十七話 歓呼の予感
和気あいあいと食事を楽しみつつ、食堂のお姉さんとも世間話がてら情報収集をしていると、意外な情報が耳に入ってきた。
聖女――ケアリィの近況についてだ。
僕の知る彼女は〔教国の象徴〕であり、それ以上でもそれ以下でも無かった。
言い方は悪いのだが……ケアリィは本当にお飾りの存在であり、実際の行動で周囲に影響を及ぼすことは皆無であったのだ。
だが、今の聖女は一味違うらしい。
かつてのケアリィは〔治癒神の加護〕を持ちながらも、ロクに治癒術を使ったことがないような子だった。
だが最近では、重病人を優先的に大聖堂へと誘致して、ケアリィ自ら治癒術で病に苦しむ人々の治療をしているらしいのだ。
……信じがたいほどに別人のようだ。
なにしろ昔のケアリィは差別主義であり、神持ち以外は同じ人間と認めないぐらいの強烈な人柄をしていたのだ。
……しかしだからといって、彼女が悪人だと決めつける事はできない。
むしろ僕は、筋の通った尊敬すべきところのある友人だと思っている。
――かつてケアリィは〔裁定神の予知〕の対象になった。
その際には自分の命を優先するわけでもなく、同じく対象となっていた付き人のキセロさんと共に死ぬ覚悟を決めていたのだ。
そう、ケアリィは差別主義者ではあるが、高潔な精神を持った子でもある。
というより、ケアリィの差別的な思想は育ってきた環境に根付いている部分が大きいと思われるので、彼女を責める気にはならないのだ。
そんなケアリィにどんな心境の変化があったのか、今やただの象徴ではなく、熟練の治癒術士として名を馳せているらしい。
なんでも二年ほど前……聖女が大病を患い生死の境をさまよって快復してからというもの、一般の人々の治療に精を出すようになったそうだ。
「あのケアリィが変われば変わるもんだねぇ……。重い病気に罹ってたらしいけど、ちょうど僕らと出会った後ぐらいかな?」
「おいアイス……本気で言ってるのか? ――どう考えても、お前が毒を盛って寝込んでた時の話だろうが! 他人事みたいに言ってんじゃねぇ!」
なんと、そういう事か……!
言われてみれば、たしかにあの一件でケアリィは三日ほど寝込んでいた。
大病を患ったのが二年前らしいので、僕が訪れた頃と時期的にも合致する。
毒を盛ったとは人聞きが悪いのだが、たしかに僕は料理に毒を混入させた。
もちろんそこには、悪意など欠片も存在しない。
というより、レットに毒を盛ったついでにケアリィとアイファにも毒料理を振る舞ったのである。
あの頃のレットは、裁定神持ちとしての使命感に潰されそうになっていたのだ。
そんな義務など有りはしないのに、レットは体調不良にも関わらず教国を旅立とうとしていたのである。
そこでレットへの足止めと毒耐性の取得を兼ねて、レットたちに〔毒の加護〕や〔呪いの加護〕を持つ魔獣の肉料理を提供したわけだ。
――褒められるべきは僕の調理技術だろう。
本来ならば〔毒持ち〕の肉などは可食に値しない。
だが僕は試作を重ねて、ついに美味しい料理に仕上げる事に成功したのだ。
そう、アイファがお代わりをせがむくらいに……!
つまりこれらの事を鑑みると――僕の料理が切っ掛けでケアリィの意識改革が成されたという事になる。
……なんて光栄な事なのか、自分の作りだした物が一人の人生観を変えたのだ。
これはクリエイター冥利に尽きるというものではないか……!
ケアリィには嫌われている自覚があるので、次に大聖堂を訪れた際には〔石〕を投げつけられることも覚悟していた。
だがこの分では、きっと投げつけられるのは――〔紙テープ〕!
そう、大聖堂に足を踏み入れたら大歓呼で迎えられてしまうに違いない……!
『ありがとう! 私に毒を盛ってくれて、本当にありがとう!!』などと満面の笑みで謝意を伝えられてしまうのだ!
これは困ったな、さすがに照れてしまう……。
〔レットのついでだった〕だなんて言い出しづらくなってしまうではないか。
しかしこんなことなら、大聖堂に行くのを後回しにしている場合では無かった。
市場の食堂に行きたかったのは本当なのだが、大聖堂に行くのを躊躇している気持ちがあったことも否定できないのである。
僕が教国を訪れるのは、これで三回目だ。
前回、帝国への〔行き〕だけではなく、帝国からの〔帰り〕にも教国を通過しているのだ。
もちろん軍国に帰国する途中にも、ケアリィとアイファに挨拶をするつもりだった――そう、するつもりだったのだ。
だが、僕とルピィに突きつけられたのは厳しい現実だった。
僕ら二人は、大聖堂の入口で〔門前払い〕されてしまったのだ……!
前回訪問した時とは違って、神持ちの看板を掲げたレットがいなかったのが災いしたのだろう。
ちょうど折り悪く、レットと別行動している最中だったのだ。
大聖堂の門番にケアリィの友達であることを伝えたのだが、胡散臭いものをみる眼で見られて追い払われてしまったのである。
僕は悩んだ……あくまでも強気に主張して粘り強く交渉すれば、ケアリィたちに取り次いでもらえるかもしれない。
だが、門前払いが〔ケアリィの意思〕である可能性も捨てきれなかったのだ。
レットが一緒にいるならばともかく、僕とルピィだけをケアリィが歓迎してくれるとは到底思えない。
それでも門前払いまではしないと思いたいが、あのケアリィのことだから可能性は十分以上にある。
『あの二人だけでやって来たら追い返しなさい!』などと命令している姿が目に浮かんでしまうのだ。
――もしもそうなら、友達アピールはとんだ赤っ恥である。
門番たちは内心で『なにが友達だ、この勘違い野郎が!』などと思っているかもしれないのだ……!
それでも教国まで来ておきながら、親しい友人のところに顔も見せないのは不義理だろうと思い、諦めまいと行動しようとしたのだが――
「会えないなら仕方ないね。アイス君、先を急ごう! あ、もちろん強引に大聖堂に押し通るような事をしちゃダメだよ? 決められたルールを破るなんて許されない事だもんね!」
友人に会いそびれたのに何故か嬉しそうなルピィにそう言われてしまったので、やむなく断念したのである。
なにより、天下御免の無法者であるルピィがまさかの〔遵法精神〕を発揮してくれたので、その貴重な気持ちを無駄には出来なかったのだ……!
――しかし僕の料理を切っ掛けに、ケアリィがこれまでの差別主義を悔い改めてくれたのなら、すぐにでも会いにいくべきだろう。
今度はレットもいるので、万に一つも追い返される心配は無いのだ。
そうと決まれば話は早い。
ただちに行動せねばなるまい。
そう、デザートのキウイを食べたらすぐに出発だ……!
明日も夜に投稿予定。
次回、十八話〔突然の再会〕