二十話 カミングアウト
「――ふぅ、まったく酷い目に遭った。いったい僕が何をしたって……あ、いえ、なんでもないです。……はい、すみませんでした」
公衆の面前でイジめられてしまったので愚痴を漏らしそうになったが、仲間の鋭い視線に黙らせられた――いや、謝らせられた!
……不合理だが仕方ない。
この世界は平等に出来てはいないのだ。
「と、とりあえずアイファ。どこかのお店で話をしないかな?」
キャメル騒ぎですっかり市場の注目を集めてしまったので、このままここで立ち話をするには居心地が悪いのだ。
そう思っての提案だったが、アイファは顔を輝かせて賛同してくれた。
「うむ。近くに私がよく行く店がある、そこへ行こう。店構えは綺麗とは言えないが、知る人ぞ知る隠れた名店だ!」
僕におすすめの店を案内するのが嬉しいのだろう。
子供のような屈託の無い笑顔を浮かべて、アイファは僕らを先導していく。
――――。
「――アイスちゃんじゃないの。どうしたの、忘れ物? あら、そこの子はいつも店に来てくれる……」
アイファが案内してくれたのは……僕らがカニ汁を食べていた食堂だった。
…………これはバツが悪い。
アイファに自慢げに案内された場所が、まさか僕の行きつけの店だったなんて。
しかも食堂のお姉さんは、僕の名前は覚えているのに案内してくれたアイファの名前を知らなさそうだ。
とりあえず、唖然としているアイファの代わりに僕が対応するとしよう。
「こんにちはお姉さん。偶然古い友人と再会しましたので、またこちらでお世話になりますね。彼女には本日のおすすめを、僕らには軽くつまめる物を頂けますか?」
食事の直後ではあるが、店を利用するならば何も頼まないわけにはいかない。
アイファは食事前だから良いとして、僕らも軽く注文すべきだろう。
常に食欲旺盛なフェニィがいるので、多少の料理は片付けられるはずである。
注文を受けたお姉さんが嬉しそうに去っていくと、呆然としていたアイファに追求されてしまった。
「なぜアイスが私より常連扱いを受けているのだ! ……いや、それよりもだ。教国に来ておきながら、大聖堂に顔も出さずに何をやっていた!」
おっと、僕の罪が暴かれてしまったではないか。
しかもこの様子だと……ずっと前から教国に着いていたのにアイファたちに会いに行くわけでもなく、この店に入り浸っていたと誤解されているようだ。
「まだ僕らは教国に着いたばかりなんだよ。すぐに大聖堂に行こうと思ってたんだけど……ほら、分かるだろ? ――そう、〔限定三十杯のカニ汁」に間に合うかどうかの瀬戸際だったんだ!」
「なにが『分かるだろ?』だ! 貴様、私に会うよりもカニ汁を優先していたのか!」
おかしい……なぜアイファは立腹しているのか?
いや、分かったぞ。
アイファは足繁く通っていながら、裏メニューのカニ汁を知らなかったのだ。
本人は常連のつもりでいたのに、他国の人間である僕の方がこの店に精通していたから嫉妬心を燃やしているのだ……!
それならば、食いしん坊なアイファの弱点を突くしかあるまい。
「よし、分かったよ。明日はアイファも一緒にこの店に来よう。そして僕と一緒にカニ汁を食べようじゃないか。……どうかなアイファ?」
「そ、そんな事で誤魔化されんぞ。……ま、まぁ仕方無いから付き合ってやるが」
ふふ……カニ汁をチラつかせたらすぐに屈服しよったわい。
嫌々付き合うような事を言っているが、その顔は喜色を隠しきれていないではないか。
「……相変わらず槍神ちゃんはチョロいなぁ」
正直過ぎるルピィが正直な感想を述べてしまう。
……だが僕も同じ感想を抱いていたので、ルピィを諌めることが出来ない。
「私を軽い女みたいに言うんじゃないっ! …………いやまてよ、たしかにアイスは嘘ばかり吐く。鵜呑みにしてぬか喜びさせられるわけにはいかないな」
アイファは失礼な事を言っているが、〔ぬか喜び〕などと喜んでいる事を自白してしまっている。
この子はレットとは別の意味で嘘が吐けない子なのだ。
僕も二人を見習って、常に正直に生きていきたいものである。
だがそれはそれとして、僕の不名誉なイメージは修正しておくべきだろう。
「僕はアイファに嘘なんか吐かないよ。――そう、クーデルンの名に懸けて誓うよ!」
「…………クーデルン?」
「あ、そういえば前回は偽名を名乗ったまだったね。僕の本当の名前はアイス=クーデルンって言うんだよ」
「き、きっさまぁぁぁ! 何から何まで嘘まみれではないかっ!」
しまった……!
カミングアウトするにはタイミングが悪かった。
――仲間捜しの旅をしていた際には、僕はクーデルンの姓は伏せて〔アイス=ガータス〕と名乗るのを常としていた。
クーデルンの姓は、軍国のみならず他国でも有名だったので、軍国に僕の名前が伝わる事を懸念していたのだ。
もちろん親しくなった人間には本名を明かしていたのだが、アイファとケアリィには折り悪く伝え損ねていたのである。
ささやかなすれ違いなのに、怒りっぽいアイファが憤激の雄叫びを上げて掴みかかってくる。
アイファが喜んでいた時には機嫌が悪そうだった仲間たちは、今は何故か満足そうな様子で静観している。
……なぜ仲間たちとアイファの感情は、常に真逆の位置にいるのだろう。
皆が幸せになれる方法を心中で模索しながら、僕には暴れ馬のようなアイファを宥めることしか出来なかった。
明日も夜に投稿予定。
次回、二一話〔広がっているデマ〕