三四話 正しき適材適所
客室に戻るなり、僕はレットに詰め寄られた。
「二人は!?」
二人とは言うまでもなく、護衛姉妹のことだろう。
肝心な時に部屋で留守番だったので、やきもきしながら待っていたに違いない。
「大丈夫だよ。ほら」
僕が視線を送った先には、疲れた顔をしながら部屋に入ってくる姉妹の姿だ。
二人が疲労著しいのも無理からぬことだろう。
今日初めて死体を目撃したどころか、今夜が初の実戦だったらしいのである。
初の実戦でいきなり殺害されかけたかと思えば、生首が『ローアングルいただき!』とばかりに足元に転がってきたりもしているのだ。
姉妹の精神が疲弊するのも当然である。
だがもちろん、彼女たちは死んでいないどころか怪我一つない。
「そ、そうか…………よかった」
レットが血走った目で姉妹を凝視しているので、姉妹たちは引いている。
ロージィに至っては、護衛対象のケアリィの後ろに隠れているくらいだ。
何も知らない彼女たちからすれば『変質者!?』と思うのも無理はない。
しかしまだ、彼女たちに事情を話すわけにはいかない。
まだ確かめるべき事があるのだ。
「レット、分かってるだろ? さぁ――今すぐ寝るんだ!」
そう、裁定神の予知夢が確実に終わっていることを確認する必要がある。
僕の感覚的には死の未来を乗り切ったとは思うのだが、最後の詰めを誤るわけにはいかないのだ。
事情を知らないケアリィが僕を非人間的な目で見ているが、それはおそらく部屋の外の状況のせいだろう。
なにしろ大聖堂は蜂の巣をつついたような大騒ぎの最中だ。
内通者であった門番はルピィの手によって捕縛されているが、まだ死にたてホヤホヤである襲撃犯の検分すら終わっていない。
……ちなみに首無し死体は、魔力を流したらあっさり落下してきたので、やはり魔術的なシロモノだったのだろう。
死体から背後関係は聞き出すことは叶わないが、人相を確認して素性を調べるぐらいのことは出来るので、今は大聖堂関係者に面通しをしているところなのだ。
そんな状況下で僕がレットに〔即就寝〕を促しているので、ケアリィに蔑んだ目で見られるのも仕方がない。
そう、誤解から生じた蔑みだから僕が傷付く必要はないのだ……!
「あ、ああ……アイスの言いたい事は分かるが、気が高ぶってるからすぐには寝れねぇよ」
「――お任せくださいレット様、わたくしは睡眠術も修めております! ……毒で苦しむレット様に何も出来ずにいたことを、わたくしはずっと後悔しておりましたから」
レットの言葉を一言一句聞き漏らさないケアリィが割り込んできた。
しかし、僕が就寝を提案した時には『頭がおかしいのではありませんこと?』という冷え切った目で見てきたのに、レットが同意した矢先に率先して眠らせようとするとは。
まったく、なんという手のひら返しだ。
これはレットへの好き値が高いせいなのか、僕への嫌い値が高いせいなのか…………あるいは両方かもしれない。
そして――睡眠術。
僕は視たことがないので使えないのだが、ケアリィはそんなものまで行使出来るようになっていたようだ。
ケアリィは治癒神持ちなので、その気になれば幅広い術を修得可能なのだろう。
あの治癒術すら覚束なかったケアリィを思い出すと、子供の成長を喜ぶ親の気持ちになってしまうものがある。
そして、レットが毒で苦しんだことがあったかな? と思ったが……僕がレットたちに毒料理を提供した時の事を言っているのだろう。
つまりケアリィの成長は――僕のおかげじゃないか!
「そっか、ケアリィは頑張ったんだね。僕も料理の腕を奮った甲斐があったよ。いや、もちろん僕にお礼なんか言わなくて良いんだ。僕らは友達だからね!」
「黙りなさい慮外者っ! わたくしたちを殺そうとしておきながら、よくもそんな事を……! 死になさい、今すぐ死になさい!!」
ケアリィの殺意が溢れ出しているっ……!
なんたることだ……きっと僕の恩着せがましい言い方が良くなかったのだろう。
もっと『ああ、毒かい? そんなものを入れた事もあったね』と、さりげなくアピールすべきだったのだ。
しかし激怒させてしまったからには仕方がない。
伝家の宝刀に頼るしかない……!
「レット、ケアリィがひどいんだ! 友達に『死ね』なんて言うんだよ? 僕の心がもう少し弱かったら自殺しているところだよ!」
そう、レットだ!
これは卑劣な告げ口では無いのだ。
適材適所というだけである。
肉を買うなら肉屋さん、服を買うなら服屋さん。
ケアリィをたしなめるなら――レットさん!
「ケアリィさん……」
「も、申し訳ありません、レット様……」
さすがにレットもケアリィの暴言は言い過ぎだと思ったのだろう。
どこか悲しそうにケアリィの名前を呼んで諌めている。
しかし、レットのこの様子では、まるでケアリィが本心から『死になさい!』と言っていたかのような反応だ。
ケアリィは興奮のあまり思ってもいない事を口に出しただけのはずなのに。
ケアリィが怒りと屈辱で、顔を赤黒く染めているように見えるのは気のせいだ。
僕を睨みつけながら「ぐぎぎっ……」と、歯ぎしりをしているように聞こえるのも気のせいだろう。
僕は気を取り直して皆に提案する。
「とにかく、今夜はもう寝ようよ。ルージィたちも眠れないようなら、ケアリィの睡眠術で眠らせてもらいなよ」
「貴方が言わないで下さい! ……まったく、仕方がありませんわね。ほら二人とも、横になりなさい」
僕が気を利かせて提案してみたところ、またしても怒鳴りつけられてしまった。
しかし二年前と比べて、部下に対する対応が柔らかくなっている気がする。
以前の彼女なら、部下の為に何かをするなどとは考えもしなかったはずなのだ。
しかも年下の姉妹だけではなく、厳しかったはずのアイファへの態度も柔らかくなっている印象を受ける。
病気に苦しむ人々の治療をしている事といい、どうやら本当に聖女らしくなってきているらしい。
……願わくば、僕にもその慈悲を与えてほしいものである。
明日の投稿で第二部は終了となります。
次回、三五話〔開かれた玉〕




