十七話 予知夢
王都から脱出した後、いや、王都に滞在している時から気に掛かっていたが、近頃レットの様子がおかしい。実はそれも、王都から早々に離脱した理由の一つなのだ。
レットから言い出すまで待っていたが、埒が明かないとみた僕は単刀直入に尋ねる。
「裁定神の予知夢を観たんじゃないか?」
レットは罪を弾劾されたかのように、びくりと震えた。
レットは人の嘘を見抜けるが、自身も隠し事が出来ないタイプだ。これほど分かりやすい男も珍しい。
「……そうだ。三日前から、毎日観るようになった」
裁定神の予知夢はことが起こる、二、三週間前から毎日夢を観るらしい。
最初はぼんやりと、日が経つにつれ細部まで明らかになっていくとのことだ。
「それならそうと早く言いなよ。乗りかかった船だし、付き合うからさ」
水臭い男だ。レットのことだから、僕を巻き込みたくないとか考えていたに違いない。
「……まだはっきりとは分からないんだよ。王都の近くの街で、女性が公開処刑されるってことぐらいしか分からん」
「それだけ分かっていれば十分だよ。王都の近くの街をいくつか巡ってみよう。
夢で見覚えのある街があるかもしれない」
「すまん……」
レットは心痛げに僕に詫びた。
「王都では僕に付き合ってもらったし、今更だよ。ついでに仲間になってくれそうな人も探せるし、ちょうどいいよ」
――――。
「――ここだ、間違いない」
目的の街は、思っていたよりずっと早く見つかった。
王都を中心に周囲の街を見てまわること、二つ目の街だ。王都からは百キロメートルくらいだろうか。そうなると予知夢の検知範囲は、最低でも半径百キロメートル程度となる。
距離はあるが、二、三週間前から夢を観るのであれば探せない距離ではない。
問題は対象の女性を探し出すことだ。
この街は僕らの育った村とは比べものにならないほど大きい。そしてその中で、レットだけが顔を知る女性を捜し出さなければならないのだ。
だが、レットが予知夢を観るようになってからまた幾日か経過した結果、対象の情報もそれに比例して増えていた。
女性が街の広場で公開処刑に遭うことは分かっていたが、裁定神の対象である〔もう一人〕は処刑に反発し、執行人達に詰め寄ったことで命を奪われたらしい。
詰め寄った〔もう一人〕は処刑対象の女性から「お姉ちゃん」と呼ばれていたことから、二人は姉妹だということも分かっている。
そんな悪夢としか言いようがない夢を、毎日毎日レットが観ていると思うと心から同情するが、僕らはその悲劇に抗うためにこの街に来ているのだ――予知夢を質の悪い悪夢で終わらせるために。
一人だけを助けることが目的なら、執行人達に詰め寄る女性を羽交い絞めにでもすれば目的を達せられる。
――だが、一人だけを助けるという選択は〔一人を殺す〕という選択をするに等しい。
僕もレットもそんな選択を「良し」とする人間ではない。
たとえ徒労に終わる可能性は高かろうとも、ぎりぎりまでもがいて最良の結果を目指したいと思っているのだ。
ひとまずは人の多い場所に行ってみよう、ということで僕らは喧騒ざわめく露店街に来ていたが、そこで僕は――目を疑うような存在を見た。
露店のおじさんと会話をしている女性。
その女性は周囲の人間と比べて、一目瞭然なほどに高い魔力量を有していたのだ。
「レット、あそこの女性だけど、多分〔神持ち〕だと思う」
「えっ!」
まさかこれほどあっさりと、探していた神持ちが見つかるとは思わなかった。
人の少ない田舎に長くいたから気付かなかっただけで、僕の想定より神持ちの人間は意外と多いのだろうか?
――レットも神持ちの存在に驚いているのかと思っていたが、どうも様子がおかしい。驚天動地といった様子で愕然としているのだ――いくらなんでも驚きすぎじゃないか?
……そう考えた僕は、一つの可能性に思い当たった。
「……まさか、あの人がそうなのか……?」
「……そうだ。俺が観たのはあの人だ」
――その言葉を聞いた瞬間、僕は子供の頃に聞いた迷信を思い出した。
『神持ちは短命』
冗談ではない。レットばかりかセレンも神持ちなのだ。優れた人間に対するやっかみの類に違いない。だいたい教国の聖女なんかは代々長生きしているではないか。
僕は脳裏に浮かんだたわ言をすぐに振り払った。そして気を落ち着けて、対象の女性を観察する。
――日の光を反射してキラキラと光る明るい茶色の髪に、悪戯を考えている子供のような無邪気な瞳。そして、周囲の人間を明るい気持ちにさせるような笑顔で笑っている――可愛らしい、人好きのする顔だ。
背丈は僕より少し大きいくらい、その平坦な胸部はまるで男のような――
「――レット、あの人は女性なんだよね?」
「おそらくそのはずだ」
レットも少し自信が無さそうだ。
ショートカットの髪型も相まって、男性のように見えなくもない。
「あの人について調べてみるか?」
レットが聞いてきたが、僕は首を横に振った。
「いや、それは止めておいた方がいい。おそらく、盗賊とか諜報系の神持ちだと思うから、すぐに気付かれて不信感を持たれるのが落ちだと思う。下手に小細工を弄するよりは正面から話してみた方が良い。……僕が話し掛けてみるよ」
「いや、それなら俺から話してみる」