二五話 肯定された存在
餅つきタイムはようやく終わった。
頑丈なはずの執務室の天井がベコベコになっていることからも、狂乱の極みであった餅つきの激しさが伝わることだろう。
餅らしく煮るなり焼くなり好きにしてください、と僕が地面に横たわっていると、今日初めてケアリィと眼が合った。
もしや満身創痍のズタボロとなった僕の治療をしてくれるのか……?
「――死ねば良かったのに」
辛辣……!
優しさが足りないどころではないぞ。
これが聖女の、いや、友人の言葉だろうか!?
悔い改めて慈悲深い人間になったという街の噂はなんだったのだ。
弱っている僕が手厳しい事を言われたせいだろう、セレンたちから苛立ちの気配が感じ取れる。
僕の為に怒ってくれる気持ちは嬉しい……だが、僕を死の直前まで弱らせたのは――彼女たちである事を忘れてはならない!
ともかく仲間たちがいつも通りの暴挙を起こす前に、ケアリィと友好的な空気に持っていくべきだろう。
……しかし、そのケアリィの視線は僕に向いていなかった。
忌々しげにケアリィが見ている先には――セレン。
はて、何故ケアリィがあんな非好意的な目でセレンを見ているのだろう……?
まさか、想い人であるレットの近くに超絶美人のセレンがいるので嫉妬しているのか?
もしかしたらレットが何か失言したのかもしれない。
『セレンちゃんってケアリィとは比較にならないほど美人で優しいんだぜ!』などと、ケアリィの想いにも気付かずに無神経な事を言ってしまったのだろう。
レットは人格者だが、人心に鈍感なところがあるのが玉に瑕なのだ。
……いくら事実でも口に出してはいけない事なのに!
「貴方がセレン=クーデルンですか。レット様から話は聞きました。連れ去ったわたくしの部下を即刻返還しなさい!」
ええっ!?
何を言ってるんだケアリィは。
この子は頭がおかしいんじゃないだろうか……?
こともあろうに、うちのセレンを誘拐犯みたいに言ってのけるなんて。
セレンがそんな事をする訳がないし、そんな事をする理由もない。
いや、レットから話を聞いたと言っていた。
あいつめ、一体どんな虚言をケアリィに吹き込んだのだ。
――レットは嘘を吐かない。
だが、嘘は吐かなくても人を騙すことは可能だ。
『セレンちゃんが部下を探していた』『セレンちゃんの近辺で、行方不明の元神官を目撃した』などと、いかにもセレンが拐かしたかのような印象操作を行ったに違いない……!
おのれ……と思って、レットを視線で責めてみると、レットは困窮しているような顔で首を振った。
ふむ、レットの仕草から察するに『ヘイ! この勘違いガールは俺の言葉をミステイクしてるぜ!』という事だろう。
なるほど、さもありなん。
思い込みの強そうなケアリィなら、いかにもやりかねない。
〔僕の妹〕という事実もケアリィの勘違いを後押ししているのだろう……。
そう、僕の親類というだけでマイナス補正をかけているのだ……!
……そもそもケアリィの部下というのはアレじゃないか?
おそらくは、レットへのストーキング行為の為に軍国に送り込んだ人たちだ。
そして僕の推測が正しければ、〔指無し盗賊団〕に教国の元神官たちが大勢いたので、きっとケアリィはその人たちの事を言っているのだろう。
しかしセレンが連れ去ったどころか、危険なくらいにセレンに心酔している人たちだったのだが……。
ケアリィとしては軍国に送ったはずの部下が全然戻ってこないから、セレンに言い掛かりをつけているのだろう。
だが、僕には神官さんたちの気持ちがよく分かる。
どう考えたって、モンスター上司のケアリィの下で働くよりは、仁愛に富んだセレンの元で働く方を切望するに決まっているのだ。
仕方がない……現実を直視できていない友人の為、僕が泥を被ってあげるしかないだろう。
「ケアリィ、君が言っている人たちには僕も心当たりがある。でも、本人たちの希望でセレンの元で働いているんだよ。……言いづらい事だけど、ケアリィとセレンとじゃ求心力が違うというか……ほら、カリスマ性が違うだろ?」
「なっ……!」
僕が心を鬼にしてズバリと言ってしまったせいか、ケアリィは返す言葉を無くしている。
本人の為とはいえ、ケアリィの自尊心を傷付けてしまったかもしれない。
しっかりとフォローも入れておくべきだろう。
「でも、気落ちする必要は無いんだ。なんといってもセレンは天才だからね、僕らのような凡人とは比較対象にもならないんだよ。……だけど安心してほしい。だからといって、僕たちはいらない人間なんかじゃない。――そう、ケアリィは生きててもいいんだ!」
ケアリィを慰めているうちに感極まってしまい、ついつい熱弁してしまった。
思いの丈を喋っていると――だんだんと自分を慰めているような、自分に言い聞かせているような気持ちになってしまったのだ。
……自分を認めてくれる言葉に魂が震えたのだろう。
ケアリィは身体すらも小さくふるふる震えさせている。
そう――僕は君を肯定する!
ケアリィは感動に打ち震えながら護衛の二人に命令する。
「その男を打ちのめしてやりなさい!」
ふふ……誤解を招きかねかない命令だが、ケアリィの真意は伝わっている。
打ちのめす――つまりは『ハハッ、こいつぅ!』と背中を叩いて、謝意を伝えてやろうというわけだ……!
そんな事まで部下にやらせてしまう感性には驚くばかりだが、ケアリィは国一番の箱入り娘だから仕方がない。
そしてそんなケアリィの私事ともいえる命令に、護衛の姉妹は動くことなく困惑してしまっている。
姉妹の気持ちも、当然ながら僕には理解出来ている。
彼女たちが戸惑っているのも無理はない。
命令に従おうにも、すでに僕は――これ以上ないほど打ちのめされているのだ!
胴上げ効果により全身を強く打ち続けたので、僕の身体は大変な事になっているのである。
自力で立ち上がれないのはもちろんだが、気軽に僕の背中を叩こうものなら、折れた肋骨が臓器に突き刺さって命の危機に陥ってしまう可能性がある。
さすがに姉妹たちも、天井を見上げたまま瀕死で倒れている僕に気を使っているのだろう。
中々動こうとしない姉妹たちに業を煮やしたケアリィが「わたくしがやりますわ!」とばかりに動こうとしたが、それは僕の仲間たちによって阻止された。
仲間たちは口で制止したわけでも無ければ、身体を割り込ませて庇ってくれたわけでも無いのだが、殺意を込めた視線を送ることでケアリィに睨みを効かせているのだ。
これ以上の刺激を与えられると、頑丈な僕とて危ないと思っているのだろう。
……願わくば、もっと早く気を効かせてほしかった。
執拗な胴上げにより僕が無惨なぼろ雑巾のようになってから「メンゴメンゴ、全然気付かなかったよ!」と、ようやく僕の惨状を認識して止めてくれたのだ……!
酷い有様になっている僕に対して、全く反省のない笑顔で謝るのは人としてどうかと思うが……〔僕を祝いたい〕という気持ちが発端にある以上は、文句など言えるはずもない。
それに散々僕をお祝いして気が晴れたのだろう、仲間たちはスッキリした顔で談笑しているのだ。
事前に逃げていたマカも、場が落ち着いたのを察して戻ってきている。
……なぜか僕の鼻先で、尻尾をゆらゆら動かすという嫌がらせをしているが。
くしゃみをしたら肋骨が軋みそうなので止めてほしいのだが、動けない僕に好き勝手出来るのが楽しいのか、マカは嬉々としてちょっかいをかけてきているのだ。
マカの小癪なところは、セレンたちが怒らないギリギリのラインで僕を攻めていることだろう……。
おのれマカめ……戦闘訓練で動けなくなったところで同じ目に遭わせてやる。
しかし、マカがやる分には微笑ましい感じがするが、僕がやると虐待のように見えてしまう気もする。
そう、動けない仔猫にイタズラをしているところを見咎められようものなら――僕の人間性が疑われかねない!
明日も夜に投稿予定。
次回、二六話〔お土産の力〕