表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神の女王と解放者  作者: 覚山覚
第二部 悪夢の終わり
140/309

二二話 守るべき純真

「ところでアイス、先程から気になっていたのだが…………その、けったいな猫はなんだ?」


 次に僕が紹介しようと考えていた、マカのことだ。

 ピンホールな視界をしているとばかり思っていたが、ちゃんとアイファにもマカは見えていたらしい。

 なにしろ店内中の注目を集めているマカについて、さっきからアイファはまったく言及しなかったのだ。


 湯呑みを器用に掴んで熱いお茶を(すす)っているのは――我らがアイドル、マカ。

 もはや突っ込みどころしかない存在となっているので、けったいな猫などと言われてしまうのも仕方がないことだろう。


「アイスの周りなら変なヤツしかいないだろうと思って黙っていたが……コレは一体なんなのだ?」


 おおっと、挨拶代わりに槍を振り回すアイファさんが言ってくれるじゃないか。

 ――こいつはとんだブーメラン発言ですぜ……!


 しかしなるほど……マカの奇矯(ききょう)な行動について何も触れないと思っていたが、そんな失礼な思考が前提にあったのか。

 しかもどうやら、レットでさえも『変なヤツ』に仲間入りしているようだ。

 前回の訪問時、レットが大聖堂で大暴れしたせいだろうか?

 だがレットはともかく、他の面々についてはその言を認めよう。

 当然――アイファも含めてだ!


 マカが「茶柱が立ってるニャ」とばかりに一服していると、アイファは興味を抑えきれなくなったのか、その手をマカの身体へと伸ばす――


「――駄目だアイファ!」


 僕は過去の前例を忘れていない。

 アイファの行動を放置しておけば、黒コゲ犠牲者を増やすことになってしまう。

 最近の僕は、無分別にマカに触れる人間がいないように警戒しているのだ。

 まるでマカのボディーガードみたいだが……実際に守っている対象はマカに近付く人間である。


 突然大きな声で制止してしまったので、アイファはまるで怒られた子供のようにビクっとして、機嫌を窺うように上目遣いで僕を見ている。

 ……うぅ、罪悪感を覚えてしまう。


「び、びっくりさせてごめん……本当にごめんね。でも、アイファだっていきなり知らない人間に身体をまさぐられたりしたら嫌だろ? 触るなら相手の――マカの許可を取ってからじゃないと駄目だよ」


 厳しく怒られると思っているかのようにオドオドしていたので、僕はアイファに心の底から謝罪しつつ、優しく言い聞かすように注意してあげた。

 僕が怒っていない事を知って安心したのか、アイファはホッとした顔を浮かべてから、すぐに気を取り直したように元気になった。

 この単純……いや、純粋さはずっと守っていきたくなる。


「そ、それもそうだな! たしかに不躾(ぶしつけ)な振る舞いであった。……マカと言ったな。触ってもいいか?」


 今度は礼儀に(のっと)ってマカに許可を求めている。

 マカはお茶を飲む手を一瞬だけ止めてから、アイファを軽く一瞥して――プイっと横を向いた!


「こ、この畜生がっ! 人が下手に出ていればツケ上がりおって!!」


 見せかけだけの礼儀正しさは脆くも崩れ去り、(またた)く間に本性を露わにした!

 僕に怒られたと誤解していたせいか、鬱憤も溜まっていたのだろう。

 ……しかし激高するアイファを前にしてもマカは動じていない。

「騒がしいニャァ」とでも言いたげな小憎らしい顔で、静かにお茶を啜っているのだ。 


 さすがは不条理王女のジーレを相手にしていただけはある。

 ジーレならば恫喝するような手間は掛けない――ただ叩き潰すのみ!

 容赦の欠片もないジーレに比べれば、暴言で威嚇される程度は問題にもならないのだろう。


 しかしアイファがマカに敵意を剥き出しにしたことで、むしろ女性陣の雰囲気が和らいだように感じられてしまうのが悲しい。

 マカを敵と認識したことに共感してしまったのだろうか……?

 アイファが仲間に受け入れられるのは嬉しいが、マカを敵とする共通意識で結束を高めていることはジレンマだ……。


 それに――ようやくマカの味方になってくれる仲間が増えると思っていたのに、誰が教えたわけでもないのに、早くもアイファはマカを『畜生』呼ばわりしているではないか……!

 なぜ皆は『畜生』だなんて酷い言葉を平気で使うのか……ちくしょぉー!


「待ってよアイファ。マカは野生で育っていた神獣だから、まだ警戒心が強いところがあるんだ。長い目で見てあげてくれないかな?」


 マカは他人に触れられるのを嫌っているのだ。

 これが野生の本能に基づくものなのかは不明だが、庇護者のレットであってもマカに触ろうとすると「バシッ」っと尻尾で叩かれてしまうのだ。

 雷術を浴びせていないだけ心を開いてはいるのだろうが、レットの悲しげで傷付いた顔に、僕の方がよっぽど傷付いてしまうのだ……!


 一心同体である僕でも、マカの機嫌が悪いとそっぽを向かれてしまうのである。

 初対面のアイファが拒絶されたところで気に病む必要はないだろう。


「嘘を吐くなアイス! こんな神獣がいる訳ないだろう! 私を世間知らずと思って馬鹿にしよって……神獣がこんなに小さいわけがないし、そもそも神獣が人に懐くなど聞いた事もない。嘘を吐くならもっとマシな嘘を吐け」


 ホラ吐き呼ばわりされてしまった。

 アイファを世間知らずで騙されやすそうな子だと思っていたのは事実だが……。

 遂にアイスの嘘を暴いてやったぞ、と偉そうな顔をされてしまっているが――僕は嘘なんか吐いていない!

 逆に問い詰めたいが、熱々のお茶を好んで啜るような仔猫がいると思うのか。


 ……いや、これからアイファも旅の仲間になるのだ。

 焦るまでもない。僕が正直者であることは自ずと理解出来るはずだろう。


「アイファはすっかり疑り深い人間になってしまったね…………でも、良いんだ。そんな事で僕らの友情は崩れたりしないから。――さて、仲間の紹介も済ませた事だし、そろそろケアリィにも挨拶に行こうか」

「私が疑り深くなったのは貴様のせいだろうがっ! 私が悪いみたいな言い方をするんじゃない!」


 怒りんぼなアイファをどうどうと宥めつつ、僕ら一行は食堂の会計を済ませた。


 ――そう、いよいよ大聖堂に向かう時だ。

 今度ばかりは門前払いをされる心配も無い。

 聖女お気に入りのレットだけではなく、現役護衛のアイファもいるのだ。

 僕はレットの従者然として『控えおろう! このお方をどなたと心得る!』などと言っておけば良いのだ。

 レットの嫌がる顔が目に浮かぶようだが、このやり方が最もスムーズに事が運ぶことだろうから仕方がない。


 僕たちは食堂を跡にして大聖堂へと歩き出す。

 歩きがてら、言い訳も兼ねて過去の経緯について説明していると――アイファは感情を高ぶらせて声を荒げた。


「――なんだと、門前払いにされていたのかっ! おのれ、どこのどいつだ……その門番の名前は分かるか?」


 前回の来訪時、大聖堂の入り口で僕が追い払われていた事実を知ると、アイファは烈火の如く怒り猛ったのだ。

 結果的には、その門番の存在が僕とアイファの再会を阻んだ事になる。


 アイファが怒ってくれるのは嬉しいが、しかしこれは制止しなくてはならない。

 門番の一存による門前払いならば問題無いのだが、もしもケアリィ――聖女による命令によるものだった場合がまずい。

 ケアリィの命令で僕を排除していた事が明らかになれば、ケアリィとアイファの間に不和の種が生まれてしまうのだ。


 アイファを護衛の職から引き抜くつもりではあるのだが、二人の仲が険悪になるのは望むところではない。

 アイファには、わだかまりを残すことなく円満退職をしてもらうつもりなのだ。

 退職後、心中の気まずさから『大聖堂の近くを通りたくないから、遠回りだけどこの道から行こう』なんて事にはなってほしくないのだ……!


「いいんだアイファ。今、こうして僕とアイファが一緒にいる……だから、もういいんだ」


 僕は言葉と共に、温もりを込めた微笑みをアイファに送った。

 いつものように温かみが伝染したのだろう、いつものようにアイファも顔を朱く染めている。

 しかし、仲間たちには笑顔の感染は広がらなかったようだ。

 ……温かみどころか、僕を雪山に埋めそうな眼で見ているのだ。


明日も夜に投稿予定。

次回、二三話〔迫りくる天罰〕

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ