四三話 火が灯る発明魂
「……なるほど。働こうにも仕事がなく、家族を養う為に泣く泣く悪事に手を染めたわけですか」
予想はしていたが、聞くも涙語るも涙の弁明だった。
たしかに裏組織と呼ぶよりは〔貧しい人々の寄り集め〕といった感じだったので、聞くまでもなくそんな事だろうとは思っていたのだが。
元々は神持ちの親分に奴隷のように扱われていたらしいのだが、その親分が聖女暗殺に失敗して返り討ちに遭い――暴力に秀でたモギーが成り代わって悪事を率先していたらしい。
ちなみにこの人たちは、〔反ケアリィ派〕というわけではないようだ。
組織のトップが聖女暗殺に及んだわけなので、もしかしたらこの組織は〔反ケアリィ派〕の集まりではないかと考えていたのだが、どうやら違うらしい。
先の襲撃は親分の意思によるものなのか、第三者から報酬で請け負ったのかは不明なのだが、この人たちは暗殺未遂とは無関係だとレットが証明してくれたのだ。
彼らが根っからの悪人でない以上、その処遇には慎重を期す必要がある。
話を聞く限りでは、諸悪の根源だったモギーが亡くなったので、当面は幼い兄妹たちが高額な上納金に苦しめられる事はないだろう。
だがそれは、あくまでも〔当面は〕だ。
貧困という根本的な問題が解決されない事には、僕らが教国を去った後に同じ事が起きる可能性がある。
これは僕の〔生活コンサルタント力〕が試されているぞ……!
おっと、質問を求めるように手を上げている人がいる――
「――はい、そこの貴方!」
「ひぃぃっ!」
調子に乗って指示棒で指名してみたのだが、何故か怯えられてしまった。
もしかしたら……今は亡き親分であるモギーの息吹が感じられるように〔もいだ右腕〕を指示棒代わりに使ったのがまずかっただろうか?
ピンと指を立てた状態で固まっているので使い勝手が良かったのだが。
この小道具を用いることにより『この腕……親分に指名されてるみたいでやんす!』という親近感を与える狙いがあったのだが、この反応からすると失敗だったかもしれない。
……ルピィは大喜びしながら絶賛してくれているのに。
「あ、あっしらが殺されるのは仕方ありやせん。ですが、あっしらの家族だけは、家族だけは……見逃してはもらえませんか?」
なぜか彼らを皆殺しにする事が前提になっている……。
そしてどういうわけで、家族の助命嘆願まで受けなければならないのか。
僕は最初からずっと紳士的に接しているはずなのに、この人たちは僕の悪評に踊らされすぎである。
「どうか頭を上げてください。僕らは貴方たちの家族どころか、貴方たちにだって危害を加える気は――」
「――にぃさま」
僕が〔安全宣言〕を口に出そうとしたところでセレンに止められた。
このタイミングで僕の言葉が遮られたということは……。
「それとそれ、それからそちらは――殺しておくべきでしょう」
やはりそうか。
セレンの悪人センサーが反応してしまったのだ。
『そ〜れそれそれ宴じゃ宴じゃ!』とばかりに指定された三人は、看過できないほどに魂が汚れているということなのだろう。
可愛いセレン曰く――人の道に外れた罪を犯すほどに魂が汚れていくそうなので、この男たちはよっぽどの大罪を犯してしまっているに違いない。
かといって、僕らの独断で私刑にしてしまうわけにもいかない。
何をしたのかは知らないが警察に自首してもらおうかな、と僕が思索していると――指名された男の一人が自棄になったように立ち上がった。
「ち、調子に乗りやがってクソ餓鬼どもがっ! この人数相手に……」
ひゅっ――とフェニィの魔爪が放たれた。
威勢の良い言葉は、形になることなく永久に止まってしまった。
…………うむ、正当防衛!
男は懐から刃物を取り出していた。
そう、放っておいたら殺されていたかもしれないのだ。
咄嗟に真っ二つにしてしまうのも仕方がない……!
「ありがとうフェニィ、あと一歩で殺されちゃうところだったよ!」
フェニィにお礼を言いつつ、正当防衛であったことを大声で周囲に印象付ける。
〔腕もぎ〕の一件で怒ったことによりフェニィは拗ねていたので、なおさら良い仕事をした時には褒めてあげるべきなのだ。
褒められるのが大好きなフェニィは瞳を華やがせて喜びを見せていたが、調子に乗って残りの二名も抹殺しようと動き出したので――僕は慌てて制止する!
ふぅ……危ない危ない。
セレン指名の残り二名は座り込んだまま失禁しているのだ。
反撃による殺傷ならともかく、敵意の無い相手を殺してしまったらこちらに正当性が無くなってしまう。
見たところ深く反省しているようなので、素直に警察へ出頭してくれるはずだ。
ともあれ、これで懸念材料の一つが片付いたわけだ。
……うん、この場の空気がますます重苦しくなった事は気にしてはいけない。
水を張った容器を部屋に置いておくと加湿されるように、パカッと開いた死体が部屋の空気を重くしているだけなのだ。
――いや、待てよ。
突如として僕の発明魂に火が灯る。
この加湿効果、〔死体型加湿器〕として商品化できないだろうか……?
普段は死体の置物として、そして加湿をする際にはパカッと体を開くのだ。
商品のキャッチコピーはもちろん――『加湿がしたい!』
うむ、大反響を呼びそうな予感がする……!
だがしかし……この製品の商品化には、初期投資も嵩む上に利益を得られるまでに時間も掛かりそうだ。
画期的なアイデアだが、今回は見送りにせざるを得ないだろう。
それよりも、彼らについて気になっていた事がある。
「ところで、先ほど仕事が無いとおっしゃっていましたが、貴方は〔農の加護持ち〕なので農業をするわけにはいかないのですか?」
顔役代理のおじさんは農持ちなのだ。
農術を使って作物を育てれば、育ちも早くて質の高い物が収穫出来るはずだ。
……もしかして、耕す土地がないのだろうか?
農持ちならば、借金で土地を購入したとしてもすぐに元が取れそうな気もするのだが。
「あ、あっしが加護持ち……?」
なるほど、自身が農持ちであることを知らなかったパターンのようだ。
軍国でもそうだったが、この国でも自分が加護持ちであることを自覚していない人間は存在するらしい。
おそらく、教会で加護を調査してもらうお金も無かったのだろう。
「そうですよ。それから……そちらの貴方も〔薬の加護持ち〕ですので、薬草の栽培を試みてみるのも面白いかもしれませんね」
卒倒しそうな顔で真っ二つになった残骸を見ている男、こちらも薬持ちだ。
……薬持ちは僕が軽く視線を向けただけで失神してしまったが、この場には農持ちと薬持ちがいることになる。
加護持ち自体それほど多くないのに、この場には有用性が高い加護を持った人間が二人もいるのだ。
農業をやるにせよ商売を始めるにせよ、この組織には人手も沢山いるので生活に困らない程度の成功は見込めることだろう。
「土地の購入や作物の種を仕入れる費用が無いようでしたら、僕の方でお貸ししますよ。農術や薬術の行使についても、僕からお二人に教えることが出来ると思います」
あとは……この人たちは元裏組織の人間ということで真面目に生きようとしても方々から反発を招くかもしれないので、教国に後ろ盾になってもらうとしよう。
ケル君の一件で警察を訪れた時に判明したのだが、聖女の護衛を長く務めていたアイファは警察に顔が利くのだ。
よく考えてみれば、アイファは教国で崇敬の対象である神持ちな上に、聖女の護衛までやっていたのである。
普段は残念な印象が強いのだが、これでアイファは大した子なのだ。
そのアイファは惨殺死体に怯えているのか、僕の背中をこっそり掴んでいるのだが……僕らと一緒にいればすぐに慣れることだろう。
「ど、どうして、あっしらにそこまでしてくれるんですかい……?」
至れり尽くせりが過ぎてしまったせいだろうか、おじさんは『何か裏があるのでは?』と疑っている様子だ。
この信頼性の低さには嘆きたくもなるが、なにしろ僕らは今日会ったばかりの人間なのだ。
僕らが疑われてしまうのも当然と言えば当然だ。
それに……善意を素直に受け取れるほど楽な人生では無かったのだろう。
ならば、おじさんの懐疑の言葉に僕は正直に返すだけだ。
「僕らは人助けが趣味ですからね――世の為人の為、これぐらいは当然の事ですよ!」
資金面でも武力面でも、なにかと余裕がある僕たちなのだ。
余力があるならば、困っている人たちに力を貸してあげるべきだろう。
……普段の素行に悪行が多いので、時々善行を行わないと罪悪感に潰されそうになるという理由も否定はできないのだが。
「あ、そうだ。モギーさんと二分割さんですが、僕らの方で遺体を処分しておいていいですか? ほら、死体が残っていると――僕たちが犯人として追われるかもしれませんからね!」
何かの拍子で惨殺死体が表にでてしまうと、僕たちが警察の捜査を受ける可能性があるのだ。
証拠隠滅の為、フェニィに跡形もなく焼却処分してもらった方が安心であろう。
そう、死体がなければ殺人事件として立件されない――これは謎の失踪事件なのだ……!
「……モ、モギーとは先代のことでしょうか?」
おっと、これはいけない。
つい脳内呼称を正式名称のように言ってしまった……!
だが、伝わっているようなので良しとしよう!
「兄ちゃん無茶苦茶だな……」
幼きケル君も『兄ちゃん無茶苦茶良い人だな!』と感心してくれた。
やっぱり良い事をすると気持ちがいいなぁ……。
明日の投稿分で第三部は終了となります。
次回、四四話〔再生の息吹〕