四四話 再生の息吹
あれから二週間が過ぎた。
僕たちは元裏組織の面々に技術指導をしながら、金とコネで買った広い土地を一丸となって耕していた。
もう完全に旅の目的を忘れつつあったのだが、ある日の『そろそろ次に行こうよ!』というルピィの言葉に旅の本懐を思い出す。
きっとルピィは畑仕事に飽きたのだろうとは思うが、実際のところ伝えるべき事を伝え終えているのも確かなのだ。
それに、組織の人たちへの資金提供や宿屋への宿泊費用が嵩んでいるので、そろそろ手持ちのお金が乏しくなってきている。
あらゆる意味でそろそろ潮時だろう。
――――。
そして旅立ちの日。
僕たちの見送りには組織の人たちやケル君だけではなく、滞在中に親しくなった人々も大挙して押し寄せてきている。
今まで、これほど大勢の人々に別れを惜しまれたことがあっただろうか……?
以前に教国を発った時などはケアリィに塩を投げつけられたくらいなのに……変われば変わるものである。
「――アイスの旦那には本当にお世話になりやした。いくら感謝しても足りやせん」
「お礼なんて良いんですよ。どうしてもという事でしたら……レットを胴上げしてやってください!」
「え!? ちょ、ちょっと……」
戸惑うレットだったが、善意の奔流を断りきれずに華々しく空を舞っている。
よしよし、ついにレットを胴上げしてやる事に成功したぞ。
レットが大人気過ぎて担ぎ手に入り込む余地がないのだが、輪の外から眺めるのもこれはこれでオツなものである。
僕が心の中で『レットおめでとう!』と祝福を送っていると、幼い兄妹たちが僕へと近付いてきた。
「兄ちゃんには色々言いたい事はあるけど…………一応、礼を言っておくよ」
奥歯に物が挟まったような感謝の言葉だ。
きっとケル君は照れているのだろう。
遠慮せずに『ありがとう、これから毎晩感謝のお祈りを捧げるよ!』と言ってくれればいいのに……でも、それは呪ってるみたいだから止めてほしい!
最近のケル君は内職で日銭を稼ぎつつ、僕たちによる職業訓練を受けていた。
盗持ちだけあって手先が器用なので〔木彫り細工〕や〔金物細工〕を教え込みつつ、妹のキィちゃんを守れるようにと戦闘訓練まで敢行してしまっている。
この二週間でもっとも忙しかったのは、間違いなくこのケル君だろう。
まだ幼いながらも僕たちによる熱心な教育を受けたので、余程の事がない限りは人生の荒波を乗り切ってくれるだろうと僕は確信している。
日に日にケル君の喜怒哀楽が薄くなっていったので心配していたが……この様子なら大丈夫そうだ。
「――アイスお兄ちゃんありがとう。マカちゃんもばいばい」
「にゃ」
マカが尊大な態度で「達者でニャ」と声を掛けている。
兄妹の家には頻繁に訪れていたので、人見知りがちなマカも慣れたようだ。
相変わらずキィちゃんが触ろうとすると尻尾でバシッと払ってしまうのだが、僕やレットにやる〔ムチのような一撃〕とは違い、子供向けに手加減しているのだ。
身体は一向に大きくならないが、マカも日々成長しているようで嬉しい。
「私の畑……」
畑に未練がましく執着しているのはアイファだ。
意外にもアイファとフェニィは農作業が性に合ったらしく、楽しそうに開墾しながら農地を拡げていったのだ。
農術を駆使していた影響で、作物の成長が早かったことも良かったのだろう。
畑仕事の成果が分かりやすい形で結実していくのは、純真な二人でなくても楽しいものなのだ。
二人とは対照的になるが、畑仕事に消極的だったのは至高の存在たるセレンだ。
僕がやっているので仕方なく手伝ってくれている感じだったが、残念ながら農業はセレンの趣味では無かったようだ。
それはそれで構わないのだが……セレンは無趣味なところがあるので心配だ。
隙あらば色々な事に挑戦してもらっているのだが、未だに「これだ!」という反応を見せたことがないのだ。
しかし、僕自身も〔セレンと農作業〕という組み合わせは似つかわしくないと思っていたので、さすがに今回は無理があったと言える。
イメージ的には、椅子に座って紅茶を嗜みながらレットを働かせている方が相応しいのだ。
とにかく、悲嘆に暮れているアイファたちを元気付けてあげるべきだろう。
「ほら、ジャガイモの収穫は出来たからいいじゃないか。今日のお昼ごはんはこのジャガイモでコロッケを揚げてあげるよ」
本来であれば、ジャガイモは植えてから収穫するまで二カ月は掛かるのだが――あり余っている僕の魔力でもって農術を乱発した結果、わずか二週間でのジャガイモの収穫を可能としたのだ。
アイファたちほどではないが、すくすく成長していく作物たちには僕も愛着が湧いていたので、収穫するのが惜しかったくらいである。
「コロッケ、グラタン…………よし、行くぞアイス!」
……さりげなくグラタンが追加されてしまっている。
いったいどこからグラタンが飛び出してきたのだろうか……?
だが仲間のリクエストには応えてあげるしかない。
フェニィも楽しみそうにしているので、二人の期待を裏切るわけにはいかないのだ。
皆の感謝の言葉に見送られつつ、僕たちは街を発った。
「しかし見直したぞアイス。貴様はもっとロクでもない男だと思っていたが、困っている人々の為に動くとはやるではないか!」
この食いしん坊に上から目線で褒められると引っ掛かるものがあるのだが――やっぱり褒められるのは嬉しい!
「当然だよアイファ。君には黙っていたけど……実は僕たちは〔世直しの旅〕をしているんだ!」
褒められて調子に乗ってしまったので、思い付きで適当な事を言ってしまう。
しかし、口からでまかせ発言ではあるが、実際に世直しの旅と呼んでも過言ではない気がする。
なにしろ僕たちが例の諜報系の神持ちを撃退してからというもの、教国内での争いが激減しているのだ。
あの襲撃者が反ケアリィ派の最大戦力だったことから――中核を失った反抗勢力の勢いが衰えたという可能性もあるのだが、僕はあの男が〔反ケアリィ派の筆頭格〕そのものだったのではないかと予想している。
プライドの高い神持ちにとって、あたかも神持ち界の頂点に立っているかのように振る舞う聖女を目障りに感じても不思議ではないのだ。
……ルピィだって最初はケアリィに危害を加えようとしていたくらいだ。
あの男が、生活に不満を持つ人間を焚きつけて内戦を悪化させていたのだとすれば、これから教国内の争いは沈静化していく可能性は高い。
そして内戦の間接的要因となっていた貧困問題についても、僕らの八面六臂の活躍により解消されつつある。
そう――僕たちが総出で土地を切り開いたことにより、畑を管理する人間が足りなくなるほどに雇用を生み出しているのだ。
貴重な農持ちが存在していたことが幸運だったと言えるだろう。
本来であれば海に面した教国は農業向きの土地柄ではないのだが、農術をもってすれば塩分濃度の高さが問題となる〔土壌の改良〕でさえ可能とするのだ。
将来的には農術の術者を確保し続けるのが難しくなる可能性もあるが、そこまでは面倒見きれないので生活に余裕がある内に対策を練ってもらいたい。
とりあえず、教国内での軍事的緊張は緩和されつつあるので、このまま平和への道を邁進していく事を期待するばかりである。
アイファが「世直し……そうだったのか!」と純朴に信用している姿を生暖かい目で見守りつつ――僕たちは民国へと足を進めていった。
第三部終了。
明日からは第四部【吹き荒れる嵐】の開始となります。
次回、四五話〔思わぬ報せ〕