十六話 追えぬ足跡
山道を黙々と歩き続けること数日間、ようやく人里らしきものが見えてきた。
人里に下りる前に、レットに確認しておかなければならないことがある。
「これから先、人の数が増えれば裁定神の予知夢を観ることもあると思うけど、夢を観たらレットはどうするの?」
「……そうだな。夢で観た対象の二人を探して、裁定神のことを告げようと思ってる。俺が何もしなければ二人とも死んじまうっていうなら、夢のことを話して相談するつもりだ」
それはつまり――どちらが死ぬかの相談ということにもなるだろう。
お互いの意見が一致した場合はともかく、二人とも死ぬことを拒んだ場合はどんな決断を下すのか。
もう、考えるだけで気が重くなるような話だ。
レットもそれが分かっているのだろう、浮かない顔をしている。
よし、ここは一つレットを元気付けてやろう。
「でも、裁定神の予知って本人たちに知らせるのも辛いよね。当然暗い雰囲気になるだろうし。ここは重い空気にならないように、あえて明るく伝えるのもありかも知れないよ? 『もうすぐ二人とも死んじゃうYO!』みたいな感じで」
「俺が殺されるわ!! 全く、他人事だと思って適当なこと言いやがって……でも、まぁ、一応礼は言っといてやる」
何故かレットは僕に礼を言った。
礼を言われるような流れではないはずなのだが……。
「俺が落ち込まないように、気ぃ使ってくれてんだろ」
「何言ってるんだよ、僕は……」
「俺に嘘は通じない。知ってるだろ」
僕の言い訳を遮るようにレットは断言した。
……まったく厄介な男だ。
気付いたとしても、黙って受け流すぐらいの余裕が欲しいものである。
「はぁ……全く厄介なやつだな。友達できないぞ」
「たしかにアイス以外に友達はいないが、事実でも言われるとイラっとするな……」
レットは不満を垂れている――しかしこやつは聞き逃せないことを言った。
「僕以外いないって、セレンもいるだろ。……まさか友達ではなく、恋人とか言う気ではないだろうな。もしそうなら、友達を止めねばならない」
「友人関係もろすぎだろ……っていうか、セレンちゃんはアイス以外、視野にすら入れてねぇだろ。セレンちゃんからすれば俺なんかは、その辺の石ころと同じような価値だと思うぞ。……いや、アイスの友人ということで、アイスの使うフォークぐらいの位置付けはあるかも知れんが」
相変わらずセレンに対して無礼な男だ。
セレンとの訓練ではいつもレットが気絶しているが、セレンはレットが気を失ったら攻撃の手を止めているというのに。
実戦に近い訓練なら容赦なく追撃しているところなのに、本当にセレンは慈悲深い優しい子だ。
それにしても……。
「僕の使うフォークって……無くてもご飯は食べられるけど、あれば尚便利ぐらいの位置付けか……」
「正しい認識だな。――そんなことより、たとえ冗談でも『レットと付き合ってるの?』とかそんなことセレンちゃんに言うなよ。誤解を解く為だけに、俺が殺されかねん」
「何言ってるんだよ、セレンがレットを殺すなん……」
「絶対だぞ! 絶対に、セレンちゃんと俺が恋人とか匂わすようなこと言うなよ!」
「あ、はい」
あまりの剣幕に思わず敬語で返事してしまった。
全く、いつも大袈裟なやつだ……。
――――。
そんなこんなしているうちに、僕らは山道を抜けて小さな村へ着いた。
村から持ってきた食糧も残り少なくなっていたので一安心だ。
野生の魔獣の肉を食べるという選択肢もあるが、魔獣の肉は当たり外れが大きいからなるべく避けておきたかったのだ。
体を壊しても僕には治癒術があるが、それほど得意ではない上に魔獣の肉に毒があったら、意識が朦朧とした状態で術を行使しなければならない。
極限状態での術の行使は今後の課題のひとつだが、現時点では自信が無いので危ない橋を渡るわけにはいかない。
――そして、麓の村ではわざわざ聞き込みをするまでもなく、昨今の対帝国情勢が僕らの耳に入ってきた。
帝国と本格的な戦争になるか否かの瀬戸際なので、田舎の村でも注目度は高いようだ。
要約すると――
カルド=クーデルンが殲滅攻略した帝国の砦は、そのまま第四軍団に引き継がれ、武神は王都に帰還。
砦周辺の足場を固めた後は、いよいよ帝国首都への侵略が始まるかと思われていたが――帝国からあっさり砦を奪還され、軍団長も討ち取られて第四軍団は敗走。
帝国は砦を奪還後、こちらに攻め入ることも無く沈黙を保っているらしい。
結果だけ見れば、人死にが出たこと以外は原状に復帰していることになる。
事情をよく知らないものが聞けば、武神はなぜ前線でそのまま戦わないのか、といった疑問が出るが、父さんの件については見当は付く。
――おそらくは洗脳術の制約によるものだ。
単純な命令しか下せない、自発的な行動ができない、というのは洗脳術の特徴だが、父さんへの洗脳術は〔命令の書き換え〕に時間がかかるのではないかと、僕は予想している。
父さんが洗脳術下に囚われて十年。
それだけの長期間において、父さんの音沙汰が無かったのはその為だろう。
そうでなければ、あれほどの〔戦力〕を遊ばせておく理由が無い。
しかし、砦で無辜の人々が犠牲になった事は痛ましいとしか言いようがないが、その後の展開については僕にとって悪くない。
戦死した第四の軍団長には申し訳ないが、軍国の保有する神持ちは僕にとって潜在的な敵である以上、今回の争闘でその数が減ったことは好都合だ。
この事は結果的に僕の計画の助けになってくれることだろう。
とにかく、これで父さんが王都に帰還している情報も得られたことになる。
これからは元来の予定通り、父さんに会う為に王都へ向かうだけだ。
そして――僕とレットは山の麓の村から一カ月近くかけて、ついに王都へと到着した。
――――
結果から言えば、王都での活動は失敗だった。
意気揚々と王都で情報収集を始めたが、結果は芳しくない。
父さんの最後の目撃情報が王城に入城するところだったが、そこから先の情報が集まらないのだ。
王城内部の情報が皆無であり、僕とレットの二人で王城に侵入することも考えたが――相手側には神持ちが多数存在する。
そうなると、無策での侵入はあまりにも無謀な行いだと言えるだろう。
僕だけならともかく、レットまで巻き込んで死にに行くようなことはできない。
敵側に神持ちが二人のみであれば、僕たちだけでも対抗出来る可能性はある。
だが軍国側には他にも神持ちがいる上に、各軍団には多くの兵士たちがいる。
軍国との総力戦になってしまえば、二人だけの僕たちには勝ち目が無いのだ。
それでも何か手は無いかと、日々王城近辺を嗅ぎ回っていた僕たちだったが、やがて憲兵に目を付けられてしまい――――僕らは逃げるように王都を跡にした。
いや、逃げるようにというより完全なる敗走だ。
結論としては、いくら僕とレットの力が少しばかり秀でていても、二人だけでは限界があるということだ。
レットとも相談した結果、まずは仲間を探すことから始めるべきだろうという結論に僕たちは至った。
幸いなことに、おあつらえ向きの特技が僕にはある。
そう、僕は視認するだけで他人の魔力量の判別が可能だ。
つまり、魔力量の多い神持ちなら、僕が一目視るだけでそれと分かるのだ。
神持ちが相手ならこちらも神持ちで。
野に埋もれていて、軍国に敵対的な神持ちを探すのだ――心当たりはある。
軍国では上に行けば行くほど男尊女卑の傾向が強まるので、女性の神持ちが軍国に仕えることを敬遠する可能性は高い。
大きな街の教会で加護の判別をしようものなら、軍国に神持ちの報告が上がる仕組みになっているが、僕たちが育った小さな村などではその限りではない。
規模の小さな街を中心に人材を発掘していきたい――そう僕は考えていた。