五三話 懐かしの海
かつて神獣と雌雄を決した海。
当時とほとんど変わりのない、綺麗に透き通った海。
その海へと、僕たち一行は海水浴に来ていた。
「砂浜も海もボクらの貸し切りだね! それにこの青空――こんなにいい天気なのもアイス君のおかげだよ!」
「…………それは良かったよ」
念願の海水浴にも関わらず、いつになく僕の元気は無い。
それもそのはず――昨夜は〔てるてる坊主の刑〕を受けた後、徹夜で水着の仕立て直しを強制されていたのだから……!
ちなみに昨晩、吊るされた僕を救う為にちょっとした争いがあった。
ジェイさんとロールダム兄妹が、僕を救出するべく立ち上がってくれたのだ。
しかし……相手が悪かった。
アイファはともかくとして、セレンとルピィが組んでいたのが最悪だ。
単体でも厄介な両名なのに、この二人のコンビは戦闘時の相性が抜群なのだ。
ジェイさんたちはそんじょそこらの神持ちを凌駕する実力者ではあるのだが……セレンたちが相手では返り討ちに遭うのも当然の結果だろう――
「はははっ! その程度の力でアイス君を守ろうだなんて、ちゃんちゃらおかしいよ!」
ルピィが悪役のような台詞を放言する横では、アイファが「うむ、思い知ったか!」と頷いているという、無秩序となってしまった空神邸の庭。
……ちなみにアイファはジェイさんたちよりも実力が劣っている。
レットやマカが加勢してくれていたら結果も分からなかったが、あの薄情者たちは僕を見捨てて消えてしまっている。
そして、頼みさえすればフェニィが僕の救出に動いてくれたとは思うのだが、その手だけは選ぶわけにはいかなかった。
手加減が苦手なフェニィが参戦しようものなら大惨事になることは明白だ。
ただでさえセレンたちにより半壊していた空神邸の庭が、さらに取り返しのつかないことになっていたはずなのだ……!
そんなわけで気力に欠けている僕だったが、そこに――すっ、と救いの手が差し伸べられる。
「……食べるがいい」
フェニィが〔焼きトウモロコシ〕を差し出してくれたのだ。
不意に仲間の温かさに触れた僕は、じんわりと心が温かくなってしまう。
ただ醤油をかけて焼いただけのトウモロコシがこんなに美味しいなんて……。
たとえこのトウモロコシが――〔僕自身が焼いた物〕だったとしても嬉しい気持ちは変わらない……!
海に到着した早々にフェニィのお腹の虫が鳴いていたので、軽いおやつに何本か焼いてあげたのだが、こんな形で僕を幸せにしてくれるとは思わなかった。
情けは人の為ならず。
そう、良いことをすれば良いことが返ってくることもある。
昨晩の僕は、良いことをしたはずなのに酷い目に遭ってしまったのだが……。
……いや、いかんいかん!
今は楽しみにしていた海の時間だ。
辛い記憶は思い出してはいけない。
それこそが精神を安定に保つ秘訣なのだ。
「ありがとうフェニィ。焼きトウモロコシ美味しいよ、フェニィの水着も似合ってるよ」
元気を取り戻した僕は、トウモロコシを齧りながらフェニィに謝意を伝える。
トウモロコシのついでに水着を褒めたようになってしまったが、フェニィはなんとなく嬉しそうな雰囲気だ。
実際、僕が送った水着を純粋に喜んでくれたのはフェニィだけなのだ。
そしてフェニィの水着を褒めることは自画自賛に近いものはあるのだが、当人が嬉しそうなので問題はないはずだ。
そんなフェニィに僕が笑顔になってしまうのも当然の事だろう。
だが、そんな一般常識が通じない人たちもいる。
……ルピィとセレンが不穏なジト目で僕を見ているのだ。
別にフェニィのビキニ姿にニヤニヤしているわけではないのに……!
彼女たちもしっかり褒めてあげたのだが……やはり持つべき者を持っているフェニィにはコンプレックスを抱えているだろう。
もう一人の持たざる者であるアイファは、こちらに注意を払うことなくトウモロコシを手に持ってご機嫌なのだが。
しかしこの雰囲気は良くない。
下手をすれば昨夜の悲劇が繰り返されてしまう。
ここは軽い腹ごなしも兼ねて、皆が心惹かれるイベントを提唱するべきだろう。
「さて、皆。そろそろお待ちかねのあの時間だよ? ――はい、というわけで只今より〔魔獣討伐大会〕を開催します!」
いい加減なルピィが「待ってました!」と拍手喝采してくれているが、もちろんこれは思いついたばかりの案である。
ルピィの適当ぶりに感心しつつも、イベント発案者としては盛り上げ役の存在はありがたいと同時に思う。
現にルピィに釣られるように皆も拍手をしてくれている。
まったく分かっていないはずのアイファでさえ、委細承知と言わんばかりの〔したり顔〕で拍手に加わっている……。
……アイファの流されやすさからすると、催眠商法なんかにも簡単に引っ掛かってしまうことだろう。
その辺の石ころでも拾ってきて、サクラたちに『ハイ、金貨十枚!』『ハイ、金貨二十枚だ!』なんてやらせていれば、『よし、私は金貨三十枚だ!』とか言いながら満足げに購入してくれること間違いなし……!
僕がアイファの成長の為に何度も騙してあげているのに、アイファときたら全く学習することがないのだ。
さすがに最近は『また私を騙す気か!』と疑義の声くらいは上げるようになったが、勢いで押すとすぐに流されてしまうのである。
……アイファの行く末が心配でならないな。
そんな僕の心配の眼差しをどう勘違いしたのか、アイファは顔を赤くして――フリルの付いた胸元を隠す!
く、屈辱……!
純粋にアイファの将来を案じていたのに、いかがわしい視線を送っていると思われたとは。
妙な勘違いをされた恥辱から『隠すほどのモノは無いじゃないか!』と、思わず口に出しそうになってしまったではないか。
危ない危ない……アイファばかりかルピィも敵に回しかねない発言だった。
僕がコホンと咳払いをして気を落ち着かせていると、レットから質問が出てきた。
「海の魔獣を討伐しようって事か?」
「そう、その通り。泳ぐ前に海を掃除しつつ、ついでに民国の人々へ貢献しようというわけだよ。――しかしさすがはレットだ。ブーメランパンツまで履いちゃって、ヤル気に満ち溢れているじゃないか!」
「アイスが渡してきたんだろうが……」
肉体美を誇るようなレットの水着姿を褒めてみたが、女性陣と違ってその反応はいまひとつだ。
しかしこのブーメランパンツは、セクシーなだけではなく表面積が小さくて機能性にも優れているのだ。
露出は多いのだが、その分足の可動域が広い。
泳ぎの達者なレットにはうってつけの水着と言えるだろう。
そして魔獣討伐大会の目的については、民国の人々の為に魔獣を間引きするという主目的があるが、そればかりが目的ではない。
今回のメンバーには、海水浴どころか泳いだことすらないメンバーが混じっているのだ。
そう――箱入り娘のアイファと、研究所育ちのロールダム兄妹だ。
彼女たちへと安全に泳ぎを教えてあげる為にも、海に潜む危険は取り除いておくべきだろうというわけだ。
しかも害獣である魔獣を討伐するだけではなく、水泳練習場所の下地作りも出来て、なおかつ討伐大会――つまりはレクリエーションという形で討伐を行うことにより、仲間との親睦を深める効果もある。
うむ、咄嗟の思いつきとは思えないほどの企画プロデュース力の高さだ。
もちろん、イベントが大好きな仲間たちも大乗り気だ。
「ねぇねぇ、討伐大会ってことは優勝者には何かあるの? もちろんあるよね? ――アイス君が何でも言うコト聞いてくれたりとか」
さりげなく過大な優勝特典を要求されてしまった。
しかも――僕の優勝が想定されていない……!
事前に計画していた大会ではないので、もちろん優勝商品など準備していない。
言われてみれば、大会主催者としては粗品の一つでも準備しておくべきだった。
ルピィの言葉に、皆が期待するような視線を僕に向けている。
ふむ、景品を用意しておかなかった僕にも落ち度はある。
こうなれば仲間の期待に応えるべきだろう。
「そんなことで良いなら構わないよ。じゃあ、ルールを説明するね。制限時間は三十分、一匹でも多く魔獣を狩った人が優勝。尚、討伐数は自己申告です――もちろんレットに真偽を確認してもらいます!」
僕がルピィの提案を呑んだことで、場の空気が一変した。
仲間たちが目の色を変えて、周囲を牽制しあっている。
……何を要求するつもりなのかは分からないが、取り立てて問題はないはずだ。
要は僕が優勝すればいいだけなのだ。
いざとなれば僕には奥の手もある。
先のルール説明で異論が上がらなかった時点で、もはやこの大会の決着はついていると言っても過言ではない。
泳げないはずのアイファたちも闘志を漲らせているのが気に掛かるが、浅瀬の魔獣を中心に討伐していくつもりなのだろうか?
ロールダム兄妹はともかくとして、アイファは〔泳げるつもりになっているだけ〕の可能性が濃厚なので、アイファが溺れないように気を配っておく必要があるだろう……。
泳げないはずの三人も参加ということで、今回の不参加者はドジャルさんとマカだけになる。
ドジャルさんに関しては、元より泳ぐことには関心が低そうだったのだ。
高齢ということもあって、孫を眺めるおじいちゃんのような立場での参加だ。
しかし海水浴への関心は低いドジャルさんだが、我らがパーティーの癒し役には並々ならぬ関心を寄せている。
僕が作ってあげた簡易プールに寝そべりながら、氷を浮かべたトロピカルジュースをストローで飲んでいたマカにはドジャルさんも視線が釘付けだ。
――ドジャルさんでなくとも気になって仕方がない……!
ちなみにマカにだけは水着を作ってあげていない。
内心で迷ったのだが、なにしろマカは普段から〔全裸〕とも言えるのだ……。
つまり水着を着るという事は、〔泳ぐ時だけ服を着る〕というワケが分からない事になってしまうのだ……!
そんな誰よりも圧倒的なバカンス感を醸し出していたマカだったが、今は遊びたい気持ちになったらしく、ドジャルさんと一緒にボール遊びをしている。
警戒心が強いマカには珍しく、ドジャルさんには気を許しているらしい。
二人が楽しそうにやっているのは、ドジャルさんの変化球をマカが尻尾で打ち返すという謎の遊びだ……後から僕も混ぜてもらうとしよう。
明日も夜に投稿予定。
次回、五四話〔波乱万丈の海〕