三九話 窃盗耐性
教国西側にある最も大きな都市。
西側の一部の人間が、この地こそが〔聖地〕と主張する街に僕らは来ていた。
ただ正直に言ってしまうと、東側の大聖堂がある街の方が、清潔感があり活気に溢れているので〔聖地感〕としては向こうの方が上だ。
しかしそれも、東側には聖女がいるからこそなのかもしれないので、一概に比較することは出来ないだろう。
「――ふん、こんな場所が聖地とは片腹痛いわ!」
アイファが偉そうなことを大声で喋っているので周囲の視線が痛い……。
元聖女の護衛であるアイファにとっては、この地はまさに敵地とも言えるので、戦意が高ぶってしまうのも分からなくはないのだが。
しかしこれでもアイファは成長しているのである。
二年前のアイファは聖女のことを盲信――いや、狂信している節があったのだが、再会した彼女はケアリィとの距離間が近くなっているように感じられたのだ。
おそらくは、ケアリィが一般民衆の治療を始めたことと無関係では無いだろう。
本人は〔レット様のお役に立つ為の練習台〕と放言していたが、結果的に多くの人々の幸福に結び付いているので、動機がなんであれ素晴らしいことだ。
そしてその行動は、アイファの中で神格化していたケアリィを〔一人の人間〕として見る切っ掛けにもなったのではないかと推察している。
……それでも、幼少期から刷り込まれた〔聖地〕については譲れないものがあるようだ。
だがそれはそれとして、空気の読めないアイファを諫めておくべきだろう。
戦力的には不安要素などないパーティーではあるが、わざわざ街の人々を敵に回す必要はないのだ。
「そんな事を言ったら駄目だよアイファ。ここは良い街じゃないか――ほら、串焼きが売ってるよ」
「こんな街に売っている物などタカが知れている! …………むむ、美味いな。肉の質も良いが、このタレが特に良いな。よし――九十五点!」
評価が甘口で有名なアイファ先生は、今日もブレずに激甘採点である。
たしかに中々美味しくはあるのだが、事前に賄賂でも渡していたのかと疑いたくなるような高評価だ。
――しかし僕の目論見は成功した。
高慢なアイファの言動のせいで露天のおじさんは眉をひそめていたのだが、『ぱぁぁーっ』と輝くような笑顔を見せているアイファに、おじさんも釣られて口元が緩んでいる。
それどころか周囲の人々も、〔アイファ先生お墨付き〕の串焼きに興味が湧いたらしく、続々と串焼きを買い求める人々が集まってきているのだ。
アイファは見た目だけは綺麗なので、美味しそうに食べる姿は恰好の広告塔になっているのだろう。
見慣れている仲間たちすらも串焼きに興味を示してしまうほどである。
アイファだけに串焼きを買ってあげてしまったので、僕が皆の分も買うべく列に並ぶことになるのも自然な流れなのだ……。
――――。
僕が串焼きを食べながら大通りを歩いていると――目の前で男の子が転んだ。
まだ十歳に満たないくらいの子だ。
手に持っていた木片を地面にぶちまけてしまい、せっせと拾い集めている。
もちろん僕が放っておけるわけもない。
「僕も手伝うよ」
「……ありがとよ、兄ちゃん」
僕が笑顔で手伝いを申し出ると、少年からぶっきらぼうな答えが返ってきた。
しばらく僕は屈んで木片を拾っていたが、拾う動作だけに傾倒してはいない。
木片を拾いつつ――がしっと懐に伸びてきた手を掴む。
「!?」
少年は自分の手が掴まれた事実に驚いている。
中々の手際の良さだったので、今まで失敗した事がなかったのかもしれない。
もしかしたらとは思っていたのだが……この子は善意を利用してスリを働く手口を度々行っていたようだ。
珍しくも〔盗の加護〕を持っている子供だったので、普段から盗神の被害に遭っている僕としては警戒せざるを得なかったのだ。
「――よし、一緒に警察へ行こう!」
罪を犯した人間は裁かれねばならない。
ルピィのように罪深い行動を繰り返していても罪に問われない人間もいれば、僕のように無実の罪で裁かれる人間も存在するのだが、罪には相応の罰が与えられるべきなのだ。
僕らのパーティー的には、偉そうに善悪を論じることは出来ない気もしてしまうが……なんと言っても、ここは教国だ。
教国の人間が犯罪を犯したのならば、教国の法で裁かれるのが筋というものだ。
たとえそれが幼い少年であっても、他人の善意につけ込むような手口となれば余計に見逃すことは出来ない。
「ま、待ってくれよ兄ちゃん。家に小さい妹が一人でいるんだ、俺が捕まったら妹が死んじゃうよ!」
むむ、捕まった途端に家族を言い訳にして罪を逃れようとするとは……。
しかしレットに確認を取ってみると、意外にも小さな頷きが返ってきた。
ふむ……どうやらこの子は真実を口にしているらしい。
それに、妹ときたか。
妹の存在を出されると、同じ妹を持つものとしては強く責められない。
だが、これでも僕はかなり慈悲深い対応をしているのだ。
なにしろこの子がスリと発覚した直後には――フェニィやセレンが即殺しようとしていたのだ……!
この子は気付いていないようだが、僕が牽制して止めていなかったら、言い訳する間もなく〔私刑〕にされていた事だろう。
子供にも容赦の無い姿勢には感心するものがあるのだが、街中で子供を殺傷しようものなら、いつもの如く僕らがお尋ね者にされてしまう。
この少年も色々事情を抱えているようなので、僕としても配慮してあげるべきだろう。
「――大丈夫、一緒に減刑嘆願をしてあげるよ!」
僕に対する窃盗未遂が初犯とは思えないので、他にも被害者がいるはずだ。
だから僕の一存で無罪放免とするわけにはいかないが、一緒に謝ってあげるくらいの事は出来るはずだ……!
明日も夜に投稿予定。
次回、四十話〔広がっていた余波〕