十四話 妹
これまで黙って話を聞いていたセレンが口を開く。
「私も、にぃさまと行きます」
――来た、と思った。
客観的に見ても、兄である僕にべったりなセレンが、大人しく留守番を受け入れるわけが無いのだ。
そして僕もまた、セレンの同行を認めるわけにはいかない。
今回の旅は、どう考えても危険や困難が山積みな旅だ。
まだ十一歳のセレンを危ない目に遭わせるなどと言語道断だ。
セレンの身に何かあったら、僕は――僕で、なくなってしまう。
想像するだけで気が狂いそうになる……。
「それは駄目だよ。セレンはまだ子供なんだから。この村で僕の帰りを待っててくれないか」
僕は心を鬼にして告げた。
セレンも辛いだろうが、告げている僕も辛い――しかしこれは曲げるわけにはいかない。
「嫌! 嫌です! にぃさまと離れたくありません!」
セレンは今まで見たことも無いような、絶望と、悲哀の籠った表情で、僕に叫ぶ。
我儘らしい我儘を言ったことのないセレンが、声を荒げることなんてついぞ無かった、あのセレンが――必死な様子で僕に訴えかける。
「セレンはまだ十一歳じゃないか。危険な旅をするには幼すぎるよ」
「嫌……嫌です……」
――セレンは泣いていた。
これまで、セレンが泣いているところなんて、見たことも想像したことも無かったから、僕も泣きそうになった。
僕の心は折れそうだったが、それでも、どうしても、まだ幼いセレンを巻き込みたくなかったので――歯を食いしばり、涙を堪えて話を続けた。
「もし、旅の途中で僕が危険な目にあったら、セレンは僕を助けようとするかな?」
答えの分かっている質問だった。間髪入れずにセレンは応える。
「もちろんです! 何があっても、かならず!」
「うん……僕もそうなんだ。セレンに危険が迫ったら、必ず助けようとするよ。
……この命に代えてでも」
はっ、としたように目を見開くセレン。
……やがてその唇から、絞り出すように声を出す。
「…………私は足手まといなんですね」
「ごめん……僕は、弱いんだ」
――いつしか僕も泣いていた。
セレンも僕の体に抱きつき、気丈に、声もあげずに泣いていた。
こんなことはセレンに言いたくなかった。セレンを泣かせたくなかったし、セレンに涙を見せたくもなかった。
僕に、どんな相手と戦っても圧倒的に蹂躙出来るだけの力があれば、セレンを容易く守れるだけの力があれば、セレンを泣かすことも無かっただろう。
しかし現実はそうではない。
レットや幼いセレンを相手とするならば、戦闘訓練で勝ちを収めることはできるが、軍国軍団長クラス、戦闘系の神持ちを相手にすればどうなるかは分からない。
そして今回の旅では、軍国と敵対する以上、軍団長クラスとの争いになる可能性は十分にある。
最悪、逃げに徹すれば、誰が相手であれ何とでもなる自信はあるが、誰かを守りながら、となるとそうはいかない。
――セレンを泣かせているのは僕の弱さだ。
もう二度とセレンの涙を見ることがないようにする為にも、僕はこれから先、誰にも追随出来ないくらいに強くならなければならない。
僕が決意を新たに固めていると、セレンが僕の胸の中でくぐもった声をあげる。
「にぃさま……私は、強くなります。加護の力も使いこなせるようになって、誰にも負けないくらい、強くなります」
セレンも僕と同じようなことを考えていたようだ。
兄妹で心が通じ合っているようで嬉しくなった僕は、セレンの体を強くぎゅっ、と抱き締め返して、セレンの耳元で囁いた。
「うん……僕も、強くなるよ」