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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
第二部 悪夢の終わり
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三二話 始まった夜

 深夜――僕たちは起きたまま襲撃を待ち構えているような事はしていない。

 お泊り会でわいわい騒いでから、いつも通りに就寝していた。

 もちろん、襲撃の未来を忘れているわけではない。

 予知夢を利用する為には、可能な限り普段通りに行動する必要があるのだ。


 そして、ケアリィたちが客室で寝泊まりしている事実は周囲には伏せてある。

 大聖堂に勤めている門番も女中も、誰一人として知らない。

 そうしておくべき理由があるのだ。


 ルピィがむくり、と起き上がったのを合図に僕らも眠っていた身体を起こした。

 ルピィが動いたということは――今夜の襲撃が始まったことを意味するのだ。

 僕たちがベッドから起き上がっても、ケアリィや護衛たちはスヤスヤと眠ったままだ。

 ……別に僕らは気配を殺しているわけでもないのだが。

 ケアリィはともかく、護衛である彼女たちが気付かないのはどうなのか……?


 一応は起こしておくべきだろう、ということで僕はアイファを揺り起こす。

 幸せそうに寝ているアイファを起こすのは心が痛むが仕方がない。


 涎を垂らしたまま目を覚ましたアイファは、しばらく夢見心地なぼんやり顔だったが、次第に僕の顔へと焦点を合わせる。

 そして僕の顔を認識した途端、アッと驚いた顔で叫び声を上げそうになったので――咄嗟にアイファの口を手で塞ぐ!


 客室で大声を上げてしまえば、侵入している賊に気付かれるかもしれないのだ。

 もがもがと暴れていたアイファだったが……しばらくすると全身を真っ赤にしたまま、諦めたように身体の力を抜いた。

 なぜだろう……犯罪的な空気が漂っている気がする。


 しかし僕に悪意などは無い。

 それどころか、アイファの唾液で僕の手がベトベトになってしまったので――むしろ僕が被害者だと言える……!


 もちろん僕は、被害者アピールのようなサモしい真似はしない。

 被害者アピールは往々にして逆効果になりがちなのだ。

 過去の経験則から判断しても、真の被害者にされてしまうだけだろう。


 僕は仲間たちからの刺々しい視線に晒されながらも、目覚めたアイファたちに〔大聖堂内に賊が侵入した〕ことだけを簡潔に伝えた。


 ――そう、賊の侵入だ。

 事前に侵入経路は判明していたが、予知夢通りに正面玄関からやって来た。

 それでも大聖堂内が騒ぎになっていないのは他でもない――門番の一人が敵側に通じていたからだ。


 何年も前から大聖堂で門番を勤めていた男なのだが、今日この時に初めて、敵側の間者として動いたのである。

 いざという時まで長期潜伏するような間者を、諜報の世界では〔ロングスリーパー〕と呼んでいるらしいが――実際、ロングスリーパーを利用した計画を察知することは本来ならば困難を極めるはずだろう。


 だがこちらには、レットがいる。

 予知夢の中ではっきりと〔門番に手引きされて侵入する姿〕が観えたらしい。

 夜間は二人体制での門番となるのだが、もう一人を薬で眠らせてから、大胆にも正面玄関から侵入者を招き入れたらしいのだ。


 門番が一服盛られることを分かっていたので、当人に注意喚起をすべきだったかもしれないが、僕らはあえて放置してしまっている。

 もちろん予知夢の内容をギリギリまで再現する為だ。

 門番の命には別状無さそうなので、問題はないはずだろう。

 侵入者の目的が〔聖女の暗殺〕なので、暗殺阻止の為に眠らされるくらいは門番として本望のはずだ。

 

 そう、賊の目的は〔護衛姉妹の殺害〕ではないのだ。

 僕らの干渉が無かった場合、侵入者は聖女の寝所に向かうのである。

 そして侵入者が頑丈な部屋の扉に手こずっている間に、隣の部屋にいる護衛姉妹が異変に気付き、二人揃って侵入者に立ち向かい――殺害されてしまうのだ。


 侵入者は、二年前にケアリィとキセロさんを殺害するはずだった男らしいので、性懲りもなくまたケアリィの殺害に訪れたのだろう。

 もっとも、男の感覚では初めての聖女襲撃となっているはずだが。


 僕が侵入者について説明してもケアリィたちは半信半疑だったが、レットが保証してくれたおかげで、ようやく彼女たちの顔色は変わった。

 気のせいだろうか……ルピィの報告を僕が知らせる事によって、却って信憑性を下げてしまった思いがある。


 そして当然のように、レットの言葉には誰一人として疑いを持っていない。

〔裁定神持ちの言葉〕だからと言うよりは、信頼の差という気がしてしまう。

 しかし、信頼とはどこで購入すればいいのだろうか……?


 だが考えてみれば、僕が彼女たちの信頼を得られていないのも当然なのだ。

 実際に僕は、予知夢の存在を未だに告げていない。

 現時点でも姉妹たちが先走った行動を取ることを危惧しているので、侵入者がいるとしか伝えていないのだ。

 こちらが信頼していないのに、相手には信頼してほしいとは身勝手な話だろう。


 今回の襲撃対応で気を付けるべきは、姉妹を守って撃退するのは当然として、襲撃者を逃がさないことが重要となってくる。

 なにしろ襲撃者は〔諜報系の神持ち〕と予想されている。


 かつて僕が王都の宿屋で襲撃を受けた際には、諜報系の神持ちである影神を取り逃がしてしまった事もある。

 あの時のように、どんな手段で逃亡を図ってくるとも限らない。

 捕縛して背後関係を問い詰めたいのは山々だが、ケアリィや姉妹たちの将来の不安を取り除く為にも、有無を言わさず息の根を止めておくのが正解だろう。


 今頃侵入者は、内通者からの情報を元に〔聖女の部屋〕へ向かっているはずだ。

 移動経路も判明しているので、二手に別れて挟み込むのだ。

 もちろん全員で繰り出す必要性はない。


 というよりケアリィなどは隠密行動の経験がないので、一緒に行動していると侵入者に気取られてしまう可能性があるのだ。

 かと言って、暗殺ターゲットであるケアリィを一人で置いて行くわけにはいかないので、レットと一緒に部屋で待機してもらう予定である。


 本当なら姉妹にも部屋にいてもらうべきなのかもしれないが、僕の中に漠然と〔目を離すべきではない〕という感覚があるので、姉妹たちには侵入者撃退に同行してもらうつもりだ。

 あとの問題は…………セレンにお仕置きされて以来、ぬいぐるみのように動かないマカに視線を向ける。


「……マカは部屋で休んでててね」

「にゃぁ……」


 マカは力無く鳴き声を絞り出す。

 不意に胸が締め付けられてしまった僕は、慈しむようにマカを撫でてしまう。

 一度は仲違いしてしまった僕らだったが、同じように制裁対象となった事により同族意識が高まり自然に和解したのである。

 しかし、マカがセレンにお仕置きされるのは珍しいことでもないので、一晩寝れば生意気で可愛いマカに戻っていることだろう。


 そんなわけで、客室にはケアリィとレットとマカだけを残していく事になる。

 おそらくケアリィは、侵入者の目的が自分の殺害だと予想していることだろう。

 過去にも暗殺未遂は起きているのだ――そこに思考が至らないわけがない。


 だがケアリィの顔には不安が全く見えない。

 僕らを信頼しているというよりは、頼りになるレットが傍にいるおかげだろう。

 むしろ、深夜にレットと二人という展開に興奮しているように見えるくらいだ。

 逆にレットの身が心配になってくるが、この部屋にはマカもいるのだから大丈夫だろう。……マカは置物のように動かないのだが。


「――それじゃあ、セレンたちは侵入者の背後を固めておいてね。僕たちは正面から接触するから」


 僕と一緒に行動するのはフェニィと護衛姉妹だ。

 僕とフェニィが守っていれば万が一も無い。

 姉妹たちには守られているという自覚もないだろうが、それで良いと思う。


 しかし、前もって段取りを決めていたセレンやルピィと違って、自然な流れでセレン組に振り分けられたアイファが不安そうな顔をしている。

 反応からすると、親しい関係の僕や姉妹たちと一緒に行動したかったのだろう。

 だがここはアイファに頑張ってもらうとしよう。


 最近ではイジり甲斐のあるアイファが気に入ったのか、ルピィも友好的な態度になりつつあるので、この機会を利用してさらに親睦を深めてもらいたいのだ。

 この件を終えたらアイファも僕らの旅の仲間となるのだから、今回の一件はちょうどいい共同作業となるはずだ。

 アイファに危険が及ぶような事があれば、ルピィやセレンが守ってくれるはずなので、安全面での問題もない。……しかし、もう誰が誰の護衛をしているのか分からなくなりつつあるのが問題と言えば問題だ。


あと三話で第二部は終了となります。

明日も夜に投稿予定。

次回、三三話〔掴まれた運命〕

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