五十話 厚遇の祝勝会
一難去った夜、村での宴会が始まっていた。
村の広場にテーブルを並べての立食パーティーだ。
この村には多くの人を収容できるような建物が無いので、苦肉の策とも言える形なのだが、外で賑やかに食事をする方が僕の好みなので問題はない。
「アイス君、空術が使えるようになったのかい!? 世界に二人だけの術者――やっぱり、ぼくとアイス君は結ばれるべきなんだよ!」
実際に空術を見せたわけでもないのに、微塵も疑念を抱くことなく信じてくれていることは嬉しい。
だが……あれから二年も経っているのに、まだ僕の事を諦めてなかったらしい。
ジェイさんからは軍国クーデターに協力出来なかった件を謝罪されたり、賊の撃退に協力したことを感謝されたりで――ようやく落ち着いて話が出来るようになったのだが、空術のことを報告してみると予想以上の食いつきだ。
そして『世界に二人だけの術者』と言っているが、そもそも僕には使えない術の方が少ないくらいなのだ。
どうしても行使できるイメージが湧かない術といえば、炎術や刻術くらいだ。
……とくに惜しまれるのが刻術である。
刻術を習得してセレンとお揃いになりたかったのだが、どれだけ練習しても行使できる気がしない。
これはセンスの問題というよりは、刻術行使に必要な魔力量が不足している為だと僕は推察している。
僕の魔力量はかなり多い方ではあるのだが、セレンのそれは〔桁が違う〕のだ。
悲しいことだが、これが天才と凡人の差ということだろう……。
あぁ……僕のような木っ端者がセレンの兄で良いのだろうか?
いつものように勝手に卑屈になっていると――僕の元へ料理が運ばれてきた。
「アイス様、こちらはお召し上がりになりましたか?」
僕に香草焼きを勧めてくるのは、鎌神持ちの妹さんこと――カナさんだ。
あれから甲神持ちのお兄さん――ナンさんも、正気に戻った直後に自害を試みたりしたのだが、説得の甲斐あってか、今は二人とも前向きになってくれている。
「『様』は止してくださいカナさん。僕はそんな大層な人間では……っぐ!?」
敬称を止めるように説得している途中、香草焼きを口に押し込まれてしまった。
カナさんは温和な態度で丁重な言葉のわりには、実際に取る行動が強引だ。
身体能力の高さといい、カナさんはシーレイさんを彷彿とさせるものがある……なんだか将来が少し心配だなぁ。
この兄妹は、解術を行使した僕に恩義を感じているらしく、なにかにつけ僕の世話を焼こうとするのだ。
もちろん僕は、世話を焼かれるのもチヤホヤされるのも大好きだ。
しかし、年上に『アイス様』などと呼ばれて平然と対応出来るほど、僕の面の皮は厚くないのである。
この兄妹は、カナさんが二十歳でナンさんが二十一歳。
二人とも、神持ちらしからぬ真面目な性格をした人たちだ。
……とくに、カナさんがうちのルピィと同い年とは到底思えない。
「これ、カナ! アイス様に無礼な真似をするでない。――こちらをどうぞアイス様」
ナンさんから差し出された水を、僕はもぐもぐしながら受け取る。
それにしても、この人はまだ若いのに老成したところがある。
これまでの半生で苦労が多かったからだろうか……?
そしてこの兄妹は、何度僕が懇願しても敬語を改めてくれない。
僕は部下や従者がほしいわけではなく、友達が欲しいのだ。
本人たちに悪意が無いのは分かるのだが、敬語で接されると〔壁〕を感じて寂しくなってしまうというものである。
そして――僕が至れり尽くせりでチヤホヤされている姿に、あの人が黙っているわけもなかった。
「いいご身分じゃないのアイス君。――まっ、今日のアイス君は頑張ったから当然の待遇だよね!」
おかしい……ルピィの発言とは思えない。
僕の知るルピィがこんな殊勝な事を言うはずがない……!
もちろん、僕の直感に狂いは無かった。
「ボクの相手は逃げ足が速かったから一人しか狩れなかったよ~。――そういえば、アイス君は何人仕留めたのかな?」
くっ……やっぱりだ!
今回の争いでは、僕は兄妹の解放に傾注していたので賊とは交戦していない。
当然、ルピィもそれを知っている。
全て承知の上で――嫌がらせの為に聞いているのだ!
戦果を確認したところでは、セレンとフェニィが各々二人ずつ。
そしてレット、アイファ、マカがそれぞれ一人ずつ討伐しているのだ。
レットも途中までカナさんを抑えていたのだが、乱戦に突入するなりアイファが苦戦していた賊を横から仕留めたらしい。
……そして危急を救ったはずのアイファから「貴様、横取りするな!」と怒られたそうだ。
ほとんど寝て過ごしていたマカでさえも、最後に大金星をあげてしまっている。
つまり、乱戦への参加を言い出したはずの〔僕だけ〕が一人も賊を倒していない事になるのだ……。
「……ぼ、僕は〔ゼロ人〕でした」
「ゼロ? まさか、言い出しっぺのアイス君がゼロ!? ボクらだけを馬車馬のように働せておいて、張本人のアイス君が一人も倒してないの!?」
くそぉ……わざとらしい。
僕の事情を呑み込んだ上で、お構いなしに糾弾するこの悪辣なやり口よ。
そしてもちろん、ルピィがこの程度で終わらせてくれるはずもない。
「だいたいさぁ〜、ゼロ『人』ってなんなの? 『ゼロ』で良いでしょ! 一人も倒してないのに『人』を付けるなんて、人という字におこがましいよ!」
ワケの分からない事を言い出したぞ……。
人という字におこがましいとは全く意味が分からない……!
しかし、僕が賊を討伐していない事もまた事実。
仲間たちの討伐が早すぎて介入する暇が無かった面もあるのだが、見苦しく言い訳はするまい。
「…………はい、ゼロでした。すみませんでした」
にやにや嬉しそうなルピィに、口惜しくも謝罪する僕。
そこで、たまりかねたようにナンさんが口を挟む。
「お待ち下さい! アイス様は我々兄妹の為に……」
「――黙らっしゃい! これはアイス君の為に言ってるコトなんだよ!」
ナンさんが理不尽に一喝された。
……ちなみにナンさんの方がルピィより年上である。
このイジメ行為のどこが僕の為になっているのかは甚だ疑問だが、素直で純粋なナンさんは「左様でしたか……」などと騙されてしまっている。
どう考えてもルピィによる口からデマカセなのだが。
自分の趣味でイジメておきながら僕の為などとは――盗人猛々しいわ……!
明日も夜に投稿予定。
次回、五一話〔謎の心臓発作〕