表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神の女王と解放者  作者: 覚山覚
二章 第一部 取り戻した平穏 
132/309

十四話 密かな出発

 まだ人々が寝静まっている早朝。

 王都に住む人々の注意を引くことなく、僕ら一向はひっそりと王都を跡にした。

 ……別に後ろめたい事がある旅立ちというわけではない。

 僕らが軍国を不在にしているという事実は、極力周囲には伏せておくべきなのである。


 ――とくに帝国だ。

 僕や仲間の存在は、クーデターの立役者となった神持ち集団ということで、帝国などの周辺各国にも知られている――というより、あえて知らせている。

 神持ちの存在はそれそのものが軍事力、つまり戦争の抑止力となるのだ。


 政権交代の影響で軍国の戦力は目減りしているのではないか? などと思われてしまうと、帝国から良からぬ干渉を受ける可能性が出てくるのである。

 そうなるよりは、ナスル軍に所属する神持ち集団の活躍により、ほぼ無傷でのクーデターに成功したと喧伝する方が軍国にとってプラスなのだ。


 それに大々的に〔壮行会〕を開いてもらったりするのも気恥ずかしいので、これぐらいあっさりと出発する方が僕の好みでもある。

 過去にも、立ち寄った街で問題を起こして夜逃げ同然に逃げ去るということも一度ならずあったので――夜明け前の出発など慣れたものだ……!


 ――そんな事情もあって、見送りの人数もごく少数の身内だけである。

 父さんにナスルさん、それからジーレにシーレイさんの四人だけだ。

 父さんはいつもの淡々とした態度で、別れの言葉を僕らに送るわけでもない。

 永遠の別れでもないので、離別の言葉は必要無いと思っているのだろう。


 ナスルさんは、ジーレが連れて行かれることを疑っているかのように、あからさまに警戒しながら僕に別れを伝えている……。

 もうナスルさんとも長い付き合いになるのに、なぜこれほど信用されていないのだろうか……?

 そしてジーレやシーレイさんにも短い別れを告げて――僕らは王都を旅立った。


 別れ際に泣いていたジーレには、申し訳無いという気持ちはある。

 別れの握手で感極まって〔僕の指を砕いてしまった〕シーレイさんには、申し訳無いと思ってほしいという気持ちもある……。

 ――そう、本当に反省してほしい!


 引き止め工作の一環では? と、僕が考えてしまうのも仕方がないことだろう。

 しかし、泣いているシーレイさんの前でそんな憶測を口にできるわけもない。

 シーレイさんを悲しませてしまっているのは事実なのだから、これぐらいは軽い激励だと考えるしかないのだ。

 僕が砕けた指を治療しながら歩いていると――セレンに問い掛けられた。


「にぃさまの目から見て、教国とはどのような国ですか?」


 これは難しい質問だ。

 というか、セレンの部下には教国出身の人間が大勢いたような気がするのだが。

 そもそもどんな経緯で、教国の人間が軍国の〔指無し盗賊団〕に加入することになったのだろう……?

 なにしろ、他国の貴族に相当する〔上級神官〕までいたのだ。


「セレンの部下さんたちに聞いてみたことはないの? なぜだか元上級神官の人もいたよね?」


 気になって辛抱堪らなくなった僕は、質問に質問で返してしまう。

 やや不躾ではあるが、兄妹なのでこれぐらいのことは許してもらえるだろう。

 ――そんな僕の質問に、セレンは自明の理を語るように応えた。


「興味が無かったので聞いたことはありません。些事は指無しさんに一任していましたので」


 なるほど――それなら仕方ない……!

 兄である僕が教国に関わっているとは思わなかったことだろうし、よくよく考えれば部下の過去を詮索するなど無粋な事でもある。


 それにしても、指無しさんの組織運営能力の高さには本当に舌を巻いてしまう。

 なにしろ指無し盗賊団には、元神官から傭兵、農民に至るまで多種多様の人材が揃っていたのだ。

 これほど共通項が少ない人たちを乱れなく束ねるなんて事は、並大抵の人間に出来る事ではないのである。

 セレンの圧倒的なカリスマ性が前提にあるとはいえ、指無しさんの管理手腕は僕ならずとも認めるところだろう。


 今の指無しさんは第一軍団の副団長――父さんの右腕的立場にいるが、これほどの適任者も中々いないはずだ。

 そう、父さんの側近として必要なのは〔武力〕などでは無い。

 言葉足らずな父さんをフォローしてくれる〔サポート力〕が求められるのだ……!

 父さんによく似た性質であるセレンのサポートをしていたぐらいなので、指無しさんなら上手く第一軍団を導いてくれることだろう。


 ちなみに指無しさんは武力をまったく持たない人ではあるが、しかしその指示に逆らうような人間は軍団内に存在しない。

 特に第一軍団は……少し前まで、あのシーレイさんが統率していたのだ。


 ――そう、反抗的な人間が生き延びられるはずが無いのだ!

 しかもそれに加えて、指無しさんに敵意を向けると〔アイス=クーデルンに虐殺される〕という事実無根の恐ろしい噂も蔓延しているので尚更だ。

 もしかしたら()()()()()()()()でスパイを処断した件が後を引いているのかもしれないが、まったくもって失礼な話である。


 ……おっといかんいかん。

 いつもの如く思考が脇に逸れてしまった。

 セレンが教国に関する知識を持っていないのなら、僕なりの印象を教えてあげなくてはならない。


「う~ん……少し前の軍国が〔帝国〕という共通の敵で(まと)まっていた国だとすれば、教国は〔聖女〕で纏まっている国だと言えるかな……」


 軍国に限った話ではないが、国民を一致団結させるには共通意識を持たせるのが手っ取り早いのだ。

 教国は聖女――治癒神の加護持ちである〔ケアリィ=エインタール〕を崇敬の対象とすることで国民感情を一元化しているわけだが……厳密に言えば国内は纏まっていない。


 教国内では、東と西に別れて何十年も内戦が続いている状態なのだ。

 どちらも、〔聖女〕という象徴を頭に戴いている事は間違いない。

 だが東側はともかく西側に関しては、〔治癒神持ちの聖女〕は崇拝しているが〔ケアリィ〕の存在を認めていないという複雑な問題を抱えているのである。


 早い話がケアリィを暗殺することで、西側にとって都合が良い〔治癒神持ちの聖女〕を新たに誕生させようとしているのだ。

 これは西側だけが悪いという問題ではない。

 教国という国は〔聖女という存在〕を奪い合うようにして争ってきた歴史があるのだ。


「……教国の聖女とは面識があると伺っていますが、どのような人間なのですか?」

「――大丈夫だよセレンちゃん。聖女ちゃんは本気でアイス君の事が大嫌いだからね!」


 セレンの問いに勝手に答えたのはルピィだ。

 だが、別に珍しいことでは無い。

 ルピィは人の話に割り込むのが――いや、僕の邪魔をするのが大好きなのだ!


 だが薄々感じてはいたが、やはり僕はケアリィに嫌われているのだろうか?

 しかしそれが事実だとしても――もっとオブラートに包んでほしかった……!

 そんなに強く保証されてしまったら、内心の疑念が確信に変わってしまうのだ!

 そもそも、僕がケアリィに嫌われている事のどこが『大丈夫』だと言うのか……まったく〔大丈夫感〕がないではないか。


「っていうか、聖女ちゃんはレット君に()()だからね、他に男なんか眼中に無いって感じ。問題があるとすれば護衛の子だよ。護衛の槍神ちゃんはアイス君にもうメロメロだからね」


 メロメロ……?

 槍神――アイファが僕にメロメロとは一体?

 アイファが僕に恋愛感情を持っていることなどあり得ないし……。


 ――そうか。アイファは僕の作る料理を大いに気に入ってくれていたので、そのことを言っているのだろう。 

 それこそ皿をペロペロしてもおかしくないぐらいだったのだ……!

 だが、それの何が問題だと言うのか。

 誇るべきことではあるが、厄介事のような言い草は不自然ではないか。

 どうも先ほどからルピィの発言は要領を得ない。


 前回教国を訪れた際にもアイファたちとは喧嘩ばかりしていたことだし、何か含むところがあるのだろうか……?

 ……またトラブルにならないように、僕が見張っておかなくてはならないな。


 なにしろ今回は、フェニィやセレンもいるのだ。

 正直嬉しいと言えば嬉しいのだが、この二人には僕がバカにされたら激怒する傾向がある。……ケアリィは僕に悪感情しかぶつけてこない子なので、二人がそれに黙っているとは思えない。

 一国の代表を殺害してしまうような事は、是が非でも阻止せねばならない……!


「待ってよルピィ。たしかにアイファはメロメロのペロペロだったけど、それの何が問題なの? 良いことしかないじゃないか」


 そうなのだ。

 アイファが僕の料理にメロメロなのは、僕も嬉しくてアイファも嬉しいという〔ウィンウィン〕の関係なのだ。

 それを悪しき事態のように言われてしまうのは、アイファの為にも反論せざるを得ないだろう。


「……そうですか。自覚があるのですね。にぃさまも立派になったものですね」


 セレンに称賛されてしまった。これは嬉しい。

 だが、心なしかセレンは不快そうに見える気が……? 

 いや、気のせいだろう。

 不快になる理由などどこにも無いのだ。


「そんなふうに褒められると照れるなぁ……。きっとセレンとアイファも良い友達になれると思うよ。初対面の人間を槍で突いちゃう悪癖があるけど、基本的には素直で良い子なんだ」

「――槍で突かれるのはアイスくらいだろ。っていうかなんだよ『ペロペロ』って……。アイスの料理に執心してたから、食った後の皿を舐めそうって事か? さすがにそんな事するわけねぇだろ」


 この場にいない人間への侮辱を見過ごせないレットが口を挟んだ。

 そう、レットはフェアな男なのである。

 そして……さすがは付き合いが長いだけあって、僕の言うところのペロペロを正確に解釈したようだ。


 だが、僕は根拠もなく人を(おとし)めるような事はしない。

 というより、そもそもアイファを侮辱してなどいないのだ。

 僕の料理を好んでくれている事実は純粋に嬉しいので――皿をペロペロするぐらいの無作法も許してあげるくらいだ……!


「本当に? 本当にアイファが皿を舐めないって言えるのかレット?」


 当然のようにレットへと反論する僕。

 アイファの料理への夢中ぶりからすると、決して否定出来ることではないはずなのだ。


「う、それは……絶対に無いとは言えねぇけどよ……」


 レットも僕と同じ印象を持っているのだろう。

 さきほどまでの勢いを失くして、渋々ながらレットもペロペロの可能性を肯定している。


「――とにかく、アイファは僕の友達だからセレンも仲良くしてくれると嬉しいな」


 レットを論破する事に成功してご機嫌になり、再び僕はセレンへと友達付き合いを勧めてしまう。

 本当はケアリィとも友達になってほしいのだが、肝心の僕が〔殺害対象以上、親友未満〕の関係なので、セレンに紹介するのは難しいのだ。

 それは友達なのかと言われてしまいそうだが……友人の定義とは幅広いものだ。


「にぃさまの料理に執心ですか……それなら、良いでしょう。初対面の相手に攻撃を仕掛けたり、皿を舐め回すような人間とは良好な関係を築ける気はしませんが、にぃさまの願いならば善処しましょう」


 僕としたことが、アイファの悪いイメージをセレンに与えてしまった気がする。

 だが、初対面のハードルは下げておいた方がアイファとしても気楽だろう。

『彼女は完璧超人なんだ!』と紹介されるよりは、『彼女はペロリストなんだ!』と紹介される方が、アイファも肩肘張らずに済んで嬉しいはずだ……!


明日の夜の投稿で第一部は終了となります。

次回、十五話〔新しい可能性〕

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ