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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
第三部 教国再生
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四一話 禁断の出会い

 善は急げということで、早速僕らは顔役の根城に向かっていた。

 その男は裏仕事に手を染めている組織の親玉であり、警察すらも手を出しかねている男ということらしい。

 強力なリーダーだった神持ちがいなくなったので、今後の組織は影響力を弱体化させていくことが予想出来るのだが、なにしろ僕たちは旅の途中である。

 気長に組織が潰れていくのを待っているわけにはいかないのだ。


 ――もちろん僕らは組織を潰しに行くわけではない。

 ケル君の話では、組織の一員の中にも食うに困って仕方なく悪事を為している者も多いらしいのだ。

 無罪放免とはいかないが、情状酌量の余地は充分にあるだろう。


 だがこれは、教国という()が抱える問題でもある。

 貧困に喘ぐ人々を全て救うことなど僕には出来ないので、とりあえずは弱者から搾取することを止めさせるのが精一杯だろう。


 そして、まずは顔役がいる根城を調べなくてはと思ったが、意外にもケル君がその場所を把握していた。

 特に顔役の居住地が秘匿されているわけでもないらしいので、裏組織の親玉が大手を振って生活出来てしまうほどにこの街は組織の影響力が強いのだろう。


 人気の少ない道を大人数で歩いていると――急に、服の袖を引っ張られた。


「に、兄ちゃん、アイツだよ……」


 ケル君が指を差した先には、一人の男がいた。

 といってもその距離は遠い。

 まだ豆粒ぐらいの大きさでしかない。

 この距離で人物の判別が出来るとは、まだ幼くともさすがに盗持ちだけある。


 妹のキィちゃんには自宅で待機してもらっているが、こうなるとケル君に付いてきてもらったのは正解だった。

 大勢の部下に囲まれている状態であるよりは、相手が一人でいる時の方が交渉しやすいというものである。


 この人数で話し掛けたら相手を警戒させてしまうかもしれないので――ひとまず全員で脇の路地へと移動する。

 まずは相手の事を知る必要があるので、僕はこっそり遠目で男を観察した。


 その男はリンゴを(かじ)りながら往来を歩いていた。

 男の大柄な体格も相まって目立つ事この上ないのだが、道行く人たちは男と目を合わせないようにしているので注目を浴びているような事はない。

 ……まさに我が物顔というやつだろう。


 そして予想はしていたが、男は加護持ち――それも戦闘系の加護持ちだ。

 裏仕事を生業としている組織で頭角を現すくらいなので、当然と言えば当然と言える。

 さて……皆にはこのまま隠れてもらって、僕が和平交渉に赴くとしよう。


「――よし、ボクが本物の盗術ってヤツを見せてやろうじゃないの!」


 いきなりルピィがワケの分からない宣言を言い放った。

 この場面でルピィが盗みを働く意義が全く理解できない……。

 平和的に話し合いをしようとしているのに、いきなり相手を挑発してしまってどうするつもりなのか。


 おそらくはケル君の盗術に触発されて、自分の力量を見せつけてやりたくなったのだろう。

 僕の説得を聞きたいと言っていたにも関わらず、一歩歩けば矛盾した事を言い出してしまうのは気分屋のルピィらしいとも言える。

 或いは、街の支配者然として歩いている男に、持前の嗜虐心を刺激されたのかもしれない。


 だが、そんな無法行為を許すわけにはいかない。

 僕は身近な無法者を止めようと声を出しかけたが――意外なところから上がった声に驚いて、制止の声を上げ損ねてしまう。


「……私がやる」


 まさかのフェニィだ。

『やる』というのは話の流れからいって、盗術のことだろう。

 思い返してみれば――以前にルピィの盗術を僕が絶賛していた時、負けず嫌いなフェニィが対抗心を燃やしていた。

 あの時は『そのうちお願いするよ』などと言って、問題を先送りしてしまったのだ。


 僕の中ではすっかり忘却の彼方になっていたのだが、まさかフェニィが覚えていたとは思わなかった。

 ……これはずっと機会を待っていたに違いない。

 しかし、そもそもフェニィが盗術の練習をしているところなど見たことがない。

 なぜかフェニィは自信満々だが、この子はいつも『楽勝!』という態度で大惨事を引き起こすのだ。


 不意に――僕の頭の中を()()()()が支配した。

 ぼとりと落ちる手、真っ二つになる身体。

 狂乱の怒号、響き渡る悲鳴……。


 それと同時に、僕の身体は多くの症状に見舞われていた。

 高鳴る心臓、酸欠のような目眩、荒くなる呼吸……。

 これは、更年期障害?

 いや違う、これは――――トラウマのフラッシュバック!


 とめなくては……早く止めないと、新しいトラウマが量産されてしまう……!

 だが、僕には言葉を紡ぐことが出来なかった。

 止めるべきだと頭では理解しているのに、閉じた口が開かなかったのだ。


 制止することを躊躇(ちゅうちょ)してしまうほどの強い意気込みを感じさせるフェニィ。

「面白そうだからフェニィさんに譲ってあげるよ!」と、〔フェニィ決行〕に固まりつつある場の空気。

 これらの要素や僕のトラウマ症状が絡まりあっているうちに、気の早いフェニィが僕の元を発っていたのだ。


 ――僕が口を挟むことが出来ない内に、運命の賽は投げられてしまった。

 ずんずんと胸を張って歩いていくフェニィ。

 僕は浅い呼吸を繰り返しながら、必死に冷静さを保とうとしていた。


 まだだ、まだ失敗すると決まったわけではない……ネガティブ思考は良くない。

 僕の脳裏にある運命のサイコロは、全面が〔四〕となっている気もするが、それはきっと気のせいなのだ…………四、四、四、し、し――死!


「はぁはぁはぁ……っ」


 迫りくる圧倒的な死の予感から過呼吸に陥ってしまう僕。

 立っているのも辛くなったので、ついセレンの身体に寄りかかってしまう。

 セレンから「……困った人ですね」などと言われてしまうが、頼られて悪い気はしていないのか、セレンはどことなく機嫌が良さそうな雰囲気だ。


 そんな僕らをちらりと振り返ったフェニィは――不思議にも歩く速度を速めた。

 心なしか、ますますフェニィの気配が荒くなった気もする。

 いや、心なしかどころではない。


 盗術に向かったはずなのに、殺気と魔力をまき散らしながら歩いているのだ。

 そんな危険極まるフェニィの存在感に、向こうから歩いてくる男が気付かないはずがない。

 見上げるような長身の女性が、生物的危機感を感じさせるような魔力を放ちながら近付いてくるのである。


 さすがに裏組織の顔役と言えども、恐怖を感じさせるには充分すぎたようだ。

 男は蒼白な顔で顔面を引き攣らせている。

 ……もはや盗術をやれるような空気ではない。

 男を警戒させているどころか、フェニィの暴威で圧倒しているのだ。


 先ほどまでの傲岸不遜な態度は見る影も無く、男は齧っていたリンゴを地面に捨て去り、震える手で懐をまさぐっている。

 あの様子からすると、懐の武器を探しているわけではないだろう。

 おそらく有り金を渡すことで難を逃れようとしているのだ……。


 結果的に盗術を行使することと同じ結果になるかもしれないが、ルピィのようなスマートさが欠片も感じられない。

 僕はこの行為をどう呼称するのか知っている。

 これは恐喝――カツアゲだ……!


 こうなればさすがのフェニィ先生も盗術を諦めるしかないだろう、と僕は内心で平和裏に終結したことに安堵していた。


 ――しかしそれは甘かった。

 男を射程距離に収めた瞬間に、フェニィの手がシュッと動いたのだ。

 まさか、また魔爪術を!?


 瞬時に悪夢が頭をよぎったが、その結果は僕の予想を飛び越えていた。

 たしかにフェニィは男の財布を奪った。

 だがそれは――〔男の腕〕もろともだ!


「っぎゃぁあっ……!」


 腕をもぎ取られた影響で、男は勢いよく血を噴き出しながら倒れた。

 その〔奪った腕〕の手には男の財布が握られている。


 ――豪快!

 なんて豪快な盗術なんだ……!

 いや、これを盗術と呼んでいいのだろうか。

 男は自分で財布を取り出そうとしていたので、その腕をもぎ取れば財布も付いてくるだろうというトンデモ理論だ……これはまさに、天災の発想!


あと三話で第三部は終了となります。

明日も夜に投稿予定。

次回、四二話〔逆輸入計画〕

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