五一話 謎の心臓発作
翌日、村人たちに惜しまれつつ僕らは村を離れた。
人々からは感謝の嵐を送られたのだが、そもそもあの賊たちは僕とセレンを標的として動いていたらしいのだ。
教国にいた僕らを目指しつつ通りすがりに迷惑を掛けていたようなので、素直に感謝の言葉を受け止めるにはバツが悪い。
……僕らのせいで民国が襲われていたとも言えるのだ。
かといって、悪党連中の行動に全ての責任を感じてしまうのは非生産的だ。
悪いのはあの連中なのだから、僕らが悪いなどと思い詰めるのは間違っている。
だから僕は――自責の念を感じることもなければ、賊の撃退を誇るつもりもないのだ。
「――いやぁ、ジェイさんのお屋敷は久し振りですねぇ。あそこのお風呂は種類も豊富ですから楽しみですよ」
僕たちは空神邸に向かっていた。
もちろんドジャルさんや神持ちの兄妹も一緒だ。
とくに兄妹たちは、洗脳術を解かれたばかりで寄る辺がない身である。
そのまま別れるという訳にはいかないのは当然だろう。
とりあえず兄妹には空神邸にお世話になってもらって、その後は自分たちの意思で、今後の身の振り方について考えてもらいたいと思っている。
面倒見が良いジェイさんも快諾してくれたので、焦るような必要性もないのだ。
「アイス君がまた来てくれるなんて嬉しいなぁ。――言うまでもないが、レット=ガータス、ナン=ロールダム、アイス君と一緒にお風呂に入るような真似は認めないよ」
うっ、またあの大浴場に僕一人で入ることになるのか……。
数十人は同時に入れる広さを誇っているにも関わらず、前回の来訪時には孤独な入浴を強制されてしまったのだ。
だが、ジェイさんの家に厄介になる以上はハウスルールには従うしかない。
たとえそれが〔謎ルール〕だったとしてもだ……!
というか、レットだけでなくナンさんまで敵対認定されてしまっているらしい。
ナンさんは礼儀正しく朴訥とした人柄なので、レットと同じく人に嫌われるような要素はないのだが……やはり僕のせいなのだろう。
いや、待てよ。
禁止されたのはレットとナンさんだけだ。
今の僕にはマカがいる。
マカと一緒にお風呂に入るくらいのことは認められるはずだ。
それに、マカだけではない――
「ドジャルさんも泊まっていきますよね? ふふ……新技の〔電気風呂〕をお披露目するのが楽しみでなりませんよ」
そう、ドジャルさんもいるのだ。
ジェイさんに視線で確認を取ってみるが――ジェイさんは穏やかに微笑んでいるので、空神邸への受け入れに問題はないことだろう。
「あまり人里に居続けるのは良くないんじゃが……まぁ、たまにはいいじゃろ。電気風呂というのは嫌な予感がするのじゃが……」
ドジャルさんは帝国のお尋ね者なので気を使っているらしい。
だが、これほどあからさまに帝国が敵対行動を取ってきているのだ。
ドジャルさんが民国側の戦力として防衛に参加していたという事実もある。
もはやドジャルさんが帝国に遠慮をする必要性はないだろう。
ロールダム兄妹の話によると、今回の襲撃は国としての行動というよりは研究所――いや、あの悪魔の一存によるところが強いとの話ではある。
しかし、これは国が運営する研究所の問題だ。
国として知らぬ存ぜぬで済む話ではない。
帝国という〔国〕に責任が追及されるのは当然の事だろう。
しかも両国の間では休戦協定が結ばれているので、尚更に帝国の責任は重い。
これから民国政府による帝国の追及が始まるということらしいので、帝国の出方次第ではまた戦争が起きる可能性は否定できないだろう。
だが、帝国は主力部隊を丸々失った直後だ。
現状で強行策に出る可能性は低いのではないか、というのはジェイさんの弁だが、その意見には僕も同意するところだ。
ちなみに、僕たちが賊の撃退に関与した事実は口止めをお願いしてある。
ここで僕らが大々的に戦果をアピールしたところでメリットはないのだ。
幸いというべきか、賊側に生存者は一人もいなかったので、村人たちが口をつぐんでいてくれれば僕らの情報が表に出ることはないだろう。
こうなると、ルピィが逃走を図った賊を片付けてくれたのは僥倖だった。
……陰湿にイジメられてしまったので素直に称賛する気にはなれないのだが。
――――。
「……ドジャルさん、ごめんなさい」
「いや、いいんじゃよ。……儂もこうなる事は予想しておったでの」
僕はドジャルさんに謝罪していた。
謝っている理由は他でもない。
……そう、電気風呂の件だ!
二年振りの空神邸に到着した直後、早速汗を流させてもらおうということで、ドジャルさんとマカと一緒に大浴場に連れ立ったまでは良かったのだ。
約束通りに僕の雷術による電気風呂を提供したのだが、それが失敗の元だった。
レットやマカを相手に練習していたので、僕は知らず慢心していたのだ。
レットからは肩こりや腰痛が改善されたという嬉しい報告もあったので、調子に乗りやすい僕は乗りに乗っていた。
しかも最近では、マカも電気風呂がお気に入りなのだ。
しかし考えてみれば、レットはマカの電撃を受ける機会が多かったせいもあって、本人にも無自覚の内に電撃耐性がついている。
マカについては雷神持ちなので、元から電撃には強い。
レットとマカを基準に考えていたのが、そもそもの間違いだったのだ。
しかも今回は、ドジャルさんに気を利かせて少し強めの雷術にしてしまった。
そう――ドジャルさんの心臓が停止するのは必然だったのだ!
大慌てで蘇生措置を行った結果、なんとか息を吹き返してくれたから良かったようなものだ。
あと一歩で〔空神邸殺人事件~謎の心臓発作~〕となるところだった……!
僕がドジャルさんに平謝りするのも当然の事である。
ドジャルさんは僕を責めたりはしないのだが、罪悪感に押し潰されそうな思いは拭えない。
「――放っといても死にそうなジャル爺をわざわざ殺そうするなんてヒドイよ! アイス君には敬老精神ってもんが無いの!?」
敬老精神も博愛精神も無いルピィが僕を責める。
さすがは仲間の失敗を見過ごさないルピィだ。
もちろん――悪い意味で見過ごさない……!
明日も夜に投稿予定。
次回、五二話〔忖度する格差社会〕