四五話 思わぬ報せ
「アイス、私は別に構わないのだが……最近野宿が多くないか?」
構わないと言いつつ不満げな声を上げているのは、仲間内でも屈指の温室育ちであるアイファだ。
しかし、アイファが文句を言う気持ちも分からなくはない。
最近の僕たちは、街の宿屋に全然泊まっていないのだ。
……もちろん原因は明らかである。
「うん――お金が無いからね!」
そう、路銀が底を尽きつつあるのだ……!
旅立ち前にナスルさんから潤沢な餞別をもらっていたのだが、やはり教国での資金提供が大きかった。
まさかナスルさんも――教国で土地を買って畑を耕していたとは夢にも思うまい……!
ちなみに資金については、譲渡したわけではなく〔貸した〕という形ではある。
本来は自活出来るだけの能力がある人たちなのだ。
一方的に施すような真似は却って失礼というものだろう。
彼らの生活が軌道に乗ってお金に余裕が出来てきたら、軍国に送金してもらう手筈になっているのだ。
いつもナスルさんには僕たち絡みで請求書ばかりが送られているのだが、今回ばかりは現金が送られてくることになるわけだ。
僕たちの汚名返上の為にも、教国の皆さんには頑張っていただきたいものだ。
とにかく、いずれにせよ僕たちにすぐお金が入ってくる話でもない。
定期的に魔獣を狩ってその素材を売却してはいるのだが、ここのところ〔大物〕に出会えていないので収入は微々たるものだ。
魔獣素材は当たり外れが大きいので、稼げない時は本当に稼げないのである。
密かな副収入源である盗賊退治だが、こちらも最近はご無沙汰してしまっているので金欠は加速するばかりだ。
……盗賊の存在に期待するような考え方は不謹慎なのだが。
魔獣の肉があるので食うに困るような事は無いにしても、宿屋に泊まってお風呂に入るような余裕が無くなってしまうのは必然だ。
「金が無い……そんな事があるのか」
おっと、アイファから温室育ちぶりを露呈するような発言だ。
アイファは物心ついた時には大聖堂で住み暮らしていたらしいので、金銭感覚が常人とは異なっているのだ。
昔は大聖堂に籠りがちだったとも聞いているので、実際にお金を使う機会が少なかったことも影響しているのだろう。
実際、大聖堂の中では金銭が動くことはほとんど無いのだ。
ちなみに僕はその例外に当て嵌まってしまっている。
謁見室の天井を胴上げでベコベコにしてしまったという事で、僕が修繕費用を支払わされているのだ。
そう――被害者の、僕が、弁償したのだ!!
別に僕は金にがめついわけではない。
しかし……これほど納得のいかない支払いも珍しい。
「――大丈夫だよアイファちゃん。もうすぐ民国に着くから、民国の空神からお金をふんだくればいいんだよ」
ルピィが人間性を疑いたくなるような言葉でアイファを励ましている。
いつものルピィならば『お金が無いなんてあり得ない!』みたいな隙だらけの発言をした人間は徹底的にやり込めてしまうのだが、同じ平原の民であるアイファには甘いのだ。
「空神……たしか、にぃさまに纏わりつく害虫のような人間でしたか」
この悪意しか感じられない情報のソースは、間違いなくルピィだろう。
僕の友人をどのように説明したのかは気に掛かるが、それが虚構で埋め尽くされたものであることは間違いない。
「セレン、そんな言い方は駄目だよ。空神のジェイさんは僕の友達なんだ。非常識な変人であることは否定できないけど、すごく優しい人なんだよ。だから――惜しみなく大金をくれるはずさ!」
「結局金を無心するのかよ……」
すかさずレットが突っ込んでくる。
やれやれ……レットは分かっていないな。
友人が困っていたら力を貸すのは当然の事なのに。
別に僕はジェイさんを〔財布〕として見ているわけではないのだ。
僕だって立場が逆ならば、私財を全て投げうってでも力になるつもりでいる。
そう、ジェイさんも同じ気持ちを共有しているに違いないのだ……!
もちろんこれは、自分に都合の良いことだけを言っているのではない。
有言実行というわけではないが、既に僕は行動で証明してしまっている。
そう、現在の困窮こそが――友人にほぼ全財産を提供してしまった影響なのだ!
教国で知り合った新しい友人が困っていたのだから、私財を放出することなど惜しむわけがないのである。
さすがに金銭面でジェイさんの役に立てる日は来ないとは思うが、以前に神獣討伐を請け負った時のように、僕に出来る範囲で役に立ちたいものだ。
そんな事を僕は考えていたが……民国を間近に控えた街で、思いもよらぬ情報を聞くことになった。
それは――ジェイさんが危難に陥っているという報せだった。
明日も夜に投稿予定。
次回、四六話〔防衛戦〕




