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神の女王と解放者  作者: 覚山覚
第二部 悪夢の終わり
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二七話 優しさの結晶

 夜の大聖堂。

 僕らはお風呂をいただいた後、各々が自由に客室で羽を伸ばしていた。

 現在この客室には、僕たちだけではなくケアリィや護衛姉妹もいる。


 レット目当てのケアリィが客室に押し掛けてきたので、護衛として付随する形で姉妹もやってきたのだ。

 これから二週間の滞在予定となっているが、ケアリィは一分一秒を惜しむようにレットと同じ時間を過ごそうとしているのである。

 いじらしくて結構なのだが、その優しさの一欠片でも僕に与えてほしいものだ。


 大聖堂内に自分の部屋を持っているアイファも、仲間外れが嫌なのか、ケアリィたちと一緒に部屋へと遊びに来ている。

 それほど広くない客室の人口密度が一段と高くなっていることもあり、僕はひっそりと部屋の隅でマカの相手をしていた。


 具体的には――ベッドの上に座って、風呂上りでしっとりとしたマカの毛並みを風術で乾かしている最中である。

 マカは心地良さそうに目を細めながら、喉をごろごろ鳴らしてご機嫌だ。


「――にぃさまは、その畜生を甘やかし過ぎているのではありませんか?」


 そして当然のようにセレンから糾弾を受けてしまう。

 マカを可愛がる人間を責めるのは〔マカを殺す会〕会長であるセレンの責務なので仕方がない事なのだ。


 ご機嫌斜めなセレンを丸め込む為、セレンの長い黒髪も乾かしてあげたいところなのだが、僕が正面から提案したところで『結構です』と拒絶されるのは目に見えている。

 照れ屋で気難しいセレンを如何にして籠絡したものか、と頭を悩ませていると、意外な声が割り込んできた。


「お、おいアイス、それはもしかして〔()()〕ではないのか?」


 気難しいセレンとは対極の位置にいる新たな仲間。

 チョロイファこと、アイファさんである。

 どうやらマカを乾燥させている風がアイファの方に流れてしまったらしい。


「分かるかい? ふふ……これはね、風術と火術を同時に行使しているんだよ。苦労はあったけど、コツコツ真面目に練習してたら出来るようになったんだ」


 努力の成果が認められるのは誰しも嬉しいことだ。

 もちろん、それは僕だって例外ではない。

 真面目に練習したことを強調してしまうぐらいは当然である。


「待て、嘘を吐くなアイス! 術の同時行使など聞いたことがない。何か仕掛けがあるのだろう?」

「――愚かなことを。にぃさまを凡百の輩と同列に考えないでください。この程度のこと、にぃさまにとっては児戯に等しいのです」


 僕が詐欺師扱いを受けたのが気に障ったのか、セレンがフォローしてくれた。

 しかし心なしか、セレンのアイファへの風当たりが厳しい気がしてならない。

 初対面の時から刺々しかったので、気に食わないタイプなのだろうか?

 セレンは僕を軽んじる人間に敵意を向ける傾向があるので、アイファの暴言癖が気になるのかもしれない。


 おっと、気の強いアイファがセレンに噛みつこうとしている気配だ。

 ここは論より証拠も兼ねて――アイファの頭を冷やしてあげるとしよう。


「貴様、アイスの妹だか……ひゃうっ! つ、つめた、やめろぉぉ……」


 アイファは悲鳴を上げて身をよじらせている。

 だが僕はアイファに指一本触れていない――風を首筋に送り込んでいるだけだ!

 もちろんただの風ではない。

 アイファへと向けられた僕の手のひらからは〔冷風〕が出ているのだ。

 そう、これは――風術と凍術の合わせ技だ……!


 風術単体ではあり得ない風。

 この凍えるような風を実感してしまえば、僕の言葉に嘘が無いことを納得せざるを得ないだろう。

 ……しかしアイファは大げさだなぁ。

 それほど騒ぎ立てるほどの冷気でも無いはずなのに。


 ひょっとしたらアイファは首筋が弱点なのだろうか?

 それはいかんな、弱点は克服すべきだ。

 よしよし……この機会を利用してアイファの成長を促してあげようではないか。

 それに反応があまりにも大きいので、なにやら僕も楽しくなってきたのだ。

 ほれほれ、もっとやってやるわい……!


「にぃさま、随分とご機嫌ですね。ですが――人の嫌がる事をしてはいけませんよ」


 セレンの氷よりも冷たい声が、僕の脳へと届いた。

 声に意識を逸らした一瞬の隙。

 その時にはアイファへと向けていた僕の手に――セレンの手が伸びていた。


 ――ボキッ!


 驚くべき早業で僕の手首は折られてしまった!

 なんてことだ…………()()()()()()()()()()()()()()……!

 嫌っているとばかり思っていたが、試練を受けているアイファを前にして黙っていられなかったのだろう。

 つい我慢できずに、慈愛溢れるセレンの優しさが表出してしまったのだ。

 その優しさの前では、僕の手首が折れたことぐらいは問題にもならない。

 むしろこの骨折の痛みは――優しさの結晶!


 しかもそれだけではない。

 この手首ポッキンには抑止効果もあったのだ。

 セレンと同じようにアイファの苦境を見過ごせなかったのだろう、ルピィやフェニィも何らかのアクションを起こそうとしていた形跡が見られるのである。


 なぜかルピィの手には()()()が握られているので、セレンが僕を止めてくれなかったら大変な事になっていたに違いない。

 ……ナイフで何をしようとしていたのかは考えないようにしよう。


 とにかく、アイファが大騒ぎしていたせいで部屋中の注目を集めてしまった。

 もちろん聖女組に囲まれているレットの注意も引いている。

 僕のぷらぷら揺れている手を見て、レットは顔を青ざめさせているのである。


 おそらく、過去の模擬戦でポキポキ折られたトラウマが蘇っているのだろう。

 推測でしかないが……レットが女性全般を苦手としているのは、セレンにより何百本と骨を折られた経験が根幹にあると僕は見ているのだ。


 しかしその犠牲は無駄ではなかった。

 レットが強く逞しく育っただけではなく、セレンもこれほどまでに手際よくポッキリ出来るようになったのだ……!

 折る動きが鮮やかで速いだけではない。

 そう――綺麗に折れているので治癒も早いのだ!


 しかしアフターケアまで考えられているセレンの優しさは、この部屋の全員に伝わっているわけではない。

 ルピィやフェニィは僕の手首を見ながら「うんうん」と満たされた様子なので問題ない。……あまり良くないかもしれないが。


 問題は、客室内の反対側にいるケアリィと護衛姉妹だろう。

 僕の錯覚じゃなければ、彼女たちとは物理的距離以上に精神的距離を感じる。

 なにしろ三人が僕とセレンを見やる視線は、疑いようがないくらいに〔狂人〕を見る視線なのだ……!

 これは誤解を解くのに骨が折れそうだな……いやいや、上手い事を言っている場合じゃない!

 このパターンはいつもの〔新しい友人がいなくなるパターン〕ではないか……!


 早く勘違いを解消しておかないと手遅れになってしまう。

 ケアリィからの評価は、もう底辺から下がりようがないので良いだろう。

 だがしかし、姉妹たちとはここで一度会話を交わしておくべきだ。


 僕は〔一歩で三歩分〕進むような歩行法で二人に近付く。

 この歩法はゆったりと迫っているようでいて、油断していると目の前にいるという高等技法だ。

 なにしろ逃げられてしまったらコミュニケーションも取れないのだ。

 心が通じ合う距離まで接近してからがスタートだ。


「――うわぁぁっ!」


 これはしまった!

 驚かせてしまったのか、ルージィちゃんは尻餅をついて転んでしまった。

 僕が呼気とまばたきを読む〔基準の人間〕に、ルージィちゃんを設定してしまったせいもあるだろう。

 ケアリィやロージィちゃん以上に驚きが大きかったに違いない……!


「ごめん……。ビックリさせちゃったね」


 僕が謝罪をしつつ手を差し伸べると、なぜかルージィちゃんは僕の存在に怯えるように逃げてしまう。


「く、くるなっ! お、お前が近付くと、私はおかしくなるんだ!」


 そんな、ひどいっ……!

 これは子供がよくやるイジメじゃないか。

 僕は知っているぞ――『うわっ、アイスに触られた! アイス菌を移されちゃったじゃねぇか!』などと、友達をバイ菌扱いするやつだ!

 いたいけな子供の心を傷付けるなんて……許さない、許さないぞレット……!


 ――いや、冷静に思い返してみれば、レットにそんな事をされた記憶はない。

 これはいかん。僕としたことが錯乱してしまっていた。

 動揺のあまり、記憶を捏造してレットに冤罪を着せてしまったではないか。

 辛くとも現実から逃げてはいけない。

 バイ菌扱いされているのは――今、この時!


 ルージィちゃんはよっぽど僕が近寄るのが嫌なのか、顔を赤くしながら得意の棒を振り回しているのだ。

 ちなみに聞くところによれば――姉のルージィちゃんが〔棒神の加護〕、妹のロージィちゃんが〔杖神の加護〕をそれぞれ持っているらしい。


 そしてやっぱり二人は双子ということだ。

 ほとんど同じような魔力に視えたのも納得である。

 なにしろ本人たちにも、棒と杖の明確な区分が分かっていないらしいのだ。


 そのルージィちゃんは武器系の神持ちとは思えないような動きで、子供のように「うわぁぁ……」と棒を振り回して僕を近付けないようにしている。

 ロージィちゃんの方は、お姉ちゃんを手助けするわけでもなく、両手を口に当てて「はわわわ……」と口走りながら何かを期待するような眼差しで僕と姉の動向を凝視している。


 僕が言えたことでも無いのだが……混乱している姉を助けようともしないで興味深げに観察しているのはどうなのだろう……? 

 いや本当に、元凶である僕が言えたことでも無いのだが……。


 ちなみにもちろん、主であるケアリィはこちらに関心を抱くことなくレットに話し掛け続けている。

 こちらの我関せずぶりも相当なものだ。


 しかし……強引にルージィちゃんに歩み寄ることは出来るが、それをするとますます嫌われてしまいそうなので諦めるしかないだろう。

 下手に触って『うわ、アイスに触られた。エンガチョ』などと言われてしまったら立ち直れないのだ……。


明日も夜に投稿予定。

次回、二八話〔操りの殺害計画〕

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