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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
第二部 悪夢の終わり
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二九話 早朝の決起会

 大聖堂への滞在を開始してから数日後。

 その日の朝の色は、明るい色とは呼べなかった。


 早朝から、隣で寝ていたレットが飛び起きたのだ。

 レットの事をよく知っている僕が起きないはずもない。

 案の定と言うべきか、寝起きのレットは汗びっしょりで真っ白な顔色をしていた。


「……また、()()んだろ?」


 ()()()()()()()――まず間違いないだろう。

 奇しくもこの大聖堂は、過去に一度〔予知夢〕の舞台となってしまった場所だ。

 その時には、聖女のケアリィと付き人のキセロさんが天秤に乗せられてしまったが、予知夢の生起日前にキセロさんが生命を散らしてしまい――予知夢は終わったのだ。


 そもそも予知夢は高い頻度で観るものではない。

 キセロさんの一件があって以来、今に至るまで二年。

 その二年もの間に、わずかに一回あっただけである。


 それは三人で帝国を旅していた最中のことだった。

 その予知夢は、とある村に住む父親と息子が対象だったが、父親が息子を生かす為に自殺してしまい、予知夢はそこで終わった。

 その時も僕は、対象の二人の信頼を得る事が出来なかったのだ。

 その際、情けなくも僕が涙を見せてしまったのが失敗だった――僕を苦しそうな顔で見ていたレットは、巻き込むまいとするように一人で旅立ってしまったのだ。


 幸い、次に軍国で再会するまで予知夢に襲われることは無かったと聞いている。

 危惧していた軍国の内戦中ですら夢を観ていなかったので、もう予知夢を観ることはないのかもしれないと、僕は淡い期待を抱いていた。

 ……そんな都合の良いことが、あるわけもないのに。

 しかもこのレットの焦燥ぶりからすると、ただの予知夢では無かったのだろう。


「対象は――僕らの身内かな?」

「……っ」


 ふむ。カマをかけてみたが、当たりだったらしい。

 その反応は分かりやすすぎるほどに分かりやすい。

 レットは自分が悪い事をしたわけでもないのに、罪悪感と絶望に呑み込まれているような顔をしているのだ。

 そんなレットを僕が放っておけるはずもない。


「レット、むしろこれはチャンスだよ。僕に近しい人間なら、僕を信じて生命を預けてくれるかもしれない。大丈夫、必ず僕がなんとかするよ。……ほら、知ってるだろ? 僕は嘘を吐いたことが無いんだ」

「…………笑えねぇよ、バカ野郎」


 そう言ったレットは、少しだけ口元に笑みを浮かべてくれた。


 ――――。


 僕とレットのやり取りで、他の仲間たちも早朝から起こしてしまっている。

 そこで僕らは、車座になってレットから話を聞くこととなった。

 仲間たちと言っても、ケアリィや護衛姉妹はもちろんだが、アイファも大聖堂の自室で休んでいるのでここにはいない。


 早朝に起こされて不機嫌そうなマカが「早く話すニャ!」と言いたげに、ビシッと尻尾で床を叩く。

 そんなマカに苛立ちを覚えたのだろう――ギロリ、とセレンを筆頭とした仲間たちがマカを睨みつけた。

 濃密な殺意に敏感なマカは、こそこそと僕の後ろに隠れてしまった……。

 相変わらずブレない仲間たちを見て気が緩んだのか、レットは重い雰囲気を少しだけ薄めて口を開いた。


「…………夢で観たのは、護衛の姉妹だ」


 ――裁定神の予知夢は、家族や親友のような近しい間柄の二人が対象になる。

 そう考えれば、双子の彼女たちなら条件は満たしているという事だろう。

 そして、ここで一つ考えるべき問題がある。


 彼女たちに予知夢のことを()()()()()()()だ。

 もちろん道義的に判断すれば、本人たちに迫る危機なのだから当人に知らせるべきなのだろう。

 だがこれまでの経験では、知らせる事が結果的にマイナスに作用しているのだ。


 第三者が対象の一人を殺害してしまった事もあれば、家族を救う為に自らの命を断ったケースもあった。

 事実を知りながら黙っているのは、本人たちに嘘を吐いているのと変わらない。

 しかし――その罪悪感を呑み込んだ上で、彼女たちを救う為にあえて〔何も伝えない〕という選択肢を選ぶべきだと、僕は思っている。


 その僕の意向をレットに伝えると、予想通りにレットは難色を示した。

 知っているのだから、それを彼女たちに伝えるのが筋ということだろう。

 ――そこで口を挟んだのはルピィだ。


「まぁまぁレット君、アイス君に任せてみなよ。ボクもこっそり二人を守ってあげるからさ」


 姉妹に対して良い感情を持っていないと思っていたが、意外にもルピィからは前向きな言葉が出てきた。

 もしかしたら……対象が〔姉妹〕ということで、ルピィはかつての自分と照らし合わせているのかもしれない。

 あの仲の良い姉妹を、自分と同じ目に遭わせたくないのではないだろうか。

 僕は感極まって、思わず両手でルピィの手を掴んでしまう。


「ありがとうルピィ……本当に、嬉しいよ」

「えっ、えっ、いや……ほら、アイス君がまた泣いちゃうからね。し、仕方なくだよ」


 ルピィらしくもなく、しどろもどろで言い訳をしている。

 ……きっと照れているのだろう。

 ルピィは偽悪的に振る舞うところがあるが、本当は優しい人なのだ。


「……手伝ってやろう」


 フェニィまでもが手伝いを申し出てくれた。

 なぜか僕とルピィの手をじっと見詰めていたので、同じくフェニィの手もガッチリと掴んでしまう。


「…………」


 フェニィは何も言わないが、その眼には光が灯ったように感じられた。

 これはきっと「正解!」ということだろう……!


 ――おっと、いかん。

 仲間の二人とシェイクハンディーしてしまったのなら、残りの仲間とも握手をしなくてはいけない。

 それこそが平等というものだ。


「セレンもありがとう! 僕の可愛いセレンなら、きっとそう言ってくれると思ってたよ!」


 当然のようにセレンの手も握り締めて、ぶんぶんと力強く振ってしまう。

 ちなみにセレンは協力の意志を口にしたわけでは無いのだが、察しがいい僕は先んじてお礼を言ってしまうのだ……!


「……別に、協力するのは構いませんが」


 やっぱり推察通りだ!

 自分の心を汲み取ってもらえた事が嬉しいのか、セレンの機嫌は良さそうだ。

 握手を繰り返しているうちに、僕もますますご機嫌になっていく――そう、これが〔握手インフレーション〕!


「レットもありがとう! 協力してくれて嬉しいよ!」


 もはやどっちが何を協力しているのかも分からなくなってきたが、顔色の悪いレットは僕のされるがままだ。

 複雑怪奇そのものといった顔をしているレットとの握手も終えたので、あとはマカを残すのみだ。

 しかし僕の伸ばした手は――バシッと尻尾で払われた!


 そんな、何故なんだ!? 

 もしかして……前回握手をした時に、ぷにぷにの肉球の感触を堪能していたのがバレていたのだろうか……!

 いや、そもそもマカは、肉球に触られるのを嫌っている節がある。

 しかもそれに加えて、マカは早朝から起こされて気が立っているのだ。

 マカには場の空気を読んでほしかったが、こればかりは仕方がないだろう……。


 ――だが決起の握手会をしたはずなのに、レットには元気が無い。

 姉妹たちには予知夢のことを伏せておく予定なのに、こんなに沈んだ顔をしていたら見咎められてしまうではないか。

 おそらくは、自分の事情に僕らを巻き込んでしまうことを気に病んでいるのだろう。


 まったくレットは水臭い。

 苦しい時にはもっと僕らを頼ってほしいものだ。

 ここは僕が勇気づけてあげなくては……と声を掛けようとしたが、予想外の存在が動いた。

 座っているレットの元へトコトコと歩み寄るのは、パーティーの癒やし的存在であるマカだ。


 しかも近付くだけではない。

 なんとマカは――レットの足の上に前脚を置いたのだ!

 僕以外の人間に対して、マカが自分から触ることなんて無かったのに……。


 僕はわずかな嫉妬を覚えつつも、それ以上の感激に痺れていた。

 きっと、落ち込んで暗い顔をしているレットを放っておけなかったのだろう。

 なんて優しい仔猫なのか。

 さすがのレットも驚い――


「グァッ……!」


 レットも感激に痺れているかと思ったら――物理的に痺れていた……!

 ……マカが雷術を行使したのだ。

 さすがにタフなレットだけあって心停止どころか気絶すらしていないが、服が焦げてぷすぷすと煙が上がっている。


 な、なるほど……。

 ショボくれているレットに発破をかけてやろうというわけか。

 少々手荒い気がしないでもないが、効果は抜群のようだ。

 レットは「なんで攻撃されたんだ……?」と、目を白黒させているので落ち込むことを忘れている。


 うなだれている人間の背中を「パーン!」と叩いて気合注入するのと同じだ。

 間違っても――早朝に起こされた〔腹いせ〕なんかではない……!



明日も夜に投稿予定。

次回、三十話〔温かな戦闘訓練〕

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