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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
第四部 吹き荒れる嵐
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四八話 解き放たれた枷

 今や戦場の空気はセレンが支配していた。

 この場の時間が止まったように、皆が争闘の手を止め、息を止め――セレンに魅入っていた。


 賊側の首領らしき男は、村内の争いをせせら笑いながら眺めていたのだが、今は笑みを消してセレンの顔を凝視している。

 セレンの力量を察していたはずのジェイさんでさえ、その手際の良さが想像を上回っていたのか、目を見開いて驚いているのである。

 小柄な体躯の可憐な少女が、巨漢の男をまたたく間に秒殺したのだ。

 そのインパクトは絶大だったという事だろう。


 そのセレンは異様な空気感を気に掛けるでもなく、ちらりと僕に視線を向ける。

 それはまるで自分の戦果を誇るかのような視線だったので、おのずと僕は微笑ましい気持ちになり自然に笑みが浮かび上がった。


 にっこり笑顔の僕に対して、セレンの表情には変化が無いようにも見えたが……わずかにその口元が緩んでいるのを見逃さない!

 ふふ……相変わらずセレンは可愛いなぁ。

 きっと『にぃさまが褒めていた空神より、私の方がずっと有能ですよ』とアピールしたかったのだろう。

 そんな自己アピールをしなくても、セレンの優秀さは僕が一番知っているのに。


 ――おっと、いけない。

 いつまでもセレンに見惚れている場合ではなかった。

 なにしろ戦場の誰もがセレンに目を奪われていたのに、僕の相手だけはお構いなしに攻撃を続けてきていたのだ。

 洗脳術下にいるので仕方がないとはいえ、セレンの勇姿に見向きもされないのは悲しいことである。


 というか……この兄妹は中々に手強いので解術を仕掛ける余裕がない。

 僕とは魔力差があるから解術自体は一秒も掛からないはずだが、これほどの相手に一瞬でも隙を見せるのはまずい。


 かといって、兄妹たちを傷付けるような真似はしたくない。

 すでに蹴飛ばしてしまっているのだが、あれはやむを得ない措置だったのだ。

 迷いながら二人の攻撃をいなしていると、僕へ救いの声が届く。


「……抑えといてやる」


 頼りになる親友、レットだ。

 その声がぶっきらぼうなのは、洗脳術で人を利用するような所業にレットも憤っているからだろう。

 この兄妹が洗脳術の支配下に置かれていることを、目敏いレットが気付かないわけがないのだ。


 ちなみに他の仲間たちは、早くも各々好き勝手に暴れ回っている。

 どうやら、レットに僕のサポートを託したつもりでいるらしい。

 悪を許さないフェニィ先生は、家屋に火をつけていた賊を一刀両断している。

 ……村人の態度からすると、賊よりもフェニィの方が恐れられている気がする。


 常日頃から正義の味方を公言しているルピィは、セレンに恐れをなして逃げたと思われる賊を追い掛けていった。

 ルピィは逃げる敵を絶望の淵に追い詰めることを趣味としているのだ。

 ……正義とは、何なのだろうか。


 まだ実力的に不安な面があるアイファは、セレンの手練に呆然としていた賊の一人を首尾よく仕留めている。

 そのアイファは「私の二段突きを見たか!」などと大威張りなのだが、どう見ても話し相手は即死している……。

 これではまるで――死体に話し掛けているアブナイ人みたいだ……!

 きっと初の実戦でテンションが上がり過ぎているのだろう……うん、仕方ない。


 そして最後の仲間。

 我らがマスコットのマカちゃんは……昨晩の夜更かしが祟ったのか、まだフードの中でお休み中である。

 生命の危険を感じれば起きる子ではあるので、この程度の乱戦では起床にも値しないという事だろう。


 ともあれ――レットが鎌神持ちの女性を受け持ってくれたので、僕は僕でやるべき事を済ませるとしよう。

 身体能力が高い武器系の神持ちとはいえ、解術の難易度はフェニィや父さんとは比較にもならない。

 無論、この兄妹がやりやすいというわけではなく、あの二人が規格外なのだ。


 僕は男が突き出した腕を掻い潜り――流れるように男の顔を鷲掴(わしづか)みにする。

 絵面は良くないが、まだもう一人残っている。

 効率を重視して手早く終わらせるべきなのだ。

 抱きついて解術を行使した方が早いのだが、今回はそこまでする必要は無い。

 ……時間は掛からない。


 …………これで終わりだ、次に行こう。

 洗脳術は解けた。

 虚脱して座り込んでいる甲神のお兄さんには、もう敵意が感じられない。

 妹さんも……早く開放してあげなくてはならない。


 鎌神持ちの妹さんは虚ろな目で斬撃を繰り返しているが、レットの盾を前に攻めあぐねている。

 僕が声を掛けるまでもなく、レットは事態の推移を悟ったらしく――「任せたぞ」と一言残して他の賊の元へと向かった。

 レットは僕の返事も待たず、振り返ることもなく走り去る。


 ……さすがにレットは気が利く。

 今の僕には会話をするだけの余力がない。

 それに、泣き顔を人に見られたくもない。


 甲神持ちに解術を行使したことにより、妹さんの事情も把握してしまっている。

 泣いている場合ではない。

 早く、こんな事は終わらせよう。

 妹さんは戦線を離れようとするレットに襲い掛かろうとしていたが、目の前の敵しか見えていない隙だらけの背後から――僕はその首を掴んだ。


 …………これで、二人とも終わりだ。

 解術はたしかに成功した。

 僕には兄妹の記憶が流れ込んできているのだ。


 この兄妹は、それぞれ()()()()()()()()()()()()()()

 それが洗脳術の核となっていた記憶だ。

 そしてその術者は、やはりと言うべきか――――あの悪魔だった。


 絶望を振り撒き続けているあの悪魔の存在には……歯が砕けそうなほどに歯軋りをする思いだ。

 同時に〔研究所を叩き潰す〕と決めた事は間違ってなかったと実感させられた。

 あの研究所は潰すべきだし、あの悪魔はこの世界から排除すべきだ。


 ……っと、その前に。

 僕は()()()()――妹さんが自刃しようとしていたのだ。

 無理もないことではある。


 フェニィや父さん、あの二人は強靭な精神力を持っていたから堪えられたのだ。

 自分の意思を保ったまま人を殺めるなどとは、並大抵の苦痛ではない。

 おそらく僕も同じ立場に置かれてしまったら、同じように自死を選ぶはずだ。

 しかし不幸中の幸いと言っていいのかは分からないが、まだ彼女には、同じ境遇に置かれていた〔家族〕が残っている。


「……貴方のお兄さんを、お願いします」


 僕の言葉に、妹さんはハッとしたように顔を上げた。

 そう、彼女にはまだ兄がいる。


 甲神のお兄さんは放心しているように動かないが……正気に戻れば妹さんと同じ行動を取る予感がある。

 一人では背負いきれないほどの過去かも知れないが、兄妹で支え合えれば多少は軽くなることだろう。


 妹が兄を気遣わしげに見やる瞳には、先ほどまでとは違い光が灯っている。

 おそらくこの兄妹は、これから先も生きていけるはずだろう。

 ……そう切に願うばかりだ。


明日も夜に投稿予定。

次回、四九話〔最後の仕事〕

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