四十話 広がっていた余波
がっくりと項垂れた少年を連れて、僕らは警察の詰め所を訪れていた。
裁定神持ちのレットが素性を明かして協力した事もあって、少年の取り調べ時間は思いのほか短かった。
予想通りに余罪がぽろぽろ出てきた事もあって、またたく間に少年へ〔棒で百叩き〕の判決が下されたのだ。
少年の顔色が蒼白になっているのは、この処罰は実質〔死刑〕に近いと思っているからだろう。
なにしろ大の大人が子供を棒で殴りつけるのだ。
百叩きどころか、百を保たずして生命を散らしてしまうのも無理は無い。
教国の懲罰は中々に厳しいが、他国の人間である僕にはその判断に異論を挟む事はできない。
だが僕は――少年をここで殺させるつもりはない。
「安心していいよ。治癒術を使うことを認めてもらったから、危なくなったら僕が治してあげるよ!」
そう、瀕死に追い込まれても僕が治してあげればいいのだ。
幼い妹が少年の帰宅を待っているらしいので、いくら罪を犯したとはいえ窃盗罪で死刑は酷と言うものだろう。
――――。
「――うぅ、痛ぇ……」
「お疲れ! これで君も晴れてキレイな身体になったね! いゃぁ、良かった良かった」
「この兄ちゃん、優しいのか優しくねぇのか分かんねぇな……」
少年は愚痴を漏らしているが、迷うことなど何もない――僕は優しい!
自分の持ち物を盗もうとした相手に無償で治療を施しているのだから、客観的に見ても優し過ぎるくらいだろう。
少年の命が危なくなる度に治療をしていると〔終わらない拷問〕をしているかのような気がしないでもなかったが……いや、気のせいだ!
「それじゃあ、君の家に一緒に行こうか」
「えぇっ!? い、妹だけは勘弁してくれないか。あの子はまだ子供なんだ、頼むよ……」
おや、なにかよからぬ勘違いをされている。
この慈愛の塊である僕が、罪の無い妹ちゃんに危害を加えるとでも思っているのだろうか……?
僕が少年の家に行こうと提案しているのは、この子と妹ちゃんの為だ。
聞けばこの子は、食うに困ってやむを得ず窃盗で身を立てていたらしいのだ。
今回の一件でこれまでの罪を精算したとはいえ、今後の対策を考えておかなければ、また同じ道を歩まざるを得なくなるかもしれない。
そう、抜本的な問題を解決しなければ意味がないのだ。
――――。
「――お兄ちゃんお帰りなさい。……この人たちは?」
「やぁやぁ、こんにちは。僕は軍国で〔平和の伝道師〕と称されているアイス=クーデルンと言うものだよ」
爽やかな笑顔で挨拶をしてみたが、返ってきたのは意外な反応だった。
特に少年のリアクションが只事では無い。
……悲鳴を上げて腰を抜かしているのだ。
「そ、そんなっ……兄ちゃんはミンチ王子だったのか!?」
ミンチ王子!?
な、なんだそれは……!
明らかにミンチ王女であるジーレの悪行を僕に被せられている……!
思えばアイファも〔人間をミンチに変える狂人〕と僕の噂を聞いていたらしい。
なんて酷い話なんだろうか……。
しかも軍国から遠ざかるほどに噂が悪化しているような気もする。
「大丈夫だよ〜、アイス君がミンチにするのは悪いヤツだけだからね。……おやおや、キミは悪い子だったね」
「ひいっ!?」
ルピィが少年を脅している!
僕を使って子供を脅すとは、なんて悪辣非道な真似を……!
幼い兄妹が身を寄せ合って震えているではないか……。
そもそもこの子はすでに罪を償っているのだ。
もう悪い子なんかじゃない。
なにより僕は王子なんかじゃないし、人をミンチにしたりなんかしない。
ノーミンチ――そう、ノーミンチだ!
――――。
「うん、そっか……大変だったんだね。ほらほら、二人とも育ち盛りなんだから、もっと沢山食べなよ」
僕は兄妹が住んでいる小さな家で食事を振る舞っていた。
お世辞にも広いとは言えないあばら家だ。
そんなところに僕や仲間たちが押し掛けているので、部屋の中はぎちぎちとなっている。
この幼い兄妹――盗持ちのケル君が九歳。
妹のキィちゃんに至ってはまだ七歳らしいが、一年前に親を亡くしてからはずっと二人で暮らしていたらしい。
これまでは、ケル君が手先の器用さを活かして内職で生計を立てていたが、ここ最近で兄妹を取り巻く環境が変わってしまったのが全ての発端だ。
――そう、この地域を牛耳っていた顔役が変わったのだ。
この近辺に住む人々は上納金を顔役に支払っていたらしいのだが、新しい親玉によりその金額が跳ね上がってしまったのである。
ギリギリの生活を送っていた兄妹たちに大金を工面出来るわけもなく、やむにやまれず盗みに手を染めるようになったらしい。
そしてこの話を聞いて、僕には引っ掛ける事があった。
それは……前代の顔役についてだ。
なんでもその男は〔諜報系の神持ち〕だったらしいのだ。
もしかしなくても、フェニィ先生が〔首チョンパ〕したあの襲撃犯ではないだろうか……?
諜報系の神持ちがそう何人もいるとは思えないので、まず間違いないはずだ。
僕にとっては友人に危害を加えようとした憎い敵でしかなかったが、毒をもって毒を制するかのように、この兄妹たちにとっては必要な存在だったという事になる。
もちろん、襲撃犯を殺害した事について後悔などしていない。
今回直接手を下したのはフェニィだが、また同じ状況になったとしたら、今度は僕が迷わずやっつけることだろう。
そのフェニィは兄妹の身の上話に耳を傾けることなく、もぐもぐとマイペースに鍋をつついているが、変に殺した事を気に病むよりはその方が良い。
そして一応は兄妹と同国人であるはずのアイファも、フェニィと一緒にもぐもぐしている。
この二人は普段は会話を交わすこともない関係なのだが、食事の時間になるとこうして〔お玉〕を譲り合ったりして仲良くやっているのだ。
仲良きことは美しきことではあるが……仮にも聖女の元護衛であった身として、教国民の窮状に関心を持たなくていいのだろうか……?
しかし僕らが責任を感じる必要性は無いとはいえ、事情を聞いたからには放っておくことも出来ないだろう。
それに、今回の解決策は簡単明瞭なのだ。
兄妹の力で僕の意思が伝わったのだろう――セレンが口を開いた。
「にぃさま、その顔役とやらを殺すのですか?」
伝わっていない……!
平和を愛しているセレンの言葉とは思えないほどの乱暴な意見じゃないか。
……いや、違う。
これは僕の〔否定ありき〕の問い掛けだ。
幼い兄妹は苛烈な意見に怯えてしまっているが、セレンはあえて反面教師になろうとしているのだ。
たしかに元凶を殺して解決する事は簡単だ。
だが幼い兄妹の情操教育上、そのような暴力による解決を見せるべきではない。
ならば、僕の返すべき答えは一つだ。
「ふふ……分かってるよセレン。ちゃんと話し合いで解決してみせるともさ!」
セレンは自分が悪役になることで、『殺すのが一番簡単だけど、話し合いで解決するべきなんだよ』と、正しい行いを強調させたのだ。
自分が悪い印象を与えてしまうことより、幼い兄妹の成長に尽力するとは……なんて優しい子なんだろうか。
「またアイス君の演説が聞けちゃうのか〜、楽しみだなぁ……ふふっ」
僕の数々の実績を思い出しているのか、ルピィはニマニマとしている。
今回も正義の名は僕らの元にあるのだ。
きっとルピィの期待には応えられることだろう。
そう――正義。
そもそも上納金なんてものを支払う義務などないのだ。
上納金を毎月納めることにより不測の事態にも守ってもらえるということらしいが、そんなものに頼らずとも教国には警察がある。
ケル君は内職で給金を得ているが、その給金からは税金が引かれている。
つまりこの兄妹には、警察の庇護を受ける正当な権利があるのだ。
それなのに、税金に加えて上納金まで搾取しようなどとは、いったい顔役という男は何を考えているのか。
前代の顔役と比較して金に汚い男らしいのだが、こんなに小さな子供を犯罪にまで追い詰めるとは、許しがたい奴だ……!
……いや、いかんいかん。
僕は制裁に行くのではなく説得に行くのだ。
会う前から敵愾心に燃えていてはいけない。
きっと誠意を込めて語り合えば――『ワタシ、マチガテタ……』と、反省してくれるはずなのだ……!
明日も夜に投稿予定。
次回、四一話〔禁断の出会い〕