十三話 決意表明
空き地で気を失って地べたに寝転がっていたレットを蘇生させ、僕らはガータス家へと帰った。
「おかえりなさい。あなたたち、今日は帰りが早いわね。どうかしたの?」
顔には出していないつもりだったが、勘の鋭いシークおばさんは、僕の様子を見て何かを察したのだろう、そんな風に尋ねてきた。
そこで早速、シークおばさんとレット、僕ら兄妹のみの場で、行商人から聞いた父さんに関する情報を、僕は暗澹たる気持ちで皆に伝えた。
「そんな……」
「ひでぇな……」
ここにいる皆は、父さんが洗脳術下にあることを心得ている。
だから軍国上層部の意向で父さんが利用されたことが分かっているはずだ。
まかり間違っても、あの父さんが、民間人を虐殺するなどいう非道は行わないこともよく知っている。
ガータス家の主であったバズルおじさんも、同じように僕の父さんに命を奪われた形なので、今回の事件がガータス家に残された妻と息子の、その心中に与える影響は察するに余りある。
それでも――この人の良い親子は、僕とセレンに気遣うような目を向けるのだ。
「僕にとっては悪い情報ばかりでもありません。ずっと消息不明だった父さんの情報が十年ぶりに入ってきたわけですから。……僕は父さんに会う為に、この村を出て王都に行こうと思っています」
「そう……」
シークおばさんは僕の父さんの話しを聞いた時点で予想していたのだろう。
その声に驚きの色は無かった。
「俺も一緒に行くよ。どのみちこの村に俺の居場所は無いと思ってたし、アイスが村を出るならちょうどいい切っ掛けだ」
レットは自嘲するように言った――しかし彼の言葉は事実でもあった。
レットは正義感が強く実直で優しい人間であり、およそ人から嫌われるような人間では無かったが、その保有している加護に問題があった。
〔裁定神の加護〕――その神の名が示す通り、希少である神付きの加護である。
裁定神の名はこの軍国でも武神に次ぐ知名度がある。
しかしそれは……悪い意味で、だ。
裁定神持ちの特性は有名で、その一つとしては〔他人の言葉の嘘を見抜く〕というものだ。
それだけであれば、他者に少し敬遠されるぐらいで済んだだろう――
――問題はもう一つの特性にある。
裁定神持ちは睡眠時に予知夢という形で未来を知ることが出来る――だがそれは、自分の知りたい未来、ましてや望む未来などではない。
……近くにいる人間の〔死〕を観る夢なのだ。
それも家族、恋人、親友などの近しい間柄にある二人の人間が死ぬ夢だ。
しかしそれでも、その予知夢には救いがある。
裁定神持ちの行動によって、どちらか一人だけ、救うことが出来るのだ。
何も行動しなければ二人死ぬが、裁定神持ちの行動によって、少なくとも一人は死なずに済む。
そこだけをみれば悪いことでも無いように感じるが、実際に死を宣告される人間からするとたまったものではない。
レットに加護が宿る以前、過去に裁定神の加護を得た人たちは、ありとあらゆる方法で死の運命を回避しようとしたが、その全てが失敗に終わった。
土砂崩れで生き埋めになる親子の夢を観た男は、あらかじめ親子を安全な場所に避難させたが、その行動虚しく親子は落雷に打たれて二人とも死亡した。
流行病に侵され命を落とす夫婦を救おうと、病気が発症する前から安全な場所に隔離し、優秀な治癒術士を手配して備えていた男がいたが、隔離した場所で発生した火災によって夫婦は二人とも死亡した、という話もある。
大がかりな対策を打とうとすればするほど、予想も出来ない死の運命に、結局、守護対象の二人ともが死んでしまうのだ。
皮肉なことに死の運命にある人間を救おうと、周囲の人間も巻き込んで対策を講じ、失敗していくたびに、裁定神持ちの悪評は高まっていき、裁定神の名は有名になっていったのだ。
幾多の死を看取り続けた裁定神持ちの男が、逃れられない現実に絶望し――予知夢をみた後、自らの命を絶ったケースもあったが、それでも〔予定通り〕に予知夢で見た死は訪れたそうだ。
結局のところ、予知夢で観た死を回避できた事例は〔一人を見捨て一人を助ける〕ことだけに専念したケースだけだ。
病気の親子二人がいたら子供だけに薬を与える、といった行動を取らなければならないのだ。
……それは誰にとっても、後味が悪い結末に他ならない。
軍国では子供が十歳になった時、体や精神が安定してきた時に、教会で加護の判別を行う。それはこの山奥の小さな村でも例外ではなく、十歳の時にレットは裁定神の加護を受けていることを告げられた。
シークおばさんや僕ら兄妹にとっては、レットが裁定神持ちであろうと態度を変える理由にはならなかったが――村の皆は違った。
それまでレットは、常人離れした魔力や高い身体能力から〔神持ち〕に違いない、と村の人間から尊敬や期待といった、好意的な類の目で見られていた。
だが、レットが裁定神持ちと分かってからは、表立っての差別や嫌悪感を露わにするような人こそいなかったものの、明らかに皆はレットのことを避けるようになった。
それは物理的な距離もそうだが精神的な距離においても、レットに対して余所余所しい、腫れ物に触るような態度を取る人間が多くなったのだ。
まるでレットから死亡宣告を受けることに怯え、恐怖しているかのようで、僕の目には奇異に映ったが、まだ幼かったレットの心を傷つけるには十分なほどの、村の皆の変貌だったはずだ。
――まだレットは予知夢を観たことがないらしいが、それは裁定神持ちの対象とする人間が〔物理的距離〕に依存するからだろう。
山奥の小さなこの村では、周囲に人が少なく人口密度が低いことから〔夢〕を観る機会が無かったのだろう、と推察出来る。
だが、僕と一緒に王都に行くとなれば、人口密度の高い王都では必然的に〔夢〕を観る機会が増えることになる――僕はレットを連れていく事に僅かな躊躇いを覚えたが、この村でのレットの現状を思えば反対する気は削がれた。
僕としても、知己の友人であるレットが旅に同行してくれるとあらば、心強いのもまた確かなのだ。
「危険な旅になると思うけど、レットが一緒に来てくれるなら心強いよ」
僕はレットとシークおばさんに感謝を告げ、困難極まる旅になることを先に詫びた――父さんの行方を探るだけでも簡単ではないのに、軍国の妨害も回避して父さんに接触しなければならないのだ。