十三話 謝罪強要
「まったく、昨日はルピィのせいで酷い目に遭ったよ。まさか空の上で絞め落とされるとはね。常識が欠けてるなんてレベルじゃないよ」
僕は昨日の臨死体験について愚痴をこぼしながら荷造りをしていた。
帝国への旅立ちを明日に控えているので、準備に余念が無いのだ。
ここ最近は体調管理にも気を付けていたのだが……まさか娯楽のはずのピクニックで、胃に穴が開いてしまったり、空高くで意識を喪失して墜落する羽目になるとは思わなかった。
地上でレットが受け止めてくれなかったら、大変な事になるところだったのだ。
パーティーのブレーキ役でありながら〔エアバッグ〕にもなるとは、本当にレットは僕らには欠かせない男だと実感させられてしまった。
とにかく、こんな酷い仕打ちを受けたのだ。
いくら寛大な僕であっても、愚痴の一つも言いたくなるというものである。
「なに被害者ヅラしてんの! 全部アイス君が悪いんでしょ! コイツめ、コイツめっ!」
「ごえんああい、ぼくあぜんぶわるあっあです……」
あっという間に謝罪を強要される僕。
しかし、自白の強要は裁判においては証拠として見なされないのだ。
この場だけなら、いくらでも謝ってやろうではないか……!
「ところで、にぃさま。ジーレさんたちに半年以内で軍国に戻ると約束されたそうですが、可能なのですか? 前回は二年も掛かったそうではありませんか――私を村に置いたまま、二年も」
うっ……セレンの言葉には棘がビッシリだ。
もう有耶無耶にできたつもりでいたが、やはりまだ根に持っていたのか……。
しかも二年がかりで帝国に出掛けたのに、新たな仲間の加入はゼロだったのだ。
何も結果を出していない以上、遊びに出掛けたなどと邪推されても文句は言えないだろう。
「仕方ないよセレンちゃん、アイス君は色々忙しかったからね。教国では女の子を押し倒したり、民国ではプロポーズされたりで――そりゃあもう大活躍だったんだから!」
僕を援護してくれるように思わせておきながら、しっかり僕を陥れようとする悪辣なルピィ。
タチが悪いのは、言い回しには悪意があるが全て真実だということだろう。
たしかに教国では――友人のアイファが怪我をしていたので、治療を拒むアイファの為に強引に押し倒して治療せざるを得なかった。
……アイファに怪我を負わせたのは、他ならぬルピィなのだが。
そして民国では――ジェイさんにプロポーズされるなんていう珍事もあった。
……だが相手は男だ。ゲイ達者な人なのだ。
しかし、ルピィの説明を聞く限りでは、まるで僕が各国で浮名を流していたかのように聞こえてしまう恐れがある。
セレンを村に放っておいて、〔現地妻〕をあちこちに作っていたなんて誤解されたら、また僕の胃に穴が開いてしまう……もちろん直接、物理的にだ!
「……随分とお楽しみだったようですね、にぃさま」
やっぱり誤解されている!
口調こそ穏やかだが、早くも狂暴極まる魔力が溢れ出しているではないか……!
――僕はうろたえながらもセレンに事情を説明する。
焦ってしどろもどろになってしまったので、まるで嘘を吐いているかのようになってしまったが……なんとか、セレンに気を落ち着けてもらうことに成功した。
なぜだろうか、真実を話している時ほど虚言臭くなってしまうのだ。
僕の慌てふためく姿を見ることで、あくどいルピィがニヤニヤしているのが実に腹立たしい……。
だが、ようやく昨日の一件についてルピィは溜飲を下げたようである。
しかし、そもそもなぜルピィが怒っていたのかがよく分からない。
少し強引にさらうような真似をしたので、ビックリさせてしまったのだろうか?
もしかしたら〔突然拉致されてしまった〕ように感じて、ショックを受けてしまったのかもしれない。
ふむ、ならば次回は――ルピィを気絶させてから空に運ぶとしよう!
つまりは寝て起きたら雲の上というわけである。
これならば〔突然空に連れて行かれる〕という、刺激的な工程が無くなるのだ。
より犯罪性が増してしまった気がしないでもないが、これもルピィの為だ。
仲間の為なら、喜んで汚名を被ってあげようではないか……!
――とにかく。
帝国旅行が半年で終わる論拠を示しておくべきだろう。
もちろん、僕らの足を最大限に活かして強行軍での旅をすれば不可能では無い。
しかし、僕はそんな味気ないことをするつもりなど無いのだ。
最終的な目標こそ〔悪しき研究所を叩き潰すこと〕にあるが、そればかりに傾倒していては駄目だ。
旅の景色を心行くまで観賞したり、郷土料理に舌鼓を打ったりすべきなのだ。
そう、心に余裕を持った旅をすることで――フェニィやセレンの感受性を育ててあげたいのである。
……いや、それはただの言い訳かもしれない。
かつて僕が見た物を、二人にも見せてあげたいという気持ちの方が強いのだ。
それでも、ジーレたちに半年で帰国すると約束したのは、最初から反故にするつもりで約束したわけではない。
実のところ、当初『二年で軍国に戻る予定だよ』と告げた際、二人に激しい猛反発を受けてしまったので、交渉の末に半年で納得してもらったという経緯はある。
しかし、約束した以上は誠実に履行するつもりなのだ。
旅の足を速めるでもなく、物理的にそんな事が可能なのか――そう、その答えは〔物理的距離を縮める〕ことにある。
遠い北の教国経由ならば、どう足掻いても時間が掛かってしまうが、最短ルートである南の谷を通過する〔砦ルート〕ならば、その問題は解決するのだ。
もちろん両国の砦は、常に緊張状態にあるのだが――
「――行きは教国経由だから遠回りになるけど、帰る時には帝王と〔友達〕になっている予定だからね。南の砦を通過させてもらえれば半年で帰国するのも余裕だよ」
研究所の取り潰し交渉の果てには、僕の平和主義が帝王にも余すことなく伝わるはずなのだ。
そうなればもう、僕と帝王――もとい、軍国と帝国にある確執は霧散している。
僕が帝王に帰国の意思を伝えようものなら、『砦を通過して帰りなよ!』と提案してもらえること間違いなし!
「帝王と友達って…………。交渉決裂したら殺すとか言ってたクセに、そんな事を本気で言ってるのがアイス君のスゴいとこだよ」
おっと、ルピィに褒められてしまった。
そう――最終手段としては帝王を亡き者にするのもやむを得ないのだが、基本的には平和的な話し合いで解決するつもりなのだ。
僕の交渉力をまた見せつけるのが楽しみだ……!
あと二話で第一部は終了となります。
明日も夜に投稿予定。
次回、十四話〔密かな出発〕