表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神の女王と解放者  作者: 覚山覚
第二部 悪夢の終わり
142/309

二四話 超平和的会話術

 斜めから挟み込むように迫ってくる二本の棒。

 棒の軌道を冷静に見極めて、サッと後方に躱す。

 そして二本の棒が伸びきった状態で交差する――その隙を見逃さない。

 僕は両手で棒を掴むと同時、手首を回転させて二本の棒を捻り取る!


「「あっ!」」


 姉妹から驚愕の声が聞こえるが、本当に驚くのはここからだ。

 僕は奪った棒を即座にその場で手放した。

 そう、武器が欲しくて取ったわけではないのだ。


 得物を失った姉妹が茫然自失としている意識の空白。

 その間隙をこれ幸いとばかりに、僕は一足飛びに姉妹の間に移動する。

 目を見張る姉妹たちだが、ここで重要なのは――姉妹の手。


 姉妹が棒を持っていたその手は、行き場を失ったように宙ぶらりんとなっているのだ。

 そこで僕は自身の両腕をクロスさせ、姉妹たちの手を同時に握る!

 そう――これぞ〔ダブル握手〕!


 大陸広しといえども、双子(多分)と同時に握手をした人間が僕以外にいるだろうか……?

 いや、いないはずだ。

 これこそが僕の平和力の為せる技であると言えよう。

 まさに、僕の平和力が彼女たちの武力を超越したのだ……!


 姉妹たちは何が起きたのか分からないように混乱している様子だ。

 しかしそれも当然だろう。

 棒で攻撃したつもりが――次の瞬間には握手をしているのだから!


 そしてこの姉妹が当惑している時間。

 今この時こそが、ゴールデンタイム!

 この戦意が消失している短い時間に、心の距離を縮めて友情を構築するのだ。


 まずは友好的だった妹ちゃんの方から攻略していくとしよう。

 与し易いところから手を付けていくのは基本だ。

 試験なんかを受ける時と同じである。

 最初の難問で長時間考え込むよりは、解きやすい問題から解いていくのが正しいのだ。


「――やぁこんにちは、君はロージィちゃんだったかな? ロージィちゃんはアイファに稽古をつけてもらってるみたいだね。じつは僕もアイファと鍛錬していた事があるんだよ。……うん、これは運命的だね。きっと僕らは良い友達になれるよ」


 僕は握手をしたまま親しげな笑顔で話し掛けた。

 まずは共通の知人であるアイファの名前を出すことで、ロージィちゃんにある警戒の垣根を取り除く。

 さらに、僕もアイファとの鍛錬経験があることをアビールだ。

 同じ経験をしている事を印象付けすることにより、親近感を持ってもらうのだ。

 理想としては『僕と君は一緒に鍛錬していた!』ぐらいの錯覚的印象を与えたい。


 そしてトドメは女の子の大好きワードたる――()()

 やや強引ではあるものの、無理矢理ねじ込むだけの価値はあるはずだ。

 男ならばともかく、女の子であるこの子ならば『運命…………トモダチ!』となることは必定!

 そしてロージィちゃんの反応は――


「あ、あの、その……わたし……」


 ロージィちゃんは僕と目を合わすこともできず、アタフタと混乱しながら視線が泳ぎっぱなしだ。

 ふむ……この反応からすると、この子は人慣れしていないのかもしれない。

 大聖堂という閉鎖的な環境で過ごしていれば無理もないだろう。


 気の強いアイファでも、僕と目を合わせて会話をする事を苦手としているのだ。

 アイファは攻撃的な口調とは裏腹に、視線が交差しただけで急に挙動不審になってしまい、視線が彷徨い始めてしまうのである。

 きっとこの子もそうなのだ。

 ならば、僕がしっかりとリードしてあげなくては……!


「……へぇ、そうなんだ。やっぱりアイファが師匠だったんだね。身体の動かし方が似てたからそうだろうと思ったよ。せっかくだから今度皆で一緒に鍛錬をしよっか? ……うん、約束だね!」


 もちろんロージィちゃんは何も言っていない。

 僕レベルになれば、相手の反応だけで返答を読み取って――相手が無言でも会話を成立させる事が出来るのだ……!

 いやはや、自分の会話スキルの高さには恐れすら抱いてしまう。

 相手は頷いてすらいないのに、今後の約束までしてしまったではないか……! 


 ロージィちゃんはますますワタワタと動揺しているようだが、喋ってもいないのに自分の胸中が的確に伝わっている事に、驚きつつも感動しているのだろう。

 もう僕らは友達の枠には収まらない――そう、親友だ!


「――アイファお姉様だけでなくロージィまで毒牙にかけるつもりかっ……!」


 ロージィちゃんと意思疎通を深めていると、乱暴なお姉ちゃんが空いている手で殴りかかってきた。

 というか、毒牙とはなんだろう……?

 以前アイファに毒を盛ったことを言っているのだろうか? 


 もしかしたら、妹が毒で生命を落とすことを心配しているのかもしれない。

 そんなに心配せずともそんな事はしないのに……。

 僕は気配りが行き届いてる人間なのだ――そう、致死量を超えるような毒を盛ったりはしない……!


 ともかく、まだ僕は姉妹と握手をしている状態なので〔お姉ちゃんパンチ〕を避けるのも一苦労な有様だ。

 だが、経験豊かな僕は慌てたりしない。

 両腕が塞がった状態で襲われる程度は、僕の人生ではよくあることなのだ。

 ましてや今回は、両肩が粉砕骨折している訳でもなければ、両腕を縛られてナイフ投げの的にされている訳でもない……!


 ……おっといけない、うっかりトラウマを思い出してしまった。

 とにかく、今回は相手も素手であることだし、この状況での対応は楽な部類に入るくらいだ。

〔握手ホールド〕で動けないくらいは問題にもならない。

 この場合の対処は自明である。

 偉大な先人も言っていた名言だ。

 押して駄目なら――引いてみろ……!


「――きゃっ!」


 繋いでいる手を引っ張られて、ぽふっと僕の胸に顔を埋めるお姉ちゃん。

 ちなみにまだロージィちゃんとも握手をしている最中なので、クロスしている妹ちゃんの腕を持ち上げて、その下を潜ってもらっている。

 それはまるでアーチを潜るかのようだ。

 ――ようこそ、ここは友達の世界!


 動転しながら至近距離で僕を見上げる彼女に――ニコっと笑顔を送り込む!

 そう、笑顔は友愛の合言葉!


 咄嗟に(うつむ)くお姉ちゃんだったが、顔ばかりか首まで真っ赤になっている。

 どうやら僕の温かい心が、この子の顔から溢れるほどに伝わったらしい。

 顔を上げようとしないお姉ちゃんに、僕は彼女の耳元で優しく囁く。


「……大丈夫だよ。僕は君たちと仲良くなりたいだけなんだ。君の名前、教えてくれるかな……?」

「………ルージィ」


 よし。消え入りそうな声ではあるが、しっかりと僕の問い掛けに答えてくれた。

 これは飛躍的な進歩じゃないか。

 きっと物理的距離が近付いたことにより精神的距離も近付いたのだろう。

 拘束しているわけでもないのに、彼女は僕の胸に顔を隠したままなのだ。


 ――僕には分かる。

 胎内にいる子供が、母親の心臓の鼓動を聞いて安らぎを得ているのと同じだ。

 この子は僕の心音を聞いて安心しているのだ。

 ルージィちゃんの心の声が聞こえてくる――『この心音、私と同じ。そう、人類は皆繋がってる。この人は――――私のお兄ちゃん!』と。

 困ったな、勝手に妹を増やしたらセレンに怒られてしまうではないか……。


 そんなルージィちゃんの妹さんは、まるで見てはならないものが眼前に展開されているかのように、片手で自分の眼を覆ってしまっている。

 しかしその指の隙間から――姉と僕をガン見している……!


 わざわざ目を隠して『見てないですよ』とアピールをする意味がどこにあるのだろうか……?。

 大人しそうに見えて、この子も結構な変わり者のようだ……。

 そして僕の超平和的会話術もいよいよ大詰めだ。

 会話の掴みは完璧過ぎるほどに完璧なので、後は足場を固めていくだけ――


「――いやぁ〜、いつもながらアイス君には舌を巻いちゃうなぁ。まったくボクは開いた口が塞がらないよ……ふふっ、それで――いつまで抱き合ってるのかな?」


 開いた口が塞がらないと言いつつも、流暢な口調で僕らに指摘するルピィ。

 ……それになるほど。

 別に抱き合っているわけではないのだが、ルージィちゃんがまだ胸の中にいるので、そう指摘されてしまうのも無理はない。


 ルピィの言葉に――ようやく我に返ったかのようなルージィちゃんが、慌てふためきつつ僕から離れた。

 姉に続けとばかりに、ロージィちゃんもせかせかと離れていく。

 強く手を握りしめるような事はしていないので、外そうと思えば簡単に握手ホールドからの離脱は可能なのだ。


 ……まだこれからというところだったが、今後機会はいくらでもある。

 友情進展を焦る必要性もないだろう。

 とりあえず、僕の平和技術を褒めてくれたルピィにお礼を言わなくては。


「ありがとうルピィ。自分で言うのも口幅(くちはば)ったいかもしれないけど、中々鮮やかなものだろ?」


 お礼を言いつつも自分の平和力を自慢してしまう僕。

 あんなに攻撃的だった二人に対して、僕は傷一つ付けることなく流れるように友達にしてしまったのだ。

 僕が驕り高ぶってしまうのも仕方がない……!


「ふっ、フフ、フハハハッ! …………ああ、ゴメンゴメン。あんまりオカシかったからつい笑っちゃったよ、ふふっ」


 急にルピィが悪者のような笑い声を上げたせいだろう、フードからマカが飛び出していってしまった。

 図太く逞しくなってきたマカが逃げていくとは……危険な事態に直面しているわけでもないのに。


 おや……?

 アイファの握っている手から血がポタポタと垂れている。

 はは〜ん。愛弟子と僕が仲良くなれるかどうかを心配し過ぎて、拳を固く握りしめ過ぎてしまったのだろう。

 ふふ、アイファは心配性だなぁ。


「おっと、血が出てるじゃないか。まったくアイファは困ったちゃんだなぁ……。安心していいよ、もう彼女たちとは仲良しになったからね!」


 何かを堪えているような顔で歯を食いしばっているアイファ。

 一言でも発すれば何かが決壊してしまうかのようである。

 そこで気が利く僕は、言われずともアイファの怪我をササっと治してしまう。

 ……しかし、お礼を言ってほしかった訳ではないのだが、無言で僕を睨みつけているのはどういう訳なんだろう?


「これはもう、アイス君を皆でお祝いしてあげるべきじゃないかな? もちろん――胴上げで!」


 この天井が低い謁見室で胴上げか……。

 祝ってくれる気持ちは嬉しいのだが、少し無理があるのではないだろうか……?

 僕が喜びつつも戸惑っていると、無言のフェニィやセレンたちが強引に僕の身体を引き立てていく。


 おや、なにやらルピィに耳打ちされたアイファも胴上げメンバーに加わっているではないか。

 僕を祝うという気持ちで一致団結したに違いない。

 これは嬉しい。こうなれば、この提案を断る選択肢など存在しない……!


「それじゃあ皆、天井低いから気を付けてね――――ぐぁっ!」


 注意喚起が遅かったのか――僕は突風のように天井へ叩きつけられた!

 防音がしっかりしている部屋だと思っていたが、天井はコンクリート製だ。

 そんな天井に勢いよく特攻してしまったので、身体がバラバラになるかと思ってしまった。


 やれやれ……祝福精神が強過ぎるせいで力加減を誤ってしまったのだろう。

 胴上げの一回目だから無理もないのかもしれない。

 新メンバーが加わったばかりなので、個々の力も把握できていないのだ。


 最初くらいは大目に見てあげるべきだ。

 これぐらいの痛みは授業料だと思って、僕が受け持とうではないか。

 天井に打ち返されるように戻ってきた僕の身体は、今度こそ優しく胴上げされ――――ぐはっ!


 馬鹿な!? 力が弱まっていないだと……!

 初回に負けず劣らずの勢いで打ちつけられてしまったではないか。

 だが、僕の誤算はそこで留まらなかった。

 ズダン、ズダンと、連続して僕の身体はボールのように天井と担ぎ手の間を行き来したのだ……!


 な、なにが起きてるんだ……。

 これではお祝いというよりは――拷問……!

 反復速度が早過ぎるせいで、僕には空術を行使する余裕すらない。


 ――これは祝賀ムードが強過ぎるのだ。

 仲間たちは『祭りじゃ、祭りじゃ!』といった具合にアドレナリンが過剰放出されているせいで、僕の悲惨な状態に気が回っていないに違いない。

 お祭りで振る舞われる〔餅〕。

 そうだ、さながら今の僕は餅つきでつかれている――餅!


 なんてことだ……まさか餅の気持ちになれる日が来るとは思わなかった……!

 餅はこんなにも大変な思いをしていたのか。

 ビッタンビッタンと天井に叩きつけられていると、まさに手も足も出ないぞ。

 身体中の骨もモチモチのぐにゃぐにゃになってしまいそうだ……。


明日も夜に投稿予定。

次回、二五話〔肯定された存在〕

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ