十五話 山道
本日は四話投稿予定です。
数日後、僕とレットは山奥の村を発ち、ほとんど道のない山道を歩いていた。
僕らが村を出る時、もうセレンは泣いていなかった。
別れ際にも、いつものように毅然として堅固な意志を秘めた瞳で僕を見詰めていた。
「行ってらっしゃい」も言わず「すぐに帰ってきてください」とも言わず、静かに僕を見つめていたが――セレンの気持ちは僕に痛いほど伝わった。
僕も「行ってきます」と声をかけることも無く、セレンの目を見て軽く頷き、第二の故郷とも言える村を跡にした。
――しばらく山道を歩いていると、レットがぽつりと言葉を発した。
「セレンちゃん、連れてきても良かったんじゃないのか? たしかに歳は幼いけど、セレンちゃんが足手まといって話になると、セレンちゃんより弱い俺はどうなんだ……」
戦闘訓練でセレンにいつも敗北していたことを気にしているのか、声音が若干沈みがちだ。
――僕は言外に意図を含んで答える。
「セレンは女の子だけど、レットは男だろ」
「い、いや、それはそうだが、強い弱いに性別は関係ないだろ」
僕の言わんとするところが伝わっていなかったようだ、あまり口に出したくも無いことだが致し方ない。
「軍国や帝国で執り行っているっていう実験の噂を知らないの?」
「実験?」
レットは実験の噂を聞いた事がないのだろうか。
村で爪弾きぎみにされていたから、噂話に疎いのも仕方が無いと言える。
僕自身も積極的に話したい類の噂でもなかったから、レットに話したことがない。
「国が主導になって、有用な加護持ち同士を掛け合わせて優秀な子供を人工的に造り出す、〔交配実験〕をしてる噂があるんだよ」
「なんだよ……それ。いくらなんでも有り得ねぇだろ」
レットが顔を顰めて言った。やはり聞いた事がなかったようだ。
加護持ちの子供は一般の子供に比べて、加護持ちの割合が高い――そう、遺伝しやすいのだ。
もちろん神持ちともなると、同種の神持ちが同時に存在した例は無い。
火神の加護持ちの子供が、同じ火神の加護を持つようなことは有り得ない。
しかし神持ちの子供は、なんらかの加護持ちである可能性が非常に高いのだ。
僕の家族だけを見ても、父さんが武神の加護持ちで――僕が治癒の加護、セレンは刻神の加護を持っている。
レットの家にしても、バズルおじさんが盾神の加護持ちで――レットが裁定神の加護持ちときている。
加護持ち自体がそれほど多くないことを考えれば、遺伝の因果関係は明白だ。
僕にしろレットにしろ、父親が軍国軍団長ということもあって周りには加護持ちが多いが、本来は珍しい部類なのだ。
「実際、神持ちの加護が判明してから、国に徴集されてそのまま戻ってきてないって人が何人かいるらしいんだよ」
「本当に国がそんなことやってんなら始末が悪ぃな。……火の無い所に煙は立たねぇし、たしかにセレンちゃんを王都に連れてくのは止めておいた方がいいな」
そうなのだ。セレンは神持ちで、しかもまだ幼いながらもあの美貌だ。
それが軍国に対し敵対的な行動を取るというのだから、軍国に捕らわれたらどのような目に遭うか、想像すらしたくない。
その噂は、セレンを王都に連れていきたくない理由の一つだったが、さすがにまだ幼いセレンにこんな下卑た話を聞かせるわけにはいかないので、この件はセレンに喋りはしなかった。
「僕はセレンが交配実験なんかに無理やり使われたら、世界中の男を殺し尽くしてしまいそうだよ……」
「き、気持ちは分かるが、本気の言葉で口にするのは止めろよな……嘘じゃないのが分かるぶん、余計に怖ぇよ……」
レットは引いていた。
だが、正直な気持ちなのだから仕方がない。
今のセレンの実力なら、現時点でも――よほどの数で攻められるか、軍団長クラスが直接出てこない限りは問題ないのだが、万が一ということもある。
いずれ軍国を本格的に敵に回す時が来たら、セレンの力を借りる日が来るかもしれないが、それは少なくとも今では無い。
「……それにしても、セレンを村に置いてきたけど、それはそれで心配だよ……大人しくて引っ込み思案なところがあるから、村の子供達に苛められたりしないかな?」
近くにいないと、やはり心配になってしまう。
セレンを苛めるようなやつがいたら、地面に首だけ出して埋めてやるのだが……。
「大人しくて引っ込み思案? どこがだよ……? それに、セレンちゃんを苛められるようなやつは王都中探してもいないぞ」
常々思っていたが、レットはセレンのことを誤解している。
もしくは戦闘訓練で散々痛めつけられたのを、根に持っているに違いない。
「それにほら、セレンは物語の妖精みたいに愛らしいだろ? 村の男連中が、僕がいないのを良いことに粉をかけるんじゃないか?」
僕が村に戻った時にセレンに恋人がいたらどうしよう……。
セレンと付き合うのなら、最低でも僕に勝てるぐらいの強さは絶対条件だ。
それに鞭で百叩きの目に遭っても「マッサージしてくれてありがとう」と笑顔で言えるくらいの度量が無いと駄目だ。……いや、それはそれで変態っぽい感じがするからやっぱり駄目だな。
「セレンちゃんが美人なのは否定しないが、村の連中はむしろセレンちゃんを恐れているからな。近付こうともしないんじゃないか? ……俺もセレンちゃん怖いし」
なんてことを言うのだ、この男は。
しかし、村の連中が何故かセレンを恐れているような雰囲気なのは、僕も感じていた。
村の人々はレットに対しては腫れ物に触れるかのような態度だが、セレンに対してはまるで爆弾を扱うかのような態度を取るのだ――まったく理解に苦しむ反応だ。
「……アイスは本当に、セレンちゃんを溺愛しすぎて盲目になってるよな……」
レットはしみじみと失礼なことを呟いた。