四七話 戦場の支配者
その街では、民国各地を〔賊〕が襲撃しているという噂が広がっていた。
そしていよいよ空神が賊の撃滅に動いたという情報を耳にした瞬間――僕は猛烈に嫌な予感に襲われた。
ここで僕が何もしなければ、必ず後悔することになるという予感だ。
ジェイさんほどの実力者がむざむざ返り討ちに遭うとは思えないが、賊の中には神持ちが複数名いると言われているのが引っ掛かったのである。
神持ちが複数――それほどの規模の戦力ともなると、一連の襲撃事件には帝国が関与している可能性が高いだろう。
過去にも帝国は、軍国だけでなく民国にも侵略戦争を仕掛けていたが、現在は〔休戦協定〕が結ばれて争いは途絶えている。
だが、以前の戦争の頃から帝国の行動には不可解な点が多かったのだ。
そもそも休戦協定が結ばれた経緯からして謎が多い。
三十年以上前――帝国が一方的に民国へ宣戦布告を行い、戦争は始まった。
そして帝国は、民国が瓦解する瀬戸際まで疲弊させておきながら、なぜか唐突に民国と休戦協定を結んだのだ。
しかもこれは、帝国と軍国との戦争中の出来事でもある。
帝国は無益に戦線を広げておいて、表向きには何も得ることもないままに民国と休戦協定を結んだことになる。
裏で何か取引があったのではと言われているが……なんとなく僕には、帝国のその行動は〔大陸に混乱を起こすこと〕だけが目的であったように思えてならない。
そんな事をしても何の利益を得られるわけもないのだが、漠然とそんな感覚が脳裏から消えないのだ。
そして帝国の神持ち集団と聞けば、あの研究所のことを想起せざるを得ない。
主に軍事目的の為に神持ちを研究している施設。
反抗的な神持ちには〔洗脳術〕まで行使して運用するという外道な研究所だ。
……以前にフェニィから聞いたことがあるのだ。
自分の後継機が現れたこともあって、扱いの難しいフェニィが排斥の森の防衛に送られた、と。
もし民国を襲っている賊が研究所の連中となると、ジェイさんの身が危ない。
フェニィほどの圧倒的な存在が混じっているとは考えにくいが、それに近い資質を持った神持ちがいる可能性があるのだ。
ここは早急に動く必要がある――
「ルピィ、頼めるかな?」
「空神がどこにいるか調べるんだね? そんなの楽勝楽勝~」
ジェイさんの援護に駆けつけようにも、何処に向かえば良いのかも分からない。
逸る気持ちを抑え込み、まずはジェイさんの居場所を特定する必要がある。
そんな思いを込めてルピィに依頼すると、さすがのルピィはみなまで言う必要もなく察してくれている。
困った時には本当に頼りになる人なのだ。
普段の悪行三昧をもう少し改めてくれれば完璧な人なのだが……。
――――。
――襲撃が予想されている村へ着いて、僕は驚かされた。
既に村の中では乱戦が繰り広げられていたのだが……なんと、山で隠遁生活を送っているはずのドジャルさんがいるではないか。
何故こんな鉄火場に、隠居したはずのドジャルさんが……?
僕が思考する間もなく、ドジャルさんに襲撃者の魔の手が迫る――
――ドゴッ!
僕は咄嗟に襲撃者を蹴り飛ばす!
しまった――手加減をする余裕が無かったせいで、勢いよく飛んでいった男が民家の壁を突き抜けてしまった……!
民家の主は避難していただろうか?
もし在宅中であれば『壁から失礼』という小粋な訪問で驚かせてしまったかもしれない。
それに状況を判断する暇が無かったが、実はドジャルさんが襲撃者側の人間で、あの男が村を守っていた可能性もあったのだ。
……そうなると僕も襲撃に加担したことになってしまう。
――いやいや、ドジャルさんが悪事を働くわけがない!
仮にも師匠であった人に対して何という非礼な考えだ。
よく見ればジェイさんも闘っているので、ドジャルさんは友人として救援に来ているのだろう。
僕が内心の失礼な考えを反省しつつ、懐かしのドジャルさんと再会の挨拶を交わしていると、戦闘中のジェイさんも僕の存在に気が付いた。
「アイス君、アイス君じゃないか! ああ、またアイス君に再会出来るとは、今日はなんて幸せな日なんだろう……」
村のあちこちで火の手が上がっているのに不謹慎な事を言い出すジェイさん。
普段は良識的な人格者なのだが、時々場の空気が読めなくなってしまうのだ。
……しかし相変わらずのジェイさんに僕は安心してしまう。
喜色を浮かべて僕に話し掛けてきているのだが、今もジェイさんは攻防の真っ最中なのだ。
器用なことに、顔をこちらに向けながら正面にいる敵の攻撃を捌き続けている。
村の現状からすると余裕が無さそうなのに、それを感じさせない余裕ぶりだ。
見もしないで攻撃に対応している上に、間隙を縫って反撃までしているのだ。
ジェイさんは相当の使い手だと思っていたが、まさに僕の目に狂いは無かった。
だが、相手の巨漢も相当なものだ。
打撃音だけでもジェイさんの攻撃の重さは伝わるが、一向に巨漢は倒れない。
間違いなく神持ち――それも肉体系の神持ちだ。
というより、襲撃グループを見渡すと戦闘系の神持ちばかりが揃っている。
……これは僕らが駆けつけて正解だった。
いくらジェイさんたちがいたとしても、この戦力差では分が悪いことだろう。
しかし、今やここには僕たちがいる。
もはや形勢は逆転していると言えるだろう。
一つだけ問題があるとすれば、敵の戦力を分析する限りでは連中は〔帝国の主力部隊〕と考えられるということだ。
ここで交戦してしまうという事は、完全に帝国を敵に回すということになる。
当初の目標であった平和的な話し合いが困難になることは間違いない。
だがもちろん、ここでジェイさんたちに助勢しないという選択肢は存在しない。
この賊たちは罪なき人々を虐殺しているような悪党集団とも聞くし――なにより、友人たちが窮地に陥っているのだ。
今後の予定は狂ってしまうが、この局面での優先順位は明白だ。
そしてこれは帝国との戦争行為に他ならないが、仲間たちを巻き込むことについても躊躇などしない。
ここで遠慮などしたら、却って仲間たちを怒らせてしまうことだろう。
それに敵が戦闘系の神持ちであろうとも、僕の仲間たちが負けるわけがない。
僕は眼前に立つ〔二人の敵〕に注意を払いながら皆に声を掛ける。
「この二人は僕が相手をするから、他の連中を任せてもいいかな? 首領っぽい奴だけは話を聞きたいから生かしておいてね」
そう、目の前の二人だけは僕が対応する必要がある。
一人は、先ほど僕が蹴飛ばしてしまった手甲を付けた男。
もう一人は、その男を守護するようにやってきた女――鎌を持った女だ。
僕の見立てでは二人とも武器系の神持ちなので、〔甲神〕と〔鎌神〕だろう。
……手甲は防具ではあるが、分類上は武器系の神持ちと変わらないのだ。
この男女は顔も雰囲気もよく似ている。
おそらくは兄妹だろう。
そして特筆すべきは、この二人は肉体系の神持ちでもないのに、その身体能力は一般的な神持ちの範疇を越えているということだ。
男には僕の蹴りが直撃しているにも関わらず、今も平然と立っているのだ。
この兄妹と近い性質を持っている人間を僕は知っている――そう、フェニィだ。
フェニィは魔術系の神持ちなのに、肉体系の神持ちに近い身体能力を持っているのだ。
兄妹とフェニィの特徴の一致。
そして、なにより……この二人の〔瞳〕。
臨戦態勢にありながら殺気を感じさせない瞳。
ただ決められたことに従うだけの意思のない瞳。
間違いなくこの兄妹は――洗脳術の支配下にいる。
これだけの符号の一致だ。
考えるまでもなくこの二人は、フェニィと同じ研究所の出身だろう。
フェニィと同じ境遇にいる人間がいる事は想定していたが、いざ目の当たりにするとやはり辛い……一刻も早くこの二人を開放してあげるとしよう。
賊側にはあと七人も神持ちが控えているが、仲間たちが上手くやってくれることだろう。
「――これがにぃさまの称賛していた空神ですか。この程度の輩に手間取っているようでは話になりませんね」
おっと、いきなりセレンがジェイさんを挑発し始めてしまった……!
どうやら僕がジェイさんを褒め過ぎてしまっていたせいか、セレンは密かに嫉妬していたのだろう。
これはジェイさんが気を悪くするのでは? と心配してしまったが、ジェイさんは〔僕が称賛していた〕という事実が嬉しかったらしく、敵の攻撃を捌きながらキラキラした笑みを僕に向けている……。
そんなに嬉しそうにされると照れてしまうなぁ……などと僕が考えていると、ジェイさんに遊ばれていた巨漢の男が突然吠えた。
「……ッ、ちくしょうがッ! どいつもこいつもオレを舐めやがって、オレは堅神のガルだぞ!!」
ご丁寧に巨漢の男が自己紹介をしてくれた。
そしてなるほど、〔堅神〕か。
どうりでジェイさんの打撃を受けても痛痒を感じさせないわけだ。
鉄壁の防御が取り柄のようだが、民国の最大戦力であるジェイさんを釘付けに出来ているほどの堅さだ。
実際、かなり強力な加護ではあるのだろう。
戦略的に考えれば、堅神はそのままジェイさんを足止めしておくべきだったのだが――自身より遥かに小柄なセレンに『この程度』と揶揄されたのが気に障ったらしい。
堅神は「このガキ、捻り潰すしてやるッ!」と攻撃対象を切り替えてしまった。
この男は気付いていないが、この戦場でもっとも敵に回してはいけない存在がいるとすれば、それは間違いなくセレンだ。
……これは、終わったな。
そう考えたのは僕だけではない。
ジェイさんもセレンに後を託すように下がったのだ。
鑑別眼に長けているジェイさんだけあって、一目見ただけでセレンの力量を見抜いたらしい。
堅神が巨大な手でセレンに掴み掛かろうとした刹那、鮮やかな空気投げにより巨漢が宙に舞う。
そしてその巨体が地面に落ちるのと同時に――ゴキッ、とセレンが男の首を踏み折った。
――――まさに秒殺。
男がいくら堅術で身を守っていようとも、セレンの膨大な魔力を込めた一撃を防げるわけもない。
堅神が不用意にセレンに掴みかかろうとした時点で、この勝負は決していた。
……レットが顔を青くしているのも無理はない。
模擬戦でレットもポンポン投げられてボキボキ折られていたのだ。
空気投げから肋骨を踏み折られたことだって一度や二度ではない。
もし自分も首を折られていたら……と、想像してしまうのも無理からぬことだろう。
明日も夜に投稿予定。
次回、四八話〔解き放たれた枷〕