十八話 突然の再会
僕たちは腹ごしらえを済ませて市場の食堂を出た。
そして市場を歩き出して間もなく、予想外の事態に直面してしまった。
「「あ!」」
驚きの声は同時だった。
大衆的な市場には似つかわしくない、凛然とした雰囲気を纏った女の子。
ここからは海が近いので、漁で使用する〔銛〕を持っているのかと一瞬錯覚してしまうが、冷静に観察すれば明らかに違う。
彼女が持っているのは〔槍〕。
そう、彼女こそは〔槍神持ち〕――アイファ=ランズサイト、その人だ。
まさかこんなところでバッタリ出会ってしまうとは……。
……僕には気まずい気持ちを隠し切れない。
なにしろ教国を訪れているのに、友人へ挨拶に行くわけでもなくカニ汁を優先してしまっていたのだから……!
あまりにも突然すぎる再会に、僕の脳内で言葉が上手く纏まらなかったが、それはアイファも同様であったようだ。
「き、きさま、貴様、貴様っ……!」
アイファは顔を真っ赤に染め上げ、話す言葉も言葉になっていない。
しかし、『きさま』しか言っていないが大丈夫だろうか?
もしや――脳に損傷を受けて言語障害を負ったのでは……?
世の中には脳にダメージを受ける事によって、片言の言葉しか喋れなくなってしまう人もいるのだ。
……だが、これは困った。
人心に聡い僕とはいえ、『きさま』だけで会話を成立させる自信は無い。
『キッサマ、サマサマキサマー』みたいな事を言われても、僕には手の施しようが無いではないか……。
ほのかに夏の香りを感じてしまうだけだ……!
ここは動揺著しいアイファの為にも、会話巧者である僕が自然にリードしてあげるべきところだろう。
「おやおや? 誰かと思えばアイファじゃないか。こんな所で会うなんて奇遇だねぇ、ちょうどこれか――」
「――貴様ぁっ! なにが『おやおや』だ、よくも抜け抜けとそんな事が言えたものだな!!」
言語能力が復活したアイファによって、僕の言葉は叩き切られてしまった。
しかし……気のせいでなければ、アイファは物凄く怒っているように見える。
元々〔怒りんぼ〕なところがあったのは事実だが、二年ぶりに会った友人に対してこの剣幕である。
なにか怒らせるような事をしてしまっただろうか……?
そんな疑問符を顔に浮かべている僕だったが、レットがアイファの援護をするように口を挟んだ。
「……これはアイスが悪いな。俺が帝国からの〔帰り〕に大聖堂に寄った時なんか、アイスが一緒にいなかったから、アイファさんにあからさまにガッカリされたんだぞ?」
なんと、そうだったのか。
――そういえばレットだけは、二度目の〔大聖堂訪問〕を果たしていたのだ。
いや、僕も大聖堂の入口までは訪れてはいたが……まさかそれほど再訪を期待されていたとは思わなかった。
なるほど、それでレットはすぐに大聖堂へ行く事を主張していたのか。
そうならそうと言ってくれれば良かったのに、まったくレットも人が悪い。
…………あ。
思い返せば、以前レットと久し振りに再会した時に言っていたな……。
僕の再訪を期待しているわけがないと思い込んで、聞き流してしまっていた。
レットの〔リップサービス〕かと思っていたが、アイファの反応を見る限りでは本当に心待ちにしてくれていたらしい。
アイファはレットの援護射撃に顔をますます真っ赤にしているのだ。
……どうやら照れているらしい。
僕の浅慮を責めるようにレットは援護を続ける。
「アイファさんからはアイスのことばっかり聞かれ……」
「――きぇぇぇいっ!」
「おわっ!?」
レットの応援演説の最中――アイファが牙を剥いた!
突然雄叫びを上げて、レットを槍で貫こうとしたのだ……!
もちろん、僕らのレットがやすやすと串刺しになるわけもない。
レットは素晴らしい反応速度で死の突風を回避している。
ふふ……それにしても、少し前にレットは『槍で突かれるのはアイスくらいだ』などと言っていたが、当の本人が攻撃されているではないか。
あれはきっと、これを見越しての〔前フリ〕だったのだろう。
まったくレットはとんだエンターテイナーだなぁ……。
……おっといけない。
これをみすみす見過ごすわけにはいかない。
ちゃんと僕からアイファに言ってあげないと――
「アイファ……きみ、槍術の技量を上げたね! 目覚ましい上達ぶりじゃないか!」
そう、明らかに槍使いが巧みになっていたのだ……!
昔のアイファはただの槍神持ちというだけで、まともな鍛錬をしたこともなさそうな貧弱な腕前だったのである。
だが今のアイファはどうだろう……?
磨き上げられた直立姿勢。
無駄を徹底的に排除した鋭い突き。
なによりあのレットに、不意打ちとはいえ驚きの声を上げさせているのだ。
かつての〔なんちゃって槍神〕だったアイファとはもう別人。
今の彼女なら『わいが槍神じゃい!』と名乗りを上げてもなんら違和感がない……!
「わ、分かるか!? そ、そうだ、あれから私は槍術の師を探して教えを乞うたのだ。すぐに相手にもならなくなったがな!」
きっとアイファは、自分の努力に気付いてもらいたかったに違いない。
そしてその努力を褒めてもらいたかったのだろう。
アイファの怒り顔は一転して――幸せを胸にしまいきれなくなくなったような笑顔になり、凛とした顔を反り返らせて大いに威張っている。
「もはや今の私なら、アイス――貴様にだって引けを取らないぞ!」
笑顔のままノリノリでぶち上げてしまうアイファ。
うむ……きっと神持ちらしく、負け知らずの勝負が続いてしまったので完全に慢心しきってしまっているのだろう。
しかし力を付けたとはいえ、僕を相手に勝利するのはまだ時期尚早だ。
それどころか、仲間たちの誰を相手にしてもアイファの勝利は覚束ないはずだ。
僕としては、そんな純粋過ぎるアイファの事が微笑ましく思えてしまうので、軽視された不快感などは全く存在しない。
ルピィは「ヘー」と小馬鹿にしているような顔で見ているが、これも問題無い。
問題は、フェニィとセレンだ。
まずはフェニィ。
僕が軽んじられる発言をされたせいだろう、その瞳には闘志の炎が燃えている。
大口を叩いているアイファであるが、実際にどれほどの実力者なのかを確かめたがっているようでもある。
この点ではフェニィもアイファも同じなのだが、二人とも自身の戦闘力を磨くことに傾倒し過ぎていたせいなのか、相手の力量を正確に測ることが不得意なのだ。
以前、フェニィが僕の父さんに模擬戦を挑んだのが良い例だ。
直接闘ってみない事には父さんの実力が分からなかったので、好奇心を抑えきれなかったのだろう。
当然の事だが、フェニィとアイファの模擬戦など実現させるわけにはいかない。
まだまだフェニィは手加減が苦手なのだ。
アイファが実力者だと思ってやり過ぎてしまったら――ロブさんの二の舞になってしまうのだ!
『ワタシ、ヤリ、トクイ』なんて言い出したら、僕はどうすればいいんだ……。
そう、ロブってしまったら取り返しがつかないのだ……!
……おっと、いけない。
僕としたことが、勝手にロブさんを〔動詞〕にしてしまった。
これはロブさんに失礼だろう。……心のロブさんは『イイッテコトヨ』と言ってくれているが、いつも僕を全肯定してくれる温かさに甘えてはいけないのだ。
明日も夜に投稿予定。
次回、十九話〔顎クイ〕