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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
第四部 吹き荒れる嵐
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四九話 最後の仕事

 さて、最後の仕事の時間だ。

 もう乱戦は終焉を迎えつつある。

 ほとんどの賊は仲間たちによって断罪されている。


 死の追跡者であるルピィも戻って来ているので、この村には仲間全員が怪我なく揃っているのだ。

 賊側に残っているのはただ一人、乱戦中も傍観者に徹していた首領だけだ。

 僕は最初で最後の通告を告げる――


「僕はアイス=クーデルン。大人しく投降して質問に答えてくれるならば、クーデルンの名に懸けて――苦痛のない死を約束しますよ」


 これが最大限の譲歩だ。

 僕はこの男を()()()()()()()()()()()()


 兄妹の記憶には、この男の存在もあったのだ。

 この男は悪魔の側近に近い立ち位置にいただけではなく、両親を殺害する兄妹たちをあざ笑いながら見ていた。

 ……こんな外道を生かしておく価値などない。


 だが、周囲を囲まれている四面楚歌の状況でも、男の余裕は崩れていない。

 男は悠然とした態度で戦場を――とくに、僕が解術を行使する様子を興味深そうに観察していたのだ。

 ――そしてなぜか、僕の名乗りを受けた男の顔に笑みが広がった。


「ハハッ、ハハハッ! そうか、そういう事か! オーグ様の術を解ける人間が存在したとはな。――それにそこの女、お前は森に送られた〔殺戮人形〕だろう?」


 男は勝手に何かを納得した様子だ。

 そして、男が敬称で呼ぶ『オーグ様』なる存在は、多分あの悪魔のことだろう。

 この尊大な男が敬う対象だ。

 消去法で考えても他にいるとは思えない。


 それに、同じ研究所の出身だからなのかフェニィの事も知っているらしい。

 殺戮人形とは、たしか研究所時代のフェニィのあだ名だったはずなのだ。

 フェニィも知っている男なのかな? と様子を窺うと――『誰?』という顔だ。


 向こうが一方的に知っていただけなのか、フェニィが忘れているだけなのか、どちらもありそうだから判断しがたい。

 フェニィは他人への関心が希薄なので、顔を覚えることを苦手としているのだ。

 そんなフェニィの冷たい視線を気にする事もなく、男は上機嫌に言葉を続けた。


()()()()()武神のガキが殺されにきてくれるとは、わざわざ捜す手間が省けたぜ。ハハハッ、それに殺戮人形も他のヤツラも使えそうな手駒じゃねえか。使えない部下どもを処理した褒美だ――オレの部下にしてやるよ」


 尋問するまでもなく次々に情報が出てくるのは楽である。

 しかし、この男が僕らを捜していた……? 

 おそらくはあの悪魔の命令なのだろうが……なぜそれほど僕とセレンに固執するのだろうか?


 それに――乱戦で部下が殺されていても動かないと思ったら、僕の仲間を部下にするつもりだったとは。

 なんて図々しい男なんだろう……謙虚な僕には考えられない発想だ。

 他人の家に無断で上がり込んだ挙句、家主に食事を要求しそうな鉄面皮である。


 しかもこの男の部下になることが〔最高の名誉〕であるかのような口ぶりだ。

 過去に軍国の王子も似たような事を言っていたが、何でも思い通りになるような環境で育つとこんな思想になるのだろうか?


 当然の反応だが、偉ぶった人間を嫌う仲間たちは一様に不快そうな顔だ。

 さっきまで死体に話し掛けていたクレイジーなアイファでさえも『この男、頭がおかしいのではないか?』という眼で軽蔑の視線を送っている……これは中々の屈辱!


 だが、男に情報秘匿意識が無いことは好都合と言える。

 あまり会話を交わしたい相手ではないのだが、ここは我慢のしどころだろう。


「僕ら兄妹をつけ狙う理由はともかく……なぜ、民国の村々を襲撃していたのですか?」


 あの悪魔が僕たち兄妹に執着している理由も気掛かりだが、それよりも気になっている事がある。

 話のニュアンスからすると、この男は僕とセレンを目標として動いていたような節があるのだ。

 僕らは教国で精力的に活動していたので、周辺の国にもクーデルンの名前が聞こえていた可能性はある。

 だから、この男が教国を目指してやってくるのならば理解は出来る。


 しかしこの男は、教国には向かっていない。

 それどころか民国の――それも辺境の村落を襲っていたのだ。

 しかも近辺の盗賊を支配下に置いた上で、だ。

 部下の意思を優先していたのかとも考えたが、その部下たちにしてもあっさり見捨てているのだ。

 行動に合理性が感じられないと僕が思うのも自然な思考だろう。


「――ハハハッ、なぜ村を襲うかだと? ()()()()()に決まってんだろ! 不様に命乞いをする劣等種を殺していくのは最高に面白ぇじゃねぇか!」


 ……やはり駄目だ、この男は。

 価値観が違いすぎてやり取りを交わすのも苦痛になってきた。

 こうなれば、四肢を落として動けなくしてからゆっくり尋問することにしよう。

 四肢を落として生かしておくのは残酷な事だと教えられているのだが、相手が残虐非道な輩ならば遠慮はいるまい。


 仲間と一緒に取り囲むまでもない、この程度の相手なら僕一人で充分だ。

 殺気を膨れ上がらせていた仲間を手で制し、僕は一歩前へと進み出た。


「ようやくいい眼になったじゃねぇか、アイス=クーデルン。――来いよ。最強の神持ち、砕神のマジード様が相手をしてやるよ!」


 男は名乗りを上げるのと同時に、その拳を民家の壁に当てた。

 砕神の拳が壁に触れた刹那――――民家が砂のように砕け散った。


 ふむ、一軒家が跡形もなく消えるとは……砕術か。

 直接接触しなければこれほどの威力は出せないようだが、腐っても神持ちということか。

 これにフェニィ並の身体能力が加わるとなると、相当の難敵と言えるだろう。

 恥ずかしげもなく〔最強の神持ち〕などと思い上がってしまうのも無理もないのかもしれない。


 それでも、僕の想定内に過ぎない力だ。

 当初の見立て通り、僕一人でもおつりがくることだろう。


 ……いや、待てよ。

 せっかくの機会だ。

 今こそ、旅に持参してから一度も使用していない、この背中に背負った〔天穿ち〕を使う時ではないだろうか?

 ネイズさん形見のこの大剣だが、嵩張っているわりにはこれまで使用機会に恵まれなかったのだ。

 自称〔最強の神持ち〕なら、相手にとって不足なしというものだろう……!


 僕の戦意に反応したのか――フードで安眠していたマカが目を覚ました。

 マカはもそもそと僕の肩に移動して辺りを見回している。

 フードから避難してもらうほどの敵でもないのだが、万が一と言うこともある。

 起きてしまったのなら丁度いい、僕から離れてもらっておいた方が良いだろう。


 ――しかし、マカの行動は僕の意表を突くものだった。

 いや、僕だけではない。

 砕神のマジードが受けた衝撃は、僕のそれとは比にならないものだったはずだ。


 肩から飛び降りて避難するとばかり思っていたマカだったが――「ニャッ!」と弾丸のような勢いで飛び立ったのだ……!

 咄嗟に動けなかったマジードの横を、小さなマカが疾風のように飛び抜ける。


 ――――それで全てが終わっていた。

 驚いたマジードの顔がズレていく。

 目が、鼻が、口が、それぞれ輪切りにされてズレ落ちた。


 ()()()

 マカが飛び抜け際に魔爪を振るったのだ。

 弾丸のような速度で飛び――すれ違いざまの一閃。


 魔爪が現出していたのは一秒にも満たなかった。

 攻撃の一瞬だけ、マカは長い魔爪を創ったのだ。

 そして魔爪術の強度は魔力量に比例する。

 魔術系の神持ちであるマカの魔爪を正面から防げる人間は少ない。

 マジードは回避行動を取れなかった時点で詰んでいたのだ。


 便利で強力な魔爪術だが、誰にでも簡単に使えるわけではない。

 というより、人間で魔爪術を扱う存在はフェニィと僕以外には会った事がない。

 元々魔爪術は、人間よりも動物――獣に親和性が高いのだ。

 マカならば使いこなせることだろうと特訓していたのだが、まさに僕の期待通りだったわけだ。


 それにしても、口ほどにも無い男だった。

 不意をつかれたとはいえ、これほどあっさりマカに切り刻まれるとは――――いやいや、なんでマカは殺害してしまっているんだ……!


 生け捕りにして情報を吐かせようと思っていたのに、これでは話が聞けないじゃないか。

 まったく、これは困ったなぁ……。

 バラバラになった顔パーツを繋げたら復活しないだろうか……?

 しかし、この〔福笑い復活法〕には大きな問題がある。

 間違えて〔目〕の部位を〔口〕に付けようものなら――目が口ほどに物を言っている状態になってしまうのだ……!


 ……おっと、いかんいかん。

 混乱している場合ではない。

 今や戦場の空気はかなり微妙なものになりつつあるのだ。

 僕と砕神のマジードが一騎討ちをする流れになっていたのに、僕のフードから出てきた仔猫が瞬殺してしまっているのである。

 まるで――僕が騙し討ちをしたかのような空気!


 卑劣な策略で勝利したような雰囲気になっているが、驚いているのは僕の方だ。

 思わず『マジードさん、マジっすか!?』と口走ってしまうところだった。

 僕が居たたまれない気持ちで唸っていると、マカが駆け戻ってきた。


 ……くっ、マカが僕の足元で「どうニャ!」とばかりに首を上げている。

 僕が敵意を向けていた相手を先んじてやってやったつもりなのだろう。

 止むを得まい、こうなれば――マカを褒めるしかない!


「オゥ、グレイト! こいつはとんだスーパーキャットだ! まさか僕がダルマにしようと思っていたところを〔ダルマ落とし〕にされちゃうとはね!」


 首を上げて「撫でるニャン」と主張していた顎の下を撫で回しつつ、僕はマカの仕事を褒め称えた。

 そしてさりげなく〔マカの独断専行〕であった事を周囲に大声で主張するのも忘れない――そう、僕の本意では無かったのだ!


 マカはむずがっているポーズを見せながらも、「ここも撫でるニャン」と言いたげに無防備なお腹を晒している。

 ふふ、正直なヤツよ……期待に応えてやろうではないか。

 僕がマカの活躍を褒めちぎりながらナデナデしていると、衝撃的結末から我に帰ったらしいジェイさんが歩み寄ってきた。


「アイス君……その不愉快な猫は、ひょっとして神獣かい?」


 おっと、明らかに好意的とは言いがたい枕詞(まくらことば)が付いているではないか。

 しかし、ずっと寝ていたマカが美味しいトコ取りしたような格好なので、周囲の反感を買ってしまうのも仕方がないのかもしれない。

 ……セレンなどは今日一番の殺意をマカに向けているのだ。

 とりあえず、ジェイさんにだけでもマカの魅力をプッシュしなくては。


「そうですよジェイさん、マカは神獣です。強いだけじゃなくてこんなに可愛いんですよ!」


 ここぞとばかりに目を細めてゴロゴロしているマカを猛プッシュしてしまう。

 だが、ジェイさんの反応は芳しくなかった。


「そうだろうか? 目つきが悪くて生意気で可愛くは……あ、いや、アイス君のペットを悪く言うわけではないんだ」


 やれやれ……残念ながらここでもマカは憎まれっ子らしい。

 たしかにマカの目つきは細くて鋭い。

 しかし、元々が野良ニャンコなのである。


 警戒心の強さから厳しい視線になってしまうくらいは許してあげてほしい。

 ともあれ、マカがいつも通り冷たい視線を浴びてしまっているので、この空気を早々に入れ替えるべきだろう。


「マカはペットではないですが……それはそれとして、こうして無事に賊を撃退したわけですから――早速祝勝会といきましょう!」


 そう、僕らは勝利したのだ……!

 村人やジェイさんの部下に怪我人はいるものの、幸いにも死者は出ていない。

 家屋の被害にしても――火をつけられたり粉々に粉砕されたり、はたまた壁に穴を開けられたりはしたが、壊れたものはまた作り直せば良いだけだ。


 もちろん僕も復興に力を貸すつもりだ。

 困っている人に協力するのは当然の事である。

 そう、賊が破壊した壁の穴を――僕がササっと修復してやろうではないか!


明日も夜に投稿予定。

次回、五十話〔厚遇の祝勝会〕

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