている。
とぼけた顔をして「穴を掘りたくなったニャン」などと、後ろ足で砂をかけてきているのだ。
こやつ……わざとらしく僕の存在に気付かないフリをしているのが腹立たしい。
僕は風術で砂を飛ばして呼吸を確保しつつ、マカへの復讐を誓っていた。
そして結局、魔獣討伐大会は僕の反則負けということになった。
ペナルティの代償として、僕が全員のお願いを聞いてあげる運びになっている。
うむ……小細工をしたせいで余計に事態が悪化してしまったようだ。
これぞ生兵法は大怪我の基というやつだろう。
どのみち仲間のお願いを聞いてあげることに否やはないので、何も問題は無いとも言えるのだが。
不思議にも皆には牽制しあっているような雰囲気があったので、結果的に仲間たちからの要求は全体的に良心的なものになっている。
一人が過大な要求をすると、他の仲間から強烈な反発が発生しそうな緊迫した空気だったので一安心だ。
多くの犠牲……主に僕の犠牲を払ったものの、こうして和平交渉は締結した。
それからの僕らは――アイファたちに泳ぎをレクチャーしたり、サンドアートを造ってみたり、マカを砂浜に埋めたりと平和に海を満喫していた。
平和とは素晴らしいものだなぁ……。
あと三話で第四部は終了となります。
明日も夜に投稿予定。
次回、五六話〔手の届かない親友〕