二三話 迫りくる天罰
「レット様……またお会いできる日を、一日千秋の思いで待ちわびておりました!」
謁見室で大興奮しているのは、聖女ことケアリィだ。
筆頭護衛らしいアイファが同行しているおかげなのか、僕らは素性を詮索されることもなく、あっさりとこの場に招かれたのだ。
やはりこの世は――コネが大事……!
今のケアリィは病人の治療を中心に忙しい毎日を送っているらしいのだが、〔レットパワー〕が遺憾なく発揮されて、待たされるようなこともなく謁見室へと案内されてしまっている。
コネにコネを重ねているので、警戒が厳重な聖女であろうとも阻む者なしだ。
しかし、ケアリィはレットに夢中過ぎるのではないか?
なにしろ友達である僕の存在を完全に無視しているのだ。
ケアリィは今この時を待ちきれなかったかのように早口でまくし立てているので、レットは困った顔をしてタジタジになっているのである。
無視されているのは僕ばかりではない。
同じく旧知の間柄であるルピィもここにいる。
……ケアリィからすれば悪い記憶しかないだろうけれど。
ルピィばかりではない、フェニィやセレンといった新顔もこの場にいるのだ。
ボーッと立っているだけとはいえ、これほど目立つフェニィの存在を意に介さないというのは只事ではない。
現にケアリィの護衛と思われる女の子たちは、僕らに関して全く説明が無いせいだろう――こちらに警戒している意識を向けているのだ。
――そう、護衛。
ケアリィの左右を固める女の子たち。
この子たちが噂の新しい護衛だろう。
鏡に写したような容姿を見る限り――歳の近い姉妹、もしくは双子の姉妹であると推測できる。
その歳は護衛にしては若い。
まだあどけなさを残した可愛らしい顔をしているのだ。
セレンやジーレより、一つ二つ歳上と言ったところだろうか。
うちの二人は年相応さに欠けているので単純な比較は出来ないのだが……一般的な範疇で、護衛の二人は十四歳くらいに見える。
それでも僕が護衛と判断したのは他でもない――彼女たちが神持ちだからだ。
僕の視たところ、姉妹共にそっくりな魔力をしている。
武器系の神持ちのようだが……姉妹は二人して〔棒〕を手に持っているので〔棒神持ち〕だろうか?
しかし、同一の神持ちが同時に存在する事はあり得ない。
一人は棒神として、もう一人はなんだろう……?
よし――ケアリィはレットと話すことに夢中なので、僕は姉妹と親交を深めがてら色々聞いてみるとしよう。
友達の輪はどんどん広げていきたいのだ。
「やぁ、初めまして。僕の名前はアイス=クーデルン。ケアリィとアイファの親友だよ。君たちはケアリィの護衛なんだよね?」
自分たちが話し掛けられるとは思っていなかったのか、ドキッとしたように驚いてから、二人揃って僕に視線を集中させた。
面白いくらいに同じ反応だが、二人の視線の種類は異なっていた。
大人しそうな子の方は、僕と目が合うとすぐに視線を床に下ろし、警戒しているようにチラチラと僕を観察している。
もう一人の方は――
「――お前がアイファお姉様の言っていた『アイス』かっ! ここで会ったが百年目、存分に懲らしめてやる!」
彼女が僕に向ける視線は――憤怒!
なぜだ!? なぜ初対面の女の子に懲らしめられなくてはならないのだ……!
アイファは僕について何を語ったのか!?
棒を構えた女の子は許可を求めるようにケアリィに顔を向け、それに対してケアリィは『やりなさい』と告げるように重々しく頷く…………んん!?
ひどい!? なぜ久方振りに再会した友人にこんな仕打ちを受けるのだ……!
こんな無法が許されていいのか……。
いや、ここは聖女の国と言っても良いような国だ。
嘆かわしいことに、ケアリィその人が〔法〕のようなものだ。
教国の憲法には〔初対面の人間、襲うべし〕などと記載されているに違いない。
今思えば、アイファだって初対面で問答無用に襲いかかってきている。
まったく……なんて悪法なんだ。
街の人々が法を遵守していない事だけが救いだ。
――いや、まてよ。
これはひょっとして……僕はケアリィに試されているのではないか?
あの鈍感王アイファが察していたくらいだ。
ケアリィも僕が〔アイス=クーデルン〕だと分かっていることだろう。
そう、ケアリィは僕の〔平和の伝道師〕としての力量を試しているのだ。
冷静に考えれば、友人との再会に部下をけしかけてくるなんて不自然だ。
『頭がおかしい』と言われても仕方がないほどの蛮行ではないか。
……僕としたことが、友人の想いを信じてあげられなかったとは。
間違いない、ケアリィは僕に『貴方の平和力、わたくしに見せてご覧なさい!』と言っているのだ……!
よし、ならばその気持ちに応えてあげるべきだ。
この二年で鍛え上げた僕の平和力――その目に焼き付けてくれようぞ!
僕を心配してくれたアイファが止めに入ろうとしてくれたが、「大丈夫だよ」と安心させて落ち着かせた。
一方で、フェニィやセレンからは微塵も心配の感情が見えない。
ケアリィたちの無礼な振る舞いに不快そうにしながらも静観の構えだ。
ルピィはご多分に漏れず、面白そうな顔をしながら観戦態勢に移行している。
仲間から信頼されているのは分かるのだが、誰も心配してくれないと一抹の寂しさを覚えてしまう……。
ちゃんと心配してくれるアイファが尊い存在に思えてしまうではないか。
……そもそもの発端はアイファが良からぬ事を吹き込んだのが原因としてもだ。
うん、やはりアイファは仲間に必要だ!
「――行くよロージィ! アイツに天罰を喰らわせてやろう!」
「えっ!? う、うん……分かったよ、お姉ちゃん」
戦闘意思の無かった女の子の方も、野蛮すぎるお姉ちゃんの声で参戦を決めてしまった。
それにしても、対話を試みようという意思が全く感じられない。
……まったくもってひどい話だ。
アイファといい、大聖堂ではこの手のタイプの人間を量産しているのだろうか?
罪なき僕に〔天罰を喰らわせて懲らしめよう〕などとは意味が分からない。
いつまで経っても教国に平和が訪れないのも無理からぬ事ではないか。
いや、あの乱暴だったアイファだって今は親友なのだ。
もう僕らは阿吽の呼吸で繋がっている。
僕が『黒』と言えば、アイファは『マグロ!』と応えてくれるのは間違いない!
この姉妹だって僕の平和力をもってすれば同じだ。
僕が『ビン』と問えば、『チョウ』『マグロ!』と返してくれる事だろう……!
すごいぞ、マグロトリオの結成じゃないか……夢が広がるなぁ。
「「やぁぁっ!」」
僕の思索が冒険の旅に出ていると、姉妹の攻撃が同時に飛んできた。
左右斜めの立ち位置からの突き。
戦闘系の神持ちだけあって、その速度は侮りがたいものだ。
この体捌きといい、教本通りの端然とした突きといい――アイファの動きによく似通っている。
おそらくはアイファに武術を習っている、或いは彼女と師匠が同じなのだろう。
いや、アイファはすぐに師匠を追い越したと言っていたぐらいだ。
彼女には武術で自分に比肩する者はいないと思っている節もある。
……道場通いもすぐに辞めてしまったらしいのだ。
そんなアイファが自分の元師匠を紹介するとは思えないので、姉妹たちはアイファの教え子と考えるのが自然だろう。
鼻高々で『どれ、私が教えてやろうではないか』なんて言いながら、この二人に稽古をつけてあげている姿が容易に想像できてしまうのだ……。
この二人も決して弱くはない。
鍛錬も積んでいるようであるし、自信家になるだけの力も持っている。
昔のアイファくらいが相手ならば、戦闘で勝ちを収めることも可能だろう。
だが――まだ未熟だ。
教本通りの突きというのは悪い事ではない。
無駄を排除していった結果、〔教本〕という一つの結果に結実しているのだ。
しかしそれだけでは足りない。
現に、僕にはのんびりと思考できるだけの余裕があるのだ。
明日も夜に投稿予定。
次回、二四話〔超平和的会話術〕