四二話 逆輸入計画
いかんいかん。
つらつらと思考している場合ではない。
今やこの地は、凄惨な戦場のようになっているのだ。
見るからに危険人物である殺気振りまく長身女性。
そんな破壊の権化のような人物が、近辺の顔役であった男の腕を掴んで、返り血を浴びながら立っているのだ。
しかし人気が少ない道であったのは幸運だった。
数少ない目撃者の中には、地面にへたり込んでしまったりする人もいれば、次は自分が標的にされるとばかりに悲鳴を上げながら逃げ惑う人もいるが、この現場の目撃者は多くはないのだ。
ともかく、僕には考え込んでいる時間などない。
早く目撃者の口封じ――――いや、違う!
まったく、動揺しているからといって何を考えているんだ僕は……!
まずすべき事は、血の付いたフェニィの服を洗濯することだろう!
なにしろ血の染みは落ちにくいのだ。
しかも経過時間に比例して染みは落ちにくくなっていく。
ここは素早い対応が重要だ……!
――僕は頭を混乱させながらフェニィに駆け寄る。
小憎らしくも「どうだ!」と尊大な様相を見せているフェニィは置いておいて、腕を失って倒れている男の診断を行う。
絶叫を上げて倒れてからピクリとも動いていないので嫌な予感がしていたのだ。
そして………やっぱり男は死んでいた!
おそらく、腕をもがれたことによる出血性のショック死だろう。
『暑いから撒き水じゃ!』とばかりに派手に血を噴出させていたので無理もない。
男が捨てたリンゴが死体の横に転がっているが、まさかこの男も〔収穫されるリンゴ〕の気持ちを体感出来る日が来るとは思わなかったことだろう……。
一応蘇生措置を試みてはみたが、男の眼が開かれることは無かった……南無!
「まったく、殺したりしたら駄目じゃないかフェニィ!」
「……腕を取っただけだ」
こやつめ……まるで反省の色が見えない。
むしろ、褒められると思っていたのになぜ怒られなければならないのか、と言いたげな憮然とした態度をしているではないか。
どうしてこの惨状を前にして、褒められるなどという発想が浮かんでくるのだろう。
レットやアイファが真っ青になっているのも当然なのだ。
少しは凶行に慣れているレットですらこの有様なので、特別ゲストのケル君が腰を抜かしてしまっているのは当然すぎるほどに当然である。
なぜかルピィは「さすがはフェニィさん!」などと言っているが、この人は異端児なのだ。
……もちろん皮肉を言っている可能性もあるのだが、ルピィの様子からすると純粋な気持ちで称賛しているらしいのが恐ろしい。
しかし、やってしまったからには仕方がない。
気を取り直して、これから先の事を考えていくべきだろう。
裏組織の親玉を一方的に殺害してしまったが、これで全ての問題が解決したわけではないのだ。
とりあえず、この男の名前が分からないので〔モギー〕と仮称する。
どちらかといえば〔モガレー〕が正しいが、ニックネームには語感が重要だ。
とにかく、モギーが亡くなったところで次代の顔役がまた幼い兄弟を追い詰めるかもしれないのだ。
親玉だったモギーは昇天してしまったが……やはり当初の予定通り、組織の根城に赴いて話し合いをすべきだろう。
そうなると、このモギーの遺体をどうするかだ。
うむ……裏組織のトップだったわけだから、遺体を組織の根城に運んであげた方がいいかもしれない。
それにこのまま放置しておくと、騒ぎが拡大する恐れもあるのだ。
理想としては、組織の人たちに秘密裡に弔ってもらいたい――僕らが警察に追われない為に……!
そんなわけで、無残に千切れた腕から流れる血を〔凍術〕で止血する。
治癒術で接合しようにも、切断面が荒すぎるので難しいのだ。
よほどの激痛だったのか、断末魔を叫んでいるような凄まじい死顔になっているが…………まぁ、いいだろう。
――――。
「いやぁ、びっくりしましたよ。なにしろ道を歩いていたら人が死んでいたのですから。これはきっと――転んだ拍子に腕がもげてしまったのでしょう!」
顔役の遺体を持ち運ぶや否や、組織員総出で取り囲まれてしまったが、フェニィが軽く威圧をかけて落ち着かせてくれたので今は冷静になってくれている。
僕の穏やかな笑顔での説明に、一同は黙って下を向いたままなのだ。
しかし寒いわけでもないのに震えている人が多いな……まるで恐れられているような?
軽く威圧したといっても、フェニィが瞬間的に魔力を解放しただけなのだが。
もしかしたら、フェニィの身体に返り血が付着しているので〔顔役を殺した殺人犯〕だと疑われているのかもしれない。
…………さて、話し合いのテーブルにつくことが出来たわけなので、過ぎたことを振り返っても無為というものだろう。
「おっと、自己紹介がまだでしたね。人呼んで軍国の〔カリスマ交渉人〕、アイス=クーデルンとは僕のことです。どんなトラブルもたちまち解決してしまう凄腕だと評判なんですよ」
ついつい話を盛ってしまう僕。
だが、これには意味がある。
僕の狙いは――逆輸入だ。
国外から僕の輝かしい噂を発信していくことにより、軍国での僕の評判も高めていこうという戦略なのだ。
なにしろ軍国内では、僕に関する虚構にまみれた悪評が多過ぎるのである。
『ア、アイス=クーデルン!? あのミンチ王子か!』
『なんてこった……噂通りのイカレ野郎じゃねぇか』
ひそひそと聞こえてくる声からも分かるが、教国での僕の評判はすでに最悪だ。
だが、実際に心の交流を果たしさえすれば、彼らも分かってくれることだろう。
ここは他国なので僕が誤解されているのも致し方ない面はあるのだが、軍国でも僕の人物像を誤解している人々はいるのだ。
……逆輸入計画を是が非でも成功させなくては。
「それにしても、ちょうどこちらに用があって向かっている最中に〔顔役さんの遺体〕を拾ってしまうなんて――これはとんだ拾い物でしたね!」
話し合いの前から悪印象を持たれるわけにはいかないので、偶然〔顔役の遺体〕を拾ったことにしている。
交渉に必要とされるのは、何者にも揺るがされない強い自信だ。
犯行に関与したのではないかと疑われたとしても『おやおや、証拠も無いのに犯人扱いですか』などと開き直ってみせようではないか……!
「へ、へぇ、そうですかい。それで、今日はどういった用件なんで? ……ここには大した金は無いですぜ」
むむ、なにやら僕たちが強盗であるかのような対応ではないか。
しかし、この顔役代理の人もそうなのだが、裏組織のメンバーというわりにはあまり邪悪な気配がする人間がいない。
フェニィが狩ったモギーは見るからに悪党臭がしていたのに、顔役代理さんはどこにでもいそうな普通のおじさんなのだ。
むしろ――こっちが悪党集団のよう……!
……いや、気後れするわけにはいかない。
実際に幼い兄妹たちは高額な上納金に苦しんでいた。
非合法な上納金集めはモギーが主導していたようだが、この人たちも同じ組織の一員である以上は責任があるのだ。
「僕らがこうして伺ったのは他でもありません、上納金についてです。幼い子供たちから高額な上納金を徴収しようとは、随分とアコギな真似ではないですか。――さぁさぁ、裁定神持ちの前でなんと申し開きをするのか、聞かせてもらおうじゃありませんか!」
喋っているうちにどんどん気持ちが盛り上がってしまったので――レットを前面に押し出して釈明を迫ってしまう!
僕の勢いに呑まれたのか男たちが「はは〜っ」とレットにひれ伏しているので、本人はとても嫌そうな顔をしているが……。
あと二話で第三部は終了となります。
明日も夜に投稿予定。
次回、四三話〔火が灯る発明魂〕