五二話 忖度する格差社会
ドジャルさんが許してくれてもルピィが許さない現実には思うところがあるが、心停止事件には僕に非があることは間違いない。
個人的に反省しつつも、穏便な形でルピィの糾弾を躱すとしよう。
「まぁまぁ、僕も反省してるからその辺で許してあげなよ。――それより、ルピィにプレゼントがあるんだ」
「自分で言うコトじゃないでしょ! …………それで、プレゼントって何かな」
条件反射での突っ込みを欠かさないルピィだが、プレゼントの単語にはソワソワして頬を紅潮させている。
このルピィの素直な反応には、僕としても素直に好感が持てる。
よしよし、期待に応えてみせようではないか。
だが、エコ贔屓を許さない仲間たちが鋭い視線を送ってきているので、まずは速やかに誤解を解いておく必要がある。
「安心してよ皆、ちゃんと全員分を用意してあるから。ほら、せっかく民国に来たわけだから海に泳ぎに行こうと思ってね。僕が皆の水着を自作してみたんだよ!」
そう、海だ。
かつて民国の海では神獣が猛威を振るっていた。
そしてその神獣により、民国の海では魔獣が駆逐されていたのだ。
あれから二年が経ち――海には魔獣が戻りつつあるという話ではあるが、それでも他国の海よりは魔獣が少なくて海も綺麗だと評判になっている。
ならば、ここで海水浴に興じない理由は存在しない。
少数とはいえ魔獣が生息している海なので、常人が泳ぐには危険な海ではある。
だが、僕たちにとってはまるで問題にならない。
もし神獣が出てきたとしても、僕たちならば撃退出来るはずだ。
実は、民国を再訪すると決めた時から、僕は水着製作に勤しんでいたのだ。
もちろん、サプライズの為に夜中にこっそりとだ。
そう、これは――夜な夜な人目を忍んで〔女性用水着〕を縫っていくという危うい作業の結晶でもあるのだ……!
そして市販の水着を買わずにこんな手間を掛けたのにはワケがある。
ふふ……仲間の喜ぶ顔が楽しみだ。
「アイス君がボクらの水着を作ったの? ちょっと引くなぁ……」
さりげない言葉で僕の心を傷付けつつも、期待を隠せないように顔を緩ませているルピィだ。
もちろんルピィばかりではない。
他の皆もどこか嬉しげに水着を受け取ってくれている。
「俺のもあるのか…………しかもブーメランパンツかよ」
「くっ、せっかくのアイス君の贈り物がレット=ガータスとお揃いとは……。なんて複雑な気持ちなんだ」
当然、レットばかりかジェイさんの水着すらも準備済みである。
さすがにドジャルさんとロールダム兄妹の分までは無いので、今夜の内にでも作製してしまうとしよう。
しかし水着製作は想定以上に大変な作業だった。
伸縮性素材の縫製にも難儀したのだが、なにより一部の水着に〔仕掛け〕を施すのに苦労したのだ。
「…………アイス君、コレは何かな?」
おっと、早速ルピィからの反響だ。
ふふ、僕の仕込んだギミックに驚きつつも感動しているに違いない。
僕は自慢したくて堪らない気持ちを抑えて、冷静さを保ちながら解説する。
「ああ、それね。分かっちゃったかな? ふふ……そう、盛ってみたんだよ!」
僕が盛ったと言っているのは他でもない――胸パッドだ!
常日頃から、ルピィが胸部の貧しさを気にしていたことは知っている。
悩めるルピィの力になりたいと考えていたところ、僕は知ってしまったのだ。
――そう、胸パッドの存在を……!
もちろん、僕が作り上げたのは普通の胸パットではない。
仮にも芸術家を志す以上、独創性に欠ける作品を送り出すわけにはいかない。
僕が試行錯誤を重ねて完成した胸パッドとは――可変式の胸パッドだ。
既存品とは違い、空気の注入量によってお好みのサイズに調整出来るという〔胸パッド界〕に革命を起こせるほどの画期的な代物なのだ……!
欠点をあげるとすれば、まさにその空気が封入されているという点だろう。
そう、胸部が水に浮いてしまうので海で泳ぎにくくなってしまうのだ。
だがしかし、それを加味してもメリットは大きい。
外見の激的変化もさることながら、足がつって溺れてしまう、なんて状況に陥ったとしても――不自然に浮かぶ胸部が〔救命胴衣〕になってくれるのだから……!
ちなみにルピィに渡した水着には、気を利かせて既に空気は注入済みだ。
しかも空気の初期封入量は〔フェニィのサイズ〕に準拠している。
気配りに長けている僕は、ルピィにとって怨敵でありながら憧れの存在でもある〔フェニィ〕を比較対象としたわけだ。
そう、この胸パッドを付けたルピィはフェニィすらをも越える。
考えてみると『分かっちゃったかな?』という発言は少しわざとらしかった。
なにしろ――どう見ても一目瞭然なのだ!
だが、爆発的物量のフェニィ超えを目安にしているので、それに伴って問題も発生している。
パッドが肥大化し過ぎてしまったせいで、背泳ぎ以外が難しくなるほどに浮力が高まってしまったのだ。
しかしこの程度、有り余るメリットを鑑みれば些細なことだろう。
「き、貴様ぁ……!」
おっと、アイファからも喜びの声だ。
言わずもがな、アイファもルピィと同じく平原の民である。
だからアイファにも特別仕様の水着を提供することは当然の配慮なのだ。
感激に打ち震えているのか、アイファは顔を真っ赤にして身体をぷるぷる震わせている。
「いやぁ、そんなに喜んでもらえたら苦労した甲斐があったよ。でも、水着には傷をつけないようにしなくちゃ駄目だよ? 空気が抜けて――胸が無くなっちゃうからね!」
ははは、と上機嫌な僕であるが、アイファとルピィは何故か無言だ。
ふむ、きっとこの水着の可能性に思いを馳せているのだろう。
平原で暮らしていた彼女たちが、山頂へ――頂きへ到達出来る可能性を得てしまったのだ。
文字通り、期待に胸が膨らんでいるだろうことは想像に難くない。
……いや、待てよ。
パッドの空気抜けを心配していたが、これは悪い事ばかりでもないぞ。
雪山の山頂から滑り下りるかの如く、パッドの空気が抜ける噴出力を〔推進力〕に変換できるのではないか?
ただの空気では推進力に欠けるが、圧縮空気ならば問題は解決出来るはずだ。
当然、取り扱いに注意しないと、事故で〔胸が爆発してしまう〕恐れがある。
まさに爆発的胸部ということだ。
だが、安全性の問題さえクリアしてしまえば画期的な発明と言えるだろう。
胸から噴出される空気で海を走るルピィ。
これはすごいぞ……ビーチの視線を独り占めだ!
まさに背泳ぎならぬ背面泳ぎ。
いや、背面泳ぎという名称ではネーミングに芸が無い上に、肝心の泳ぎ方のイメージが湧かないな。
よし、この泳法が市民権を得た暁には、製作者として〔胸パッド泳法〕と名付けさせてもうとしよう!
いいぞいいぞ……以前に考案した死体型加湿器もルピィに絶賛されてしまったし、僕は発明家に向いているのかもしれないな。
僕の将来の夢に発明家という職業を追加していると――――セレンが僕へと問い掛けてきた。
「……にぃさま。私の水着も、お二人と同じ仕様のようですが……?」
うむ、セレンはまだ十三歳。
本来ならば必要のない配慮だったことであろうが、モノのついでというやつだ。
それに、時々セレンはフェニィの豊満な胸部を忌々しげに見ている時がある。
つまるところ、セレンも豊かな胸部に憧憬を抱いているのだろう。
ならばやるべき事は一つ。
妹の夢を叶えてあげる事は兄の責務ではないか……!
「うん、セレンには要らないかなとは思ったんだけどね。備えあれば憂いなし――パッドなくして胸はなしってことさ!」
調子に乗って格言まで生み出してしまう僕。
そしてそう、これは今の夢を叶えると共に――将来への備えでもあるのだ。
これから先、もしセレンの胸が成長しなかったとしても、この秘密兵器さえあればいつでも『平伏しなさい!』というサイズに早変わり出来るのである。
常にセレンの幸せを考えている、僕ならではのファインプレーと言えるだろう。
「ふふふっ……にぃさまは本当に愉快な人ですね」
セレンも喜んでくれている。
だが、喜びが溢れ過ぎて――ドス黒い魔力も溢れてきているではないか……!
セレンが怒っていると勘違いしたのだろう、レットとマカが足早に部屋を出ていくのも仕方がないほどの漏出量だ。
その必要もないのに、レットはドジャルさんまで連れ出しているのだ。
やれやれ、セレンが怒る理由なんてどこにも有りはしないのに……。
「アイス君のおかげで明日が楽しみだなぁ…………そうだ、明日晴れるように〔てるてる坊主〕を作ろうよ!」
笑顔のルピィから名案が飛び出してきた。
しかし、てるてる坊主は良いのだが……なぜルピィは〔大きめのシーツ〕と〔ロープ〕を持っているのだろう?
まるで〔人間てるてる坊主〕を作るかのようではないか。
いやいや、まさか。
てるてる坊主の形状を考えると〔首吊り死体〕のようになってしまうのだ。
……そんな恐ろしい事をやるわけがない。
「的もあることだし、せっかくだからアイファちゃんにナイフ投げを教えてあげるよ!」
なるほど、てるてる坊主を的にしようというわけか。
晴天祈願としては如何なものだろうと思うが、仲間たちが仲良くやってくれるのは嬉しい事である。
こういった事には消極的なセレンでさえも、積極的に参加の意思を示している。
これも僕が水着製作を頑張った成果の一つだろう。
いやぁ、努力が報われるのは気持ちが良いなぁ……。
明日も夜に投稿予定。
次回、五三話〔懐かしの海〕